「どうか、今から紹介する者を恨まないで欲しい」
うむ、掴みはかなりよいな。
演説が効いたのか、魔王軍の者たちは溢れんばかりの拍手と歓声を我に送って来た。
こうした演説をするのも何度目になるかわからない。
今まで幾千もの兵たちを鼓舞してきたが、いつも人を地獄に招き入れるペテン師になったような嫌な気分だ。
何せ、我がこうして兵を鼓舞することで、兵たちはより戦に活発的になる。
そうなれば、死者も相対的に増えるということ。
ほとほと嫌気がさす。
だが、こうするのが我の使命なのだ。
我がここに立たなければ、士気が下がり、反乱の恐れも浮上してくる。この演説には予防線のような意味合いも含まれているからな。
……トップに立つ者の仕事というのは、いつも重責が伴われて苦労に耐えないな。
何処か他人事のように思いながら、心中で溜息を吐く。
……おっと、いかんいかん。ここで気を緩めてはいけない。
なんせ、これからが本題だ。
兵たちが落ち込んだままで、この本題に入れば一体どんな事態を招くかわかったものではないからな。
できることなら、じわりじわりと兵たちの人類への遺恨を払拭させてから紹介したかったのだが、何百年と続く遺恨をそう易々と取り除くことはできまい。
きっとこの紹介は、我が兵たちに大きな競合を与えることになるだろう。
しかし、受け入れられれば大きなメリットに繋がる。
我も兵たちも、腹を括る時なのだ。
「皆の者、静粛にせよ!」
左手を小さく上げると、先程まで鳴り止まなかった拍手喝采がピタリと止まる。
我は拡声魔法アイテムが声を拾わないよう、小さく息を吸い一拍置く。
「——今から皆に、ある人物を紹介したく思う」
先が予測できない発言に、兵たちは少しざわめく。
「そのある人物を紹介する前に、一つ、皆に心得てもらいたいことがある」
本題よりも先に口上を述べる。
効果があるかはわからないが、いきなり事実を突きつける前に前振りをしておこう。
「——我々がしてきたのは戦争だ。その長きにわたる戦争は、今尚続いている。
人族と魔族。決して分かり合えないその両種族による戦争だ。
この戦いを聖戦などと例える者もいるが、死者の出る戦いにおいて神聖も何もない。
我々は常に手を汚してきている。
その手に塗れている血は、人族のモノだ。
そして、人族もまた我々魔族の血で手を染めている。
——よいか! このことを肝に銘じるのだ!
我々は正義ではない! そして悪でもない!
戦争において、正義も悪も存在しない!
そこにあるのは、己が主張のみだ!
……故に、……どうか、今から紹介する者を恨まないで欲しい」
『ッ!?』
我は、頭を下げた。
その光景に兵士全員が愕然とした。
国のトップたる者が下の者に頭を下げるなど、あってはならない。
威厳を失墜させ、忠誠を裏切ることになるかもしれないからだ。
しかし、今ここで我は自身を曲げなくてはいけない。
何故なら、これから兵たちは自身のプライドや尊厳を曲げることになるかもしれないのだ。
なら、トップの我が先立って手本を見せるというのが道理というもの。
それに、今から紹介する者のためなら、我は威厳も忠誠もいかように捨てることができる。
その者一人の力が絶大というのもある。一人で魔王軍の二倍くらいの戦力ありそうだし……。
だが、それよりも大事なのは——。
かの者が、我の息子であるということ。
「かの者は種族さえ違えど、我々と心意気を同じとする者だ。つまりは我々の味方、否、同胞と言っても差し支えないだろう」
カツン、カツン、と真新しい靴が登壇してくる音が聞こえる。
「かの者も手を汚してきた身だ。それは我々と同じである。戦争というものに身を投じて、手に着いた血の色は違えど、我々同様に手を染めてきたものだ」
眩い金色の髪だけが、薄暗い壇上にうっすら兵たちの側から見える。
「かの者は、確かに我ら同胞の仇だ。しかし我々もまた、かの者の同胞の仇である。このことをどうか忘れないで欲しい」
スポットライトの範囲外で、我の隣に立つ。
できる限りの御膳立てはした。あとは兵たちに委ねるほかあるまい。
認められるかわからない。この事実を。
「では紹介しよう!」
我が魔法で操作するスポットライトが暗転する。
ここからは、彼が主役の集会となる。
頑張るのだぞ。……ユーディン。
「我が魔王軍に属することとなった、——勇者ユーディンである!」