幕間
ラニ視点
ラニの住処はしがないアパルトメントの一角である。大通りに面した三階建ての二階、陽当たりの良い角部屋。
そこからマガルの屋敷までは徒歩で十分もかからない。
「なんで男爵家の使用人が一人で港町に住んでんだよ」
何故かラニの身元を疑っているらしいマガルにはそう睨まれたことがある。
しかし話は簡単で、男爵の言い付けでなにか珍しい品物を探して持って来いと言われただけのことである。一朝一夕で見つかるとは思っていないから長く腰を据えて探して良いと、気前の良いことに住処と生活金を与えられての派遣だった。
「はたから見りゃ愛人だろそりゃ」
囲われていると言われたが、実際のところ、男爵は通って来ていない。ラニが呼び出されることも無く行動を共にしているのは、マガル自身よく承知しているはずだ。
「…本当によく分からねえ国だな。ここは」
理解出来ないと言いたげに吐き捨てるマガルも、到底人のことを言えたものでは無い。
ラニは知っている。
この屋敷に使用人は居らず、マガルもまたこの屋敷で暮らしている訳では無いことを。
しかしそのあたりの事情を突っ込んで聞いたことは無い。
自分も事情を抱えている様に、マガルにも彼なりの事情があるのだと察している。
必要ならこれから知る機会があるだろう。ラニも必要なら自分のことを明かしていく心積りがある。もう許可は取っていた。
「───未来のために」
毎朝、祈りを捧げる様に唱える言葉。
今この国を変えなくてはならないと知るが故にラニは必死で、それと同時に、生まれて初めて生活が楽しくてならなかった。
生きる為に生きていたこれまでとは異なる、潤沢な生活。
綺麗な水も新鮮な食材も、服だって素材を選ばなければ容易に購入出来る。毎日覚えきれない人とすれ違い、夜歩きしていると危ないから早く帰りなさいと声をかけてくれる人までいた。
───この国にこんなに美しい頃があったなんて、一体誰が信じただろう。
明日飢える心配なんて誰もしていないこの光景を守る為に、未来に残す為にラニはあの手を取った。
「今日も頑張ろう!」
朝日を浴びながら伸び上がる。
朝の早い港町は既に賑わしく、ラニは早くその喧騒の中に飛び込みたくて階段を駆け下りた。