「己が敗者であり、弱者であることを認めるのだッ!」
「皆の者、聞け!」
勇者襲撃があった翌日。
魔王の迅速な対応と思いの外軽微だった損害により、順調に魔王城の復興が進んでいる中、魔王ジグリードは魔王城にいる全ての魔族を集めて集会を開いていた。
スポットライトに照らされた魔王は、威厳ある風貌で壇上に立ち、味方の自軍さえも気圧させそうな禍々しいオーラを醸し出していた。
勇者の襲撃という異例の事態が起こった後の集会。開くタイミングにそれほどの不自然さはない。
多くの者が不安と焦りに駆られている中、それを払拭するべく種のトップである魔王が演説を開いた。
中央の間に集められた数百の魔族たちは、一同にそう思っていた。
しかし、この集会には誰も予想できない真意が隠されていた。
「皆も知っての通り、先日勇者の襲撃があった」
演壇に上がり、魔族全員を見下ろしている魔王が拡声魔法の付与された魔法アイテムを通して声を上げる。
「それにより我々魔族は幹部の撃退や玉座への侵入を許し、勇者の大いなる力を痛感した」
『……』
その言葉に、誰もが自身の無力さを呪った。
いくら人類最強の勇者が率いる集団と言えど、数の差で言えば100倍以上あった。
にもかかわらず、魔族側はたった一人の侵攻すら止めることが出来ず、自身らの種の王の元までの侵入を許してしまった。それはさぞかし歯がゆい思いを抱いたことだろう。
「皆に問いたい。それを痛感するに至った理由は何であるか。襲撃という予期せぬ事態のせいか、人類による策略のせいか、勇者一行の絶大なる力のせいか」
「……そ、そうだ。……ぜ、全部勇者共が悪い!」
「そ、そうよ! 勇者さえいなければ!」
「襲撃なんて卑怯な真似するからこうなったんだ!」
魔王の問いに、皆は口々に賛同した。
すべて勇者のせいだと。
人類が悪く、我々魔族に非はないと。
しかし、魔王ジグリードの意は部下と異なっていた。
「否だッ! 断じて否であるッ!」
『ッ!?』
魔王の大地をも揺らしそうな一喝に、その場にいた誰もが慄いた。
「我々が人類の脅威を痛感した理由は、——すべて我々にある! すべては我々の力不足であり、兵力や軍事力が人類側に劣っていたという事実が招いた結果なのだ! ——認めよ! 我が敬愛せし魔族たちよ! 己が弱さを、己が無力さを、すべて認めよ!」
『……っ』
本当は、誰もがわかっていた。
人類側に非などない。
戦争において、非があるのは全て敗者だ。
そして今回の勇者襲撃で敗北と言っても過言ではない結果になったのは、すべて魔族側の責任である。
魔族側の弱さが、招いてしまった敗北なのだ。
「決して目を背けてはならぬ。何故なら、我らは魔族である。——日々学び続ける頭脳を持った種族なのだ。どんなに自身の弱さを認めたくなかろうと、認めねばまた繰り返すだけである。また同じ敗北をするだけだ。故に今は、苦汁をなめる時なのだ。……己が敗者であり、弱者であることを認めるのだッ!」
壇上の一歩前に出て、鞭を打つような言葉を放つ。
「——しかし、それで終わってはならぬ! 繰り返そう! 我らは魔族である! 誇り高く、誉れある魔族である! その栄誉に誓い、我々に敗北で終わることは断じて許さん! 再び繰り返そう! 我らは魔族である! やがては人類を殲滅し、更なる繁栄をする魔族なのだ! ——ならばもう一度問おう! 我々魔族が何故勇者の力を痛感することになったのかを!」
『我々の弱さであります!!』
今度は口を揃えて、その場にいた全員が同じことを叫んだ。
誰も認めたくない弱さを、誰もが叫んだのだ。
「そうだ! 我らの弱さが招いた結果だ! そして、その結果は次の結果への糧となる! 皆が舐めた苦渋が、次の勝利の美酒へと繋がるのだ! ——敗北すらも糧とする我々魔族は、必ずや人類に打ち勝つ! そうであろうッ!」
『そうであります!!!』
「ならば、今こそ誓おうではないか! 我らこそ、最も優れた種族であると! 我らこそ、最も誇り高き種族であると! ——そして、この戦争に勝者として名を連ねる種族であるとッ!!」
『うおおオオオオオオオオオオオ!!!!!』
拍手喝采が広い中央の間を埋め尽くした。
更に深まる魔王への忠誠に、魔王軍の士気向上。
演説としては、完璧な効果を得た集会だった。
しかし、集会はまだ終わっていない。
むしろ、今から始まるのだった。