美少女は怒る
彩音を裏切って先に教室に帰った後、騒がしい教室でイヤホンをつけて机に突っ伏す。これなら後から彩音が来ても、寝ていると判断されて声をかけられることもない。
多分彩音を怒らせてしまっているので、家に帰ってからは一応謝ろうとは思っている。さもないと抹茶ラテ同盟が早くも崩れてしまうかもしれない。
そんな事を考えている内に俺は突っ伏していたせいで眠たくなり、そのまま寝てしまった。
結局起きたのは6時間目が終わってからで、完全に寝てしまっていた。
「あ……そう言えば……」
俺は5時間目が山崎先生の授業だという事を忘れていた。
「……起こされていないのが逆に怖い」
これじゃあ授業に遅刻した時と、今回の寝た時であんまり変わらないじゃないか。寧ろ寝ている方が重罪じゃなかろうか。
HRが始まり、山崎先生は前に顔は向いているのだが、その視線は殺気立っていて、終始こちらを向いていた。顔は普通に見えているが、目は全く笑っていない。
「……怖っ」
確かに山崎先生には感謝してるけど、眠気には耐えられないし、俺は寝ようとすればどこでも寝られる。今はこの体質を恨むしかない。
HRが終わり、生徒は部活に入っている人や普通に帰宅する人がぞろぞろと出ていく。それに着いていくように教室を出ようとするが、
「安田」
「……はい」
「また手伝い……よろしく」
やっぱ駄目か〜。腕をガッチリと掴まれて動くことができない。
今度は資料を資料室に運ぶ手伝いをさせられた。当然山崎先生も一緒に運んでいるので逃げ出す事はできない。
「……よし、これで最後だ」
「ふぅ……」
資料は意外と多く、女の人では結構辛いだろう。……山崎先生なら余裕か。
「今何か失礼な事を考えただろ」
「イエ、ナニモ」
この人の前で考え事はNGだという事を忘れていた。山崎先生なら教師を辞めても何かしら職業に就く事ができるだろう。人の考えを読み取れるなら何でもできそうだ。
資料を運び終わり、教室に鞄を置きっぱなしなので教室に鞄を取りに行く。
スポーツ系の部活動の声が聞こえる中、廊下を歩いていると、教室の前に彩音がいた。しかも俺の鞄を持ってくれている。
「あれ? まだ帰ってなかったのか?」
「逃げられたからにはこっちも逃がさないわよ」
……なる程、尋問しながらゆっくりと帰ろうと言う訳か。これは完全に俺が悪いので素直に従うしかない。
そう思って鞄を受け取り、帰ろうとするが、
「おっ、雪野じゃないか」
何故か山崎先生が教室に向かって来ていた。
「……拓海、早く行きましょう」
「えっ?」
彩音の顔を見ると、冷や汗をかいて焦っているような表情をしている。そして俺の服の袖を引っ張って山崎先生とは逆の方に向かおうとしている。
だが時すでに遅し。山崎先生は彩音の目の前に来て両肩をガッチリと掴む。
「雪野、課題はどうした?」
これは課題を出し忘れていたと言う事だろうか?
そう言えば山崎先生の授業では課題が出ていた。と言ってもプリントの問題を解くだけで、俺は家でやっていたのでHRの後に提出した。
「……家に忘れました」
「ほう、まだプリントは余っているぞ。二人でやるか」
雪野なら課題もちゃんとやって提出していると思っていたが、この様子を見るとどうやらそうでも無いらしい。
「雪野は課題を出さないが点数はいいから他の教師も何も言わん。だが私は別だ。さあ、行くぞ」
なる程、課題を出さない分、点数で黙らせているという事だろう。しかしそれは山崎先生に通じない事は俺も学習済み。中学の時の経験が生きている。
何故課題を出さないかは、おそらく単純に面倒くさいのか、やらされている感じが嫌だとかその辺だろう。実際どうなのかは知らないがな。
「……拓海」
「……」
「助けなど無いぞ」
山崎先生はそう言って彩音を職員室の方向に引っ張っていく。
「あ……」
何処かに消えていくような声を出して彩音は連れて行かれた。
「……強く生きろ」
山崎先生は問題を全部解くまで帰らせない。彩音ならすぐに終わらせてくるだろうが、放課後にやらされる程面倒くさい事は無い。
俺は適当に決め台詞を言って先に帰った。
――――――――――――――――
俺は家に帰った後、彩音が帰ってくるまで授業で寝てしまっていたところをリビングで復習する。これは彩音が帰ってきたらすぐに謝るためだ。
勉強し始めて20分したところで彩音が帰ってきた。やはり地頭がいい彩音はすぐに問題を終わらせ、俺が家についた頃には高校を出ていたのだろう。
「おかえり」
「……」
彩音はムッとした顔でこちらを見ると、プイッと目を逸らす。
……完全に怒ってますね。……よくよく考えたら彩音は俺の事を待ってくれていたのに対して、俺は彩音を待つことなく帰ってしまった。うん、俺って最低ですね。
「彩音、悪かった」
「……」
彩音はこっちを向いてくれない。一言も喋らないまま彩音はちゃっかりと冷蔵庫から抹茶ラテを取り出して、2階へと消えてしまった。
「……困ったな」
その後もリビングですれ違っても、俺の方を向くことは無い。もしかして本当に嫌われたのではないかとだんだん焦ってくる自分がいた。
今はキッチンで夕食を作っている彩音だが、俺は自分の分が無い事を覚悟していた。
だがその覚悟は無駄だったようで、
「……ご飯出来たわよ」
予想とは裏腹に、優しげな声で俺の分もある事を告げてきた。
だがその優しげな声は俺には少し怖く感じた。
「……」
俺が座る席の前に置かれている皿には、サラダしか無かった。しかもこれまで一緒に生活していた学びを活かして俺が嫌いなトマトが多めに入れられている。
「……」
「……ふふっ」
しばらく無になっていると、彩音は俺の顔を見て笑った。
「……」
「……いい反応してる」
俺は全てを理解した。どうやら彩音は俺のこの反応を見る為に今まで不機嫌そうに振る舞い、反応もしなかったと言う事だろう。
現に俺はおそらく素っ頓狂な顔をしているので、その顔を見て笑っているのだろう。
本当に嫌われたと思っていたので少し安心した。
「……拓海の反応いいね、面白い」
「……焦ったぁ……」
入っていた力が全て抜けていく。機嫌も直っているようなので、一安心だ。
「……でもそれとこれとは別」
「……やっぱり?」
置いて行ってしまったことに関しては許してくれていないようだ。
確かに俺が同じ立場だったら許していないので、当然の事だ。
「……抹茶プリンが食べたいなー」
「……」
何だと……俺が冷蔵庫の奥に隠していた抹茶プリンの存在がバレていた!
しかもこれは俺がこっそりケーキ屋さんに買いに行った限定品の少し高めの抹茶プリン。
いやちゃんと彩音の分も買おうとしたんだよ? けど1個しか無かったんだ……申し訳ない気持ちもあったが、これだけは逃せないと思って買ってしまった。
彩音にバレないようにこっそり食べようと思っていたのだが、やはり毎日冷蔵庫を使う彩音にはバレてしまったようだ。
「……」
彩音は視線で圧力をかけてくる。……俺の罪だ、ここは妥協するしか無いのだろう。
「……どうぞ」
夕食を食べ終わった後、彩音は俺の目の前で美味しそうに抹茶プリンを食べた。
だが最後にひと口だけ残してくれたので、彩音の優しさに感謝してそのひと口を味わった。
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