序章
宝石の実る国、シルヴァリオ王国。
底無しの富により栄えるこの国に足を踏み入れたなら、その街並みの眩さに目を輝かせる者と、ある違和感に気付いて首を捻る者とに分かれるだろう。
「おいクソガキ。てめえまた厄介事持ち込んできやがったな」
「違う、れっきとした商談だから。解決したら商品見てくれるって約束したの!」
この王国は美しい。
新雪の如き白亜の王城の眩さに、宝石を実らせる大樹ユミルの華々しさ。
建国以来貧窮したことが無いと謳われるこの国は、正しく御伽噺の有り様で栄えている。
「侯爵家のお墨付きがあれば店舗開店だって夢じゃなくなるって言ってたのはマガルでしょ!」
「ああ言ったとも。言ったがな、交換条件がお粗末なんだよお嬢さん。なんだ見るだけってのは。こちとら御用聞きじゃねえんだ、販路のひとつとして開拓出来る見込みがねえなら時間の無駄だ」
しかしこの王国は行き詰まっていた。
兆候はまだ小さい。人々の暮らしはこれまで通り滞りなく続き、国の行く末を憂える者はいない。
この綻びは、内側に居ては気付くことが出来ない類のものだ。
「大丈夫でしょ、あの侯爵様は義理堅い方だから。恩を売ったらもうこっちのもんよ」
「…てめえ、やっぱり妙に詳しいな? 男爵家の使用人程度が知れた情報じゃねえだろ」
その綻びに気付いたある商人は、早々に見切りをつけて立ち去ろうとしていた。
物見遊山を兼ねた下見の段階だったことが幸いして失うものは何も無い。仮住まいを引き払ったらその足で発とうと決めたその日に───二人は出会った。
「そうでもないわよ。貴族って面子にうるさいから、噂話とかには平民以上に敏感で使用人使って情報を集めてたりするもの。それにそうやって口伝てに話が広がるから私達のところに依頼が来るんじゃない」
「俺は商人であって探偵でも小間使いでもねえって言ってンだろ。物を売りに来てんだ、物を。面倒事を解決した報酬代わりにお買い上げってのは商売と呼ばねえってこれも何回言わせんだ、なあ、おい?」
少女は商人に商売の仕方を教えろと迫り、商人は飽きるまでなら付き合ってやると少女を受け入れた。
商人は退屈していたのだ。死ぬまでに使い切れない程の財産を築き上げて、金で叶う類の贅を味わい尽くして飽きていた。
故に、楽しませてくれるならなんだって良かった。見事な肩透かしを喰らわせてくれた国の人間が鬼気迫る様子で訪ねて来たことを、面倒だとは思わず期待するくらいには娯楽に飢えていた。
「とりあえず何事もやってみなきゃどうにもなんないでしょ! ほら早く服着て! 侯爵様のところに行くよ!」
「俺が今現在全裸みてえな言い草するんじゃねえよクソガキ! 着替えんのはてめえだ! ンな芋くせえお仕着せのまんまで俺の横を歩くなんざ許すか!!」
これは、そんな安易な期待で少女の手を取ったことを商人がひたすら後悔するお話である。