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カーディナルズ  作者: 武藤とも
3/3

新龍組の本邸

埼玉県の少し住宅地の奥に行くと、突き当りに生い茂る草木が眩しい邸宅が存在する。


地上からは、地上5階建ての鉄筋コンクリート造の建物と、それを囲う深い樹木が門から見える家、というよりはビルだった。敷地の境界には高さ3メートルはくだらない塀が設けられ、2メートル間隔でワイヤレスの監視カメラが外と内を向いて備えられていることがわかった。この邸宅の門構えには厚さ10㎝もある鉄の扉が鎮座し、外敵の侵入を寄せ付けない圧力を醸し出していた。

一台の白い車がその鉄の扉の前に停車する。すると鉄の扉が鈍い音を立てて開き、その車を迎えた後に、また地響きのような音を立てて閉まるのであった。

鉄の扉の脇にある表札は“新龍組”とある。


「おい、一体どういうことなんだ。聞いてないぞ」

新龍組の幹部の居室では屈強な男たちの大声が響いていた。今さっき鉄門から入ってきた車に対してだろうか。監視カメラの一部の映像がこの部屋からでも見られる。

「…どういうことか説明しろ」

その男衆の中でもひと際体の大きい黒のスーツ姿の男が静かにそう言った。口にはタバコを咥え、その葉を絞り出すように口で噛んでいる。背丈は190㎝を越え、剃り込みを入れた短髪で、額には縦に深く皺が刻み込まれていた。まだ四十歳手前の顔つきだが、その縦の皺が若いながらも彼の雰囲気を悪くする。

「…三枝木さえきさん。あの…組長が“カーディナル”を雇ったそうですよ」

「カーディナルだと?」

三下の言葉に、三枝木は眉を吊り上げた。

「おまえ滅多なこと言うもんじゃねえよ。カーディナルって言ったら金次第で殺しも請け負う何でも屋じゃねぇか。なんだって今、彩さんが行方不明のこんなときに…」

三枝木は言葉を言い切る前にはっと目を開く。

「…つまり彩さんが誰かに殺られたってことなんかっ!」

巨体が勢いよく小柄な三下の肩を掴んだがゆえに、三下がびくりと肩を震わせそのまま動くことができない。

「…ち、ちがいやす三枝木さん。まだどうのって結論はわかってないみたいですが、ある筋を頼って組長が金に糸目はつけずにカーディナルをまず呼んだみたいです。」

別の三下が三枝木と小柄な男の間を止めるようにそう口を挟んだ。

―何でも屋、ってとこを頼ろうとしたんだろな

三枝木は嚙み締めたタバコの葉を、唾と共に床に吐き出す。その音にすら肩を震わせる三下を解放し、三枝木は巨体を反転させて一室の出口へと向かわせた。

「組長も…俺らという部下がいるってのに、なんで外部のましてカーディナルなんて雇うんだよっ」

苛立ちを隠せないように、声を荒げて彼はそう吐き捨てる。

部屋の扉を開けると、ちょうど他の部下が連絡役として走ってきているところであった。

わかっとる、と言うように三枝木は右手で息も洗い部下の言葉を制した。

「組長んとこいくぞ。カーディナルも来るんだろ。直にあいつらのつらを見れるいい機会だ…」

三枝木はおもむろに懐に手を入れると小型の自動拳銃を手に取った。

サイレンサー無しのグロック17。プラスチック製のために軽量化が十分に施された外身だが、幾分重く見えるのは、弾が装填されているためだろうか。

まるで自分の相棒を見る目でグロックを見る三枝木は、その瞳の奥に仄暗い炎を抱いているように見えた。


車を新龍組の本邸に着けた三人は案内されるがまま、まるで要塞のようなビルに入った。

玄関とも呼べないシャッター付のガレージから案内された彼らは、そこで柄の悪そうな男衆5人に囲まれ、まずは武器などの持ち込みがないかチェックを受ける。

一目見て女とわかるカナを見た男衆はぎょっと目を見張った。

なにせカナが似つかわしくないレンガ色の芋ジャージを着ていたからだ。しっかりと運動靴も履き、まるでこれから体育の授業がある女子高生のような出で立ちだった。

カナは何を思われているか察すると、きっと睨み返して、笑うなよ、と書いた瞳を向けるのであった。無論、危険物チェックはカナにはされず、近づこうものならかみ殺すような不機嫌な女性に男衆もたじろぎ、誰一人としてボディチェックの交渉を行う者がでなかったのも事実だ。

他、レンとコージは男衆から通常のボディチェックを受け、何も武器を持ち込んでないことを確認されると、階段を上がる男についていくよう依頼される。

「…それにしても…ぷっ…笠井さんなんでカナさんに芋ジャージって」

コージは、どこで買ってきたかもしれぬ似合わない芋ジャージを笑った。否、芋ジャージを着ているカナを笑ったのだ。

「…笠井さんのすることだから従うけど」

流石に年頃の自分に、初対面の相手へ印象が決まるこの一面でこれを着せるのはいかがなものかとカナは思いを巡らせる。

そんな二人をちらりと見たレンは、特に会話には干渉せず先に階段を上るのであった。


案内された先には重厚な扉があり、律儀に組長室と札がかかっている。

コンコンコン

「…入れ」

三回ノックをして案内の男がすると、中からしゃがれ声の男の声がした。

案内の男が外開きの扉をゆっくりと開く。

白を基調とした30㎡の部屋が眼前に広がった。意外にもシンプルな内装だとカナは感じた。三人掛けのソファが向かい合わせに置かれ、中央にはガラス張りの机が鎮座する。壁には窓も掛け軸や絵画もなく、真っ白の壁紙がひと際引き立っていた。部屋の奥には樫の木でできた重厚なデスクが置かれ、一人の男が腕を組んでこちらを待ち構えている。

「私が依頼主の新龍組 組長 内藤幸次郎だ」

組長は齢五十半ばの中肉中背の男だった。指には4つほどの豪奢な指輪を散りばめられ、腕と首には太い金の鎖のようなネックレスをしている。ゴルフで焼けた褐色の肌に輝く宝石類はより引き立てられて見えた。

案内の男は右の三人掛けのソファを指さし、カナ達に腰かけるよう促した。

レンの許可を得るためか、一瞬だけカナは彼の目を見る。レンは先頭に立ってソファに向かい、静かに座った。カナもそれに続く。コージは無言でソファに後ろに立つことにした。


「…さてとまずは自己紹介かな」

組長はデスクから立ち上がり、しゃがれ声で話しながら相対するソファに向かってきた。

「私は新龍組 組長 内藤幸次郎で、内藤彩の養父だ。」

彼は大きな音を立ててソファに腰かける。すぐさま横や後ろに幾人もの構成員達が後ろ手を組んで立ち並んだ。

その時、ひと際大柄な男が扉から押し入ってくる。そもそも構成員はすでに十数人は部屋にいる状態なので、広く感じた30㎡の部屋も手狭に感じらるのに、さらなる大男が入ってくるとは部屋の人間密度はえらく高い。

大柄の男を認めた幸次郎は彼を紹介する。

「こいつは私の右腕でもある、三枝木さえき 英二えいじだ。何かと頼りになる男だから顔くらい覚えてやってくれ」

「…組長。そんな下手にでる必要なんてありませんよ、こいつらに」

―ガキじゃねぇか

三枝木は不機嫌そうに眉を吊り上げた。

「拍子抜けだな。社会の道を外れた組織には名を知らない者もいないと言われる、いわくつきのカーディナルさんが、まさかこんなしょんべんくせぇやつらなんて」

「まぁそう言うな三枝木よ」

宥める組長にも、三枝木は噛みつきそうな勢いで言葉を被せる。

「組長。聞く話ではこいつらを行方不明の彩さん捜索のために雇ったそうですね。ここ数か月間、うちの若手が死に物狂いで捜索しているのが信用なりませんかっ」

「…三枝木。信用どうではねぇんだ。俺だって組は子供みてぇなもんだから、もちろん全員信頼している。だがな」

三枝木は組長を真っすぐ見た。彼はソファに掛けていないために半ば首を下に向ける体制で起立している。

「彩を早く見つけるためにも、俺はカーディナルに依頼する。だが殺しじゃない。…俺も未だ信じがたいが、なんでも…残留思念ってやつを読める能力者を貸し出してくれるそうだ」

組長は鋭いまなざしを、向かいのソファに座る人間に向けた。

三人の品定めをするような眼だ。

「俺もこの業界は長いもんでね。臭いで大体どんな人間か初対面でわかるもんだ。」

そう言うと組長は一人ずつ指を指し始める。

「あんた」

その指はコージに向いていた。

「多少腕っぷしは強いな。人だって殺ったこともある…が」

そして指はレンに移動する。

「…あんたは恐ろしいな。俺には計れねぇ。たぶんここにいる構成員みんなでかかってもあんたには勝てねぇよ。そういう訓練を受けてきた顔つきだ。」

後ろに立つ構成員達が緊張で肩を震わせる。ある者は警戒を強め、見せつけるようにホルダーに収まった自動拳銃に触れた。ある者は一歩後ずさり距離を取るようにする。そんな姿を見ながらもレンの表情も姿勢も何一つ変わることなく、淡々と語る組長と三枝木を見据えていた。

「そしてあんた」

最後に組長の指がカナに向いた。

組長が薄く笑ったように見える。

「あんた、ただの十代の女の子だ。恐ろしさも強さも感じとれねぇ。…が、あんたが超能力者様か。用心棒が守ってくれるから―」

組長の指がレン、コージへと向いた。

「あんたは自分の能力を磨くことに集中して、体力や強さなんていらねぇもんな」

「ええ。そうよ。」

臆することもなく、カナは当たり前と言うようにそう言葉を返した。

「すでに内藤彩さんの高校には潜入しているの。彼女の学校での残留思念はほぼ読み取ったわ」

その言葉に、三枝木は嬉しさなのか、肩を震わせて聞く。

「な…何かわかったのか。居場所とか。誰に…っ」

「まだそんなのわからないわよ。せっかちさんね」

カナは三枝木の大柄な体から発せられる爆音の声にうるささを感じていた。

「なにぉこの女っ。口の利き方にきぃつけろ」

三枝木が脅しのために胸ポケットのグロックに手を翳した。

「三枝木」

組長がそれを制する。が、三枝木はそんな様子を嘲るようにソファから見るカナにさらに苛立ちを覚え、額には青筋が浮かんでいた。それを煽るように、カナは言葉を紡ぐ。

それはこの場にいた組長や構成員は、一度は耳にした事のある言葉と、声色のようだった。

「…だから三枝木は部下からの信頼が低いのよ。そうやって瞬間湯沸かし器では若手も付いてきにくいじゃない」

一瞬、組長が顔をひきつらせた。

「…彩…か」

カナが言葉を発した瞬間、カナの横に彩が浮かんだように見えた。まるで霊魂が乗り移ったようにカナの声も、その時だけは彩の声色にさえ聞こえる。

「化け物め」

同じように三枝木も、カナの陰に彩を認めて同様する。が、衝動的に握りしめた拳を収めることはできない性分のようだ。グロックをホルダーから瞬時に外すと、脅しのつもりでカナの眼前に向けた。


超能力者だかなんだかは知らんが、これで生意気な口を利く子供を黙らせることができる。それが彼が生きてきた世界の常識だった。

「…契約違反だな」

一言、そうレンが呟く。

瞬間、三枝木の巨体が宙を回転した。否、それは結果論だった。

瞬き一つの間に、レンがただの鉄の塊をはじくようにグロックの鉄心の先端を右にはたき、銃口をカナからずらす。コージが同時にカナの胴を後ろから片腕を回して引き、ソファの後ろに彼女の体を引き込んだ。同時に、レンがソファの前に置かれた机に脚をかけ、三枝木の太い喉元を二本の指で突き、後ろに倒れこむ三枝木の膝を蹴り上げることで彼の巨体を宙で回転させたのだった。

鈍い音を立てて三枝木の体は首から地面にたたきつけられる。

喉元を突かれた彼は幾度もせき込んで、詰まった唾を吐きだしていた。

この一瞬は目にもとまらぬ速さであったことに違いない。どの構成員も何が起こったのかわからずその場に立ち尽くしていた。

レンは机から降りると、唖然とする組長や構成員を横目に、ソファの後ろに引き出されたカナに目を走らせる。

「大丈夫」

「な訳ないでしょ!」

カナは胴をコージに抑えられて、ソファの後ろでじたばたしていた。

コージが起立すると彼女の身長差で足が宙に浮いた状態で、カナが持ち上げられる。

「もっと丁寧なやり方ないの」

「怪我ないし、だいぶ丁寧っすよ」

コージは朗らかな笑顔でそうカナに返した。

いつの間にか手中に収まっている三枝木のグロックを、床に転がる三枝木に向けた。撃つつもりはないが警告のサインのようだ。三枝木は巨体を一ミリたりとも震わせずにレンと対峙する。警告のみだったため、レンはすぐにグロックを宙で回転させることで180度回転し、トリガーを組長側にした上で、静かに組長に差し出した。トリガーは組長の方向に向いているところが、彼なりの礼儀なのだろう。

組長は状況をうまく把握できないまま、差し出されたグロックを受け取った。

「…我々に依頼したのなら遂行するが、契約上、我々に危害を加えることは違反とみなされ、契約破棄になる。忘れなきよう…うん」

レンは組長にそう申し付けた。

隣で咳き込む三枝木がようやく立ち上がろうと、構成員の手を借りようとしている。

「…おまえぇ」

レンは三枝木を明らかに下に見ていた。でなければグロックの二つあるトリガーのうち、安全装置を解除するトリガーに手をかけていたはずだ。だがレンの指は安全が解除されない方のトリガーにかかっていたのを、三枝木は見逃していなかった。


「いいから三枝木。少し黙っとけぇ」

組長なうなる三枝木に厳しい目をして言い切った。

その鋭い眼光に、さすがの巨漢・三枝木も押し黙ることにする。そして立ち上がることを支えた構成員達に当たり散らかすように、邪魔だ離せ、と手を振りほどくのであった。

コージの腕から解放されたカナは、尻餅をついた形の良いお尻のゴミを払う。

―そうかこんな事態を考えて怪我させないために肌の露出を控えたジャージにしたのね、笠井さん

カナはジャージの有効性を今思い出した。何事も笠井の予測の内にあったようだ。

少し不機嫌になったカナは、居住まいを正し、しかしまだソファの後ろにいながら組長に真意を聞く。

「で、どうするの?組長さん。依頼は?」

「ああ」

組長は仕切り直すように腕を組んで居住まいを正した。

そして一呼吸の後に言う。

「君たちカーディナルに正式に依頼したい。私の養女 内藤彩を見つけ出し保護してくれ。そして行方不明に絡んだ人間を全て俺の前に引きずり出せ。殺さずにな」

「…彼女の部屋に案内してくれないかしら?思念の残る物を探したいの」

「ああ。全面的に協力させて欲しい。私の一人娘なんだ…絶対に行方を見つけ出してくれ」

組長は振り絞るようにそうカナに言った。

「ただ」

そしてレンに目を合わせる。

「この件に絡んだ奴らは俺が責任を持ってトリガーを引く。引きずり出してきて欲しい。」

それは心の底から吐き出したような、唸るような低い声だった。

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