表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハッピーエンドで終わらせよう  作者: いねむり
7/10

ギブソン侯爵・終

今回ラニとマガルは出ません。

商人と少女が去り、静まり返った邸宅内を歩く。

別邸に行かせた娘二人の帰宅は明日で、使用人は日が暮れてから帰るよう言い付けてある。人目が戻るまでまだ時間があった。

婿に来てからこちら、この屋敷からこうまで人気が無くなるのは初めてかも知れないと侯爵は感慨に耽る。


「どうでしたか、ギブソン侯爵」


足音も無く、声が響いた。

高い天井にまで届く凛とした声。

侯爵は気配の方へ機敏な動作で振り返ると、深々と頭を下げた。


「殿下の御推薦に感謝申し上げます。彼の商人の提案は非常に有用でした」


故国より、最早この王国で過ごした時間の方が多くなっていた。

毛染めなどという簡単な手段を思い付かなかったのはその所為だろう。

加えて、妻の髪色は美しいプラチナブロンドだった。白髪は目立たず、亡き母の様に苦心する様を見なかったのですっかり抜け落ちてしまっていたことを今日知った。


「それは良かった」


廊下の最奥、別棟への渡り廊下の扉に施されたステンドグラスを背に微笑むその人はこの世のものとは思えない。

ブルーサファイアの髪の艶めきは勿論のこと、イエローダイアモンドの如き瞳から下をヴェールで覆っていても隠しきれない輝きを放っている。

───エルアリス・ファラン・シルヴァリオ。

シルヴァリオ王国第一王女である彼の貴人とは、妻を介して知り合った。噂にあった青い髪の女とは間違い無く彼女のことである。


「迷惑をかけましたね」

「勿体無いお言葉です」


無論、不埒な関係ではない。

この国を変えんとする同志として選ばれた栄光と、妻への誠実に誓って、侯爵はこの輝かしい美貌の王女に対し少しの下心も無かった。


「ユノーの生家にこれ以上迷惑をかける訳にもいきません。これからは別の手段を講じましょう」

「はい、殿下」


あの商人はこの欺瞞に薄々勘づいていただろう。帰り際の様子は商談を纏められて喜ぶそれには見えなかった。

───マガル・ハラジムア。

海を超えた先にあるヤトラファ地方では海運王とも称される大商人の名を、このシルヴァリオ王国で知る者は果たしてどれだけ居たものか。その現状に危機感を覚える者が更に少ないと思うと、家族を連れて生家を頼った方が良いのかもしれないとさえ考える。

この王国における商売は、あまりにも特異過ぎた。

労せずして宝石が採れることで貴族達の富への執着が薄れたのはいい。

しかし、それ故に採算を度外視した「商売ごっこ」が流行り始めてしまったのがまずかった。

店で買い付けるのではなく、流通経路ごと抱えて独占するという乱暴な贅沢。その品物欲しさに媚びを売られるという快感に魅せられた貴族達は、瞬く間に商人達を駆逐してしまった。

…このシルヴァリオ王国に、店と呼ばれる場所はどれだけ残っているだろう。

平民達の住む区画まで下りてもそうは見つからない。

ならば平民はどうしているかと言えば、彼らの生命線は王国の領地外にある港町だった。そこまで行けば店はごまんとあり、港町から移動式の屋台が出てくることもある。

住みにくい国だろうに、それでも故郷だと愛してくれる彼らには敬意を表している。侯爵位を継いだ者として、彼らの生活のためになりたかった。


「仔細は追って連絡します。ひと月は大人しくしておきましょう。

…わたくしのお忍びに気付いている者もいるようですし」


青い髪の女の噂と違い、第一王女の夜遊びの噂は出処が調べられなかった。つまり意図的に流されたものであり、彼女の動きを面白く思わない者が牽制の為に流布したものということだ。

ひと月の間に下手人を炙り出すつもりらしい王女に、激励の意味も込めて再び頭を下げる。ちりんと軽やかな鈴の音が響いて、頭を上げた時にはもうその姿は扉の向こうに消えていた。ステンドグラスにうっすら写った影も次第に見えなくなる。


「…ああ、あの少女のことを聞き忘れていた」


噂の後処理についてマガル・ハラジムアから助言を受けてはどうかと提案された時も、その後も。

王女の口からその存在を一切言及されなかった少女のことを思い出す。

使用人としか紹介されず、名すら分からない黒髪の少女。夕暮れに似た、濃いファイアーオパールの瞳が印象的だった。

あの大商人と畏怖される男に連れ歩かれるのなら一定の信頼を得ているのだろう。彼がこの国に来てから雇われたというなら短期間でそれだけの働きを見せたということになる。

そんな存在を、あの王女が見落としていたとは考え難い。


「試されているのか、それとも関わるなということか…ん?」


言外の意図を読みかねていると、ふと遠くから人の声が聞こえた。気が付けばもう日は暮れて、暗闇の中、中庭のエメラルドが邸内の明かりを反射させてきらきらと瞬いている。使用人達が戻ってきたのだ。


「…ひと月か」


王女の宣言を思い出す。

ひと月、その間に少女のことを詮索するかどうかを考えてみよう。藪をつついて蛇を出すわけにはいかないから、慎重に。


「お帰り、みんな。少し相談があるんだ。聞いてくれるかい?」


その前にさし当たっての難関である、上の娘の説得の為に使用人達の知恵を借りねばならなかった。どうすれば快く髪を染めてくれるか、それは大変な難題だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ