『かなり可愛かったよね、勇者くん♪』
「わ、我が息子よ! なんで言ってしまったのだ!」
「ごめんなさい、うっかりしてて」
集会を飛び出し、我の仕事部屋兼書斎にてユーディンに先の失態について糾弾していた。
「そんな凡ミスで大スキャンダル暴露されたら、我としてはたまったものではないぞ!」
「確かに」
「「確かに」ではない! 他人事みたいに言っているが、ユーディンも当事者であるからな!」
「ああ、そっか」
なんかすごく生返事だけど、ちゃんとわかっているのか……。
——いやまあ、どうしてダメなのかの理由もちゃんと話していなかったし、我にも至らぬ点はあったかもしれん。
それにちょっとキツく言い過ぎちゃったかもしれないな……。もっと優しく注意しとけばよかったかも……。「めっ!」とか「お菓子抜き!」とか言っちゃうなんてほぼ虐待であるな……。うん、やはり我が悪かったかもしれん。(激アマ親バカ)
「ま、まあ我も少し強く言い過ぎた節もあった故、ここはお互い様ということで手打ちにしよう」
「……? うん」
よくわかっていないみたいな顔をしているユーディンだが、状況に即するためなんとなく頷いていた。
「やってしまったことは仕方ない。もはや戻らぬことを嘆くのは時間の浪費である」
「うん、そうだね」
「……いやあのぉ、……やってしまったのがユーディンであるっていうのわかってる?」
あまりに清々しい同意に流石の我も疑念が湧く。
◆
ジグリードがユーディンと書斎にて話している一方、魔王軍は。
「なぁ、どう思うよ。さっきの集会」
「どうって言われてもなァ。ホントかどうかもまだ疑わしいわけだしよ」
「でもあの感じだとホントっぽいよな……。でなきゃ魔王様もあんなに慌てないだろうしさ」
情報の不鮮明さから、こちらでも疑念が湧いていた。
集会終了と同時に解散となり、通常業務に戻った魔王軍たちであるけが、あれだけの大スキャンダルを前に仕事が手に着くはずもない。
職場にいる魔王軍の者のほとんどが、書類仕事よりも他者と憶測を語ることを優先していた。
魔王と勇者が繋がっていたとなれば、それは不信任に値することだ。
しかしまだ断定するには判断材料が足りな過ぎた。
勇者の妄言ともとれるし、もしくは策略かもしれない。
——だが、もし本当だとすれば、魔王が勇者を育てていたということになる。
魔族の天敵である勇者の育ての親が魔王。
その事実は、あまりに信じがたいものだ。
自身の首を斬る刃を、自身で研いでいたことになるのだから。
「……もしあれが本当だとすればさ、魔王様は俺らを裏切ったってことになるのか」
「バカ! 冗談でもそんなこと言うんじゃねえ!」
「そうよ! 魔王様が魔族を裏切るなんて絶対にあり得ないわ!」
疑惑は確かに浮上するも、今までの信頼もあってか、裏切り者と決めつけられることはなかった。
……それに集会の結果も踏まえると、裏切り者と捉えるには時期尚早な点があった。
それが、勇者の寝返りだった。
「あの勇者が本当に寝返ったっていうの?」
「スパイって可能性もまだないわけじゃないわよね」
「でも幹部の方々をあんなに容易く倒しちゃう勇者がスパイをする必要なんてあるのかしら?」
受け入れるにしては、あまりにうますぎる話だ。
魔族の天敵とまで言われ、今まで優勢に立っていた勇者が、急に手の平を返すなんてそう簡単に信じられる話ではない。
だからと言って全く信じられないというわけでもなかった。
感情論で言えば、父親がいる魔王軍に属したくなるのは自然とも言える。
武力行使ですべてを蹂躙できるであろう勇者が小賢しい手をわざわざ使う理由も考えにくい。
それに何より、登壇した際の服装が重要だった。
魔王軍の前に姿を現した勇者が着ていたのは、魔族が公式の場でよく着る黒の礼装であった。
勇者の装備を脱ぎ、魔族の象徴たる黒の礼装を纏ったこと。それは他ならぬ魔族への忠誠を意味した。
服装という小さな点ではあるが、確かな行動として勇者は魔族に属する意思を示したのだ。
「——それにしてもさ、やっぱり〝あれ〟だよね」
「うん、確かに〝あれ〟よね」
「ええ、超〝あれ〟だと思うわ」
何やら職場にいる魔王軍の女性たちが、言葉にしなくても通じ合っていることがあった。
何処までも私的で、合理性の欠片もないが、それだけで結構信頼できる魔法のような要素。
それは——。
『かなり可愛かったよね、勇者くん♪』
口を揃えてそう言った。
意図せず、そして秘かに女性人気を得ていた勇者ユーディンだった。