プロジェクト・桃太郎
鬼ヶ島に桃太郎という青年が一人、小舟に乗ってたどり着いた。
「我こそは桃太郎なり!鬼の首領と立ち会いたい!」
大声で怒鳴り上げる桃太郎。
鬼ヶ島は屋台の居酒屋が多く、鬼たちは飲めや歌えの大騒ぎをしていたため、桃太郎の声は届かなかった。
桃太郎は近くの居酒屋ののれんをくぐり、再び大声を上げた。
「我こそは桃から生まれた桃太郎!鬼どもを倒すためにやってきた!いざ尋常に勝負しろ!」
仁王立ちでさっきを放つように酔っ払った鬼どもに睨みをきかせる。
鬼たちは皆、筋骨隆々で店主も岩のように大きな鬼だった。
「いらっしゃい!何にする?」
店主は桃太郎の声を無視してにっこり笑った。
桃太郎は怖気づいたようにジリジリと下がり、いつでも逃げられる体勢で。
「まぁまぁ、座って座って。おい酔っ払い、ちょっと椅子を開けてやんな」
「なんだよ、おい、まだ俺は飲み足りないぞ!」
酔っ払った鬼が店主に食って掛かる。
「お前は朝から飲んでるんだからいいだろ!少しは仕事にいけ!」
店主は丸太のように太い腕で酔っ払い鬼の襟首を掴むと、ポーンと外に放り投げた。
その腕力に桃太郎は驚き目を白黒させたが、決して鬼どもに悟られまいと口を一文字に結んだ。
「それで、何にする?首領ならこの先の門の中だ。慌てることはない。桃太郎なら、いつでも立ち会ってくれるさ。その前に腹ごしらえしないか?」
店主の鬼は犬歯をむき出しにして笑いかけた。
「いらぬ!鬼の作ったものなど何が入ってるか、わからぬからな!」
桃太郎は店主にそう吐き捨てた。
「好き嫌いはよくねぇぞ!それに、船旅をしてきてろくなものを食べてないんだろ?そんなんで首領に立ち向かうなんざ、狂気の沙汰だぜ」
桃太郎は店主を睨み、放り投げられた鬼が先ほどまで飲み食いしていた酒と肉料理とガツガツと平らげていった。
それなら毒など入れる隙はないだろうと考えたからだ。
味は獣臭く塩辛かったが、今まで食べた料理の中でも最高に美味しかった。
「馳走になった!首領は門の先なのだな!」
あっという間に食べた桃太郎は立ち上がり、財布に手をかけた。
「ああ、金はいらねぇよ。そこで倒れてるやつから前払いで貰ってたからな」
「では、ごめん」
桃太郎は、そう言うと足早に道の先の門まで駆けて行った。
「頼もう!!我こそは日本一の桃太郎だ!門を開き、我と勝負しろ!」
桃太郎が大声で叫ぶと、ゆっくりと門が開いた。
門の中には年老いた鬼がいた。
「お主が鬼の首領か?」
桃太郎が聞くと、年老いた鬼はあくびをしながら「そうだ」と頷いた。
「我と立ち会え!」
桃太郎が年老いた鬼に言うのだが、年老いた鬼は耳の中に指を突っ込んで耳掃除をし始めた。
「おい!聞いているのか?」
「ああ、聞こえとるわい。それで桃太郎、お主はどこの桃太郎だ?」
年老いた鬼が桃太郎に聞いてきた。
「どこのも何も、我はヤマトの国で一番強い桃太郎だ!」
「そうか、実はもう一人、いや、二人だったか、三人だったか桃太郎がおってのぅ。とりあえず、その中で一人だけ一番強い桃太郎を決めてくれんか?」
「は?なんだって?」
桃太郎は驚いて鬼に聞いた。
「おーい!桃太郎達ー!新しい桃太郎が来たぞー!」
年老いた鬼が叫ぶと、奥からぞろぞろと男達が現れた。
男達は皆、頭に鉢巻をし、きれいな着物を着て、中には「日本一」と書かれた旗を持っているものもいる。
「ひぃふぅみぃ、おいおい4人も桃太郎がおるじゃないか。いったい誰が本物の桃太郎なんじゃ?」
年老いた鬼は、桃太郎達に聞いた。
桃太郎たちは口々に
「我だ」
「我こそが桃太郎だ」
「何を貴様のような者が桃太郎のはずがなかろう」
「そんな細い腕で、桃太郎を名乗るなど笑止千万」
などと罵り合いを始めた。
「まぁ待て待て、どうせ全員偽者だ」
年老いた鬼は、心底めんどくさそうに言った。
「なにおぅ!我を愚弄する気か!」
「鬼よ!我を偽者と言うか!」
「証拠はあるのか?偽者という証拠は?」
「そんなことを言うのは、我らと立ち会いたくないからじゃないか?弱虫め!」
桃太郎達は年老いた鬼に抗議の声を上げた。
「めんどくさいのぅ。おーい!門番!こいつら、のしちまえっ!」
と、年老いた鬼が言うと、身長2メートルほどの鬼が門から現れた。
門番の鬼は長い丸太を持っており、一振りで桃太郎達を吹き飛ばし、気絶させた。
樽で水をかけられ起き上がった桃太郎達は、門番の鬼に恐れをなして、ぐったりとその
場に座り込んでしまった。
「さて、話を聞く気になったか?」
年老いた鬼が桃太郎達に話しかけた。
桃太郎達は恨めしそうに鬼を見て、うなだれた。
「その気になったということで、まずはこの鬼ヶ島についてじゃが、この島は大陸と島国を結ぶ、ちょうど間の島でな。多くの船がこの近くの海を通るのじゃ。ワシ達、鬼はその船を襲って飯の種にしているというわけだ」
年老いた鬼はここで、煙管に火をつけ、スパスパと吸い始めた。
「ところが、だ。そんなことばかりしているせいで、この島には中々新しい血が入ってこないんだ。ほれ、この額の角を見ろ。鬼は皆、この角が生えている。なぜだかわかるか?皆、遺伝的にそうなっちまうんだ。風邪が流行れば、皆一斉に罹る。免疫力が同じなんだな。ということで、新しい血を入れるためにワシは一計を案じた。それがお主達「桃太郎」だ。」
年老いた鬼は煙管の煙をくゆらせて、桃太郎達に諭すように語りかけた。
「な、なんだって!?どういうことだ、それは?」
「お主たち、『鬼ヶ島の鬼たちが女子達を囚え、金銀財宝を隠し持っていて、桃太郎という若者が鬼の首領を倒し、女子達を開放し金銀財宝を持って帰ってくる』というような話を聞いてここまでやってきたんだろ?ありゃ、ワシが考えた作り話じゃ。ワシが逃がした商船の船頭に言って聞かせた噂話だ。お主達は桃太郎などと言ってるが、どうせ、村の鼻つまみ者だろ」
そんなことを言われた桃太郎達はグウの音も出ず、しょんぼりとしてさらにうなだれた。
「親方、こんな弱っちい奴ら、あっしらの船で使えませんぜ」
門番の鬼が年老いた鬼に言った。
「心配するな。弱い奴らには弱い奴らなりに使い道があるのよ。おーい!あれ持ってきてくれ」
年老いた鬼が大声で叫ぶと、小間使いの鬼が4つの小さな袋と大量の冊子を持ってやってきた。
「お、できたか?」
「へい、親方、できやした」
「よし」
年老いた鬼は桃太郎達の前まで来て、
「俺の仕事をしてみる気はないか?どうせ帰ったところで無職だろ?この袋には金貨や銀貨、珊瑚が入っている。報酬としてお主達にやろう。その代わり、この冊子を田舎に帰ったら、隣近所、行商に来る薬屋、誰でもいいから配れ。そして『桃太郎が鬼を倒して帰ってきた』と言うんだ。冊子には桃太郎の英雄譚が書いてある」
桃太郎達は鬼の話を呆気にとられて聞いていて、反応が出来なかった。
「やらんか?」
「い、いえ、やります!やらせてください!」
ようやく話を呑み込んだ一人の桃太郎が言った。
「ちょっと待て、でも俺達、全員桃太郎だったら、誰が倒したか聞かれるんじゃないか?」
桃太郎の一人が聞いた。
「それもそうじゃのう。なら途中で仲間になったということでいいじゃろ」
「名前はどうするのだ?我の本名は言いたくないぞ」
「お主ら、生まれ年は何年だ?」
年老いた鬼が桃太郎達に聞いた。
「戌年」
「申年」
「酉年」
「んーと、俺はわからん」
桃太郎達が答えた。
「桃太郎のお供は、犬、猿、鳥だな」
「じゃ、この答えられなかった阿呆が桃太郎か?」
「いやいや、順番にその時その時で替われば良かろう」
「鳥って、種類が多いぞ」
「じゃ雉だ」
「よしわかった、桃太郎と犬、猿、雉だな」
「ああ、その辺は好きにしろ」
桃太郎達は財宝が入った小さな袋と冊子を抱えて、鬼ヶ島を旅だった。
鬼達は、そんな桃太郎達を港で見送った。
「親方、本当に来るんですかね?」
門番の鬼が聞いた。
「噂話だけで、4人も来たんだ。たくさん来るだろ」
「親方、今度は女子達を呼ぶ話にしましょうぜ」
「…そうだな」
海の上で小さくなった桃太郎達の船を見ながら、年老いた鬼が答えた。