「もうちょっと黙って!!!」
再び明転したスポットライト。
そこに照らされるのは、魔王ジグリードではない。
その息子の、勇者ユーディンである。
姿を現したその予想だにしない人物に、その場にいた魔王軍の者すべてが驚愕する。
この集会を開くまで、ジグリードは自身の息子である勇者がこの魔王城にいることを誰一人として漏らすことなく隠し通していた。
よって、勇者の存在を知る物は魔王のジグリードただ一人を除いて、今日この時までいなかったのだ。
当然、誰もが驚愕する。
自身の種族の天敵である勇者が、味方になってくれたというのだ。
その事実に、到底信じられないという疑惑の気持ちや、勝利への前進を確信し喜ぶ気持ちや、仇の存在であるという憎しみの気持ちや、勇者を味方に引き入れたであろう魔王への尊敬の気持ちなど、捉え方は千差万別であった。
しかし、まずは全員が驚くことから始まっていた。
捉え方は違えど、驚きという点では一人残らず全員同じだ。
一人の例外すらなく、すべてだ。
——その一人には、彼も含まれていた。
「(はわぁあああ!! わ、わわ、我の息子超絶かっこかわいいぃいいいい!!!)」
事実を知っていた魔王も、何やら違う理由で驚愕していた。
「(勇者の装備も似合っててよかったけど、魔族の礼装も超絶弩級に似合っておるぅ! 我が衣装倉庫から拝借し、完璧にサイズ調節したこの礼装! 体のラインがわかるようにサイズ調節したため、華奢ながらも鍛えられたユーディンの体つきが見えてカッコイイ! 衣装の基調は魔族の象徴である黒色に、胸元にはワンポイントの白の刺繍! そして何より衣装の黒と、ユーディンの綺麗な金髪のコントラストが最高! もう文句なしの百億満点!! 魔族編集社のファッション雑誌の表紙は全部ユーディンで決まりである!!!)」
もはやキャラ崩壊ともいえるような絶賛っぷりを、心の中で叫ぶジグリード。
だがそんな親バカでも魔王である。周りに悟られるようなことはせず、親バカ感情を隠す。
「では、勇者ユーディンよ。皆に挨拶を」
見事なポーカーフェイスで集会を進行する。
ユーディンはジグリードから手渡された拡声器魔法アイテムを受け取り、魔王軍と敵以外での初の邂逅への言葉を発する。
「勇者辞めて、魔王軍に入ることにしました。父さんの、……ジグリードの息子のユーディンと言います」
「うぇ!?」
『ッッッ!?!?』
唐突なカミングアウトに、集会にいた者すべてがが戦慄する。
流石のジグリードもポーカーフェイスが解け、間の抜けた悲鳴を上げる。
「ちょっ!? むす、ゆ、ユーディンよ! 打ち合わせの時口を酸っぱくして何度も言ったであろう!」
「ん? ……あっ、そういえば父さんの息子であることは秘密なんだったっけ?」
「うぉい!? 拡声魔法アイテムを通して言うんじゃない!! 早く弁明するのだ!!」
「あ、うん。——えっと、先程父さんからは親子関係であることは秘密にするように言われていたんですけど、うっかりその秘密を——」
「口を滑らしたことに対して弁明するのではない!! 親子関係のことについて話すのだ!!」
「ああ、そっか。——えっと、親子と言っても血は繋がっていなくてですね。僕が森に捨てられていたところを——」
「もうちょっと黙って!!!」
もはや漫才のようなやり取りになっている魔王勇者コンビ。
その意気投合ぶりに、魔王軍の者たちは半信半疑だった勇者の発言に確信を持ちつつあった。
「ほ、本当に魔王様のご子息なのか? あの人類最強の勇者が?」
「でも魔王様がご結婚なされていたなんて聞いたことないし、あの勇者どう見ても人族だよな」
「血の繋がりはないって、さっき勇者が言っていたけど……」
「魔王様と勇者が親子関係って、一体どういうことなんだ?」
確信を持ちつつあるからこその混乱が起きていた。
もしこの事実が世間に知られれば、魔族界どころか、全世界を揺るがす大スキャンダルとなる。
仲間になったという事実だけでも処理しきれていないというのに、魔王の息子であるなどという衝撃的な事実で追い打ちを掛けられたら、当然魔王軍の皆は混乱する。
ジグリードが最悪の状況として想定していた「ブーイングの嵐」になることはなかったが、この状況は想定していた状況の中でも下位に属する状況だ。
混乱は情報の交錯やデマの流出、士気の低迷にも繋がる。
様々なデメリットが頭をよぎる中、ジグリードが辿り着いた選択は——。
「——……きょ、今日の集会はこれにて終了とする! じゃっ!」
息子ユーディンを連れての、戦略的撤退。
逃げるが勝ちであった。