「……まさか、アレが通用するとは思わなかったな」
決戦の日になるはずだった日の夜。
壮絶なる交渉を経て、なんとか魔王軍に入隊する手がかりを得た僕は、父さんの提案で魔王城の客室にて、お忍びで宿泊していた。
ちなみに父さんは、事後処理に追われてるっぽい。
——魔族にとって天敵である勇者が城攻めをしてきて、おまけに城にいた魔王幹部たちも主に僕とお姉ちゃんがボコっちゃったため、侵入者の存在と魔王軍の中枢にいる人物の再起不能のダブルパンチにより魔王城内は大パニックとなっていた。
しかしそこで脅威が去ったことを知らせる父さんの鶴の一声があり、何とかパニックは沈静化された。
かと言って、問題がすべて取り除けたなんてことは無く、一時的な応急処置としか効果が発揮されない。
人員の回復、建物の修繕、武器の補填、父さんのやることは山住だ。
なんだか大変そうだなぁ。(←事後処理を生んだ張本人の台詞)
しかし、なんだかこの部屋居心地悪い。
泊めさせてもらっている分際で言えた義理じゃないけど。
人族の宿とは明らかに違う装飾が施された一室。
ベッドの骨組みや椅子の足など、人間界では棒状の木材や金属が使用されていたところに、何処から取り除いたのかわからない骨が使われていた。
人族の僕から見たら相当悪趣味な部屋だ。
部屋の色合いも黒とか紫が多くて、正直不気味。
……まあ、願い通り父さんの仲間になることができたんだから、部屋の一つで文句を言うのはよくないよね。
——しかし、
「……まさか、アレが通用するとは思わなかったな」
ベッドに腰掛けながら、僕は父さんと対峙した時のことを思い出す。
アレ、というのは最後の最後で父さんの情に訴える。
俗に言う「噓泣き」だ。
あの手は村で父さんと暮らしていた時も、一度か二度くらいしか使ったことのない隠し玉だった。なかなかに小ズルい手だから乱用しないようにしていたのだ。
乱用すると効果が薄れるというのもあるが、何より父さんを騙すことに気が引けていた。
——でも、正直通用するとは思ってなかったな。
あの時の父さんは合理性以外の強い執念のようなものを原動力に交渉台に立っていたように思える。あれだと、正論をぶつけても決め手にはならないと思い、最終的に苦肉の策で出た案が「嘘泣き」だったのだ。
だが一般的に交渉で情に訴えるようなことは愚の骨頂とされている。僕が息子という立場であり、父さんが若干の親バカという条件が揃っていて、奇跡的にうまくいっただけ。
本当、偶然の産物みたいな結果だ。
「……」
——けど、偶然だろうが奇跡だろうが何だっていい。
父さんと戦わずに済んだのだから。
「……本当に、……よかった」
あの時の涙は嘘だが、言葉だけは嘘じゃない。