宝くじには夢、人間関係には喜びがある
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進路希望調査票。俺の個人的な意見だが、2年の今の季節ぐらいになると進路は大体の目処をつけておいたほうがいい。その目標に向けて頑張る方向性は人それぞれ違うからだ。専門学校、就職、私立大学、国公立大学など進路は様々。
その中で俺は宝くじが当たって浮かれていたのか、第1希望の欄に『宝くじを当てたい』と書いてしまった。
それでも真面目に考えないと山崎先生が怖いので、家に帰ってゆっくりと考えようと思っていたのだ。
彩音との生活は今のところ順調。一週間経った今でも特にアクシデントがあった訳でもない。遅刻は俺が嫌嫌アラームをセットしている為、回避は出来ている。
ただ、まだ癖が抜け切っていないのか、たまに風呂上がりは下着姿出て来てしまう事がある。あれは本当に心臓に悪いので治してほしい癖……とも言い切れないかもしれないが、ともかく順調なのは順調である。
そして慣れない環境でも頑張っている彩音を見ていると、本当に凄いやつだなと思う。家にいても仕事はちゃんと真面目にこなし、勉強も怠らない。
俺は頑張れば順位を上げられると言っているが、何でも分かるわけではない。俺が気分転換にテレビを見ながら勉強していた時は、分からないところを教えてくれた。学年でトップの成績は伊達ではなく、説明もとても分かりやすい。
対して俺は進路希望調査票の事をすっかり忘れていて、第2希望と第3希望を書いていないまま提出期限が来て、慌てて出した結果が、
「ねえ」
何故かこの言葉だけめちゃくちゃ可愛い声出てる! むしろそっちのほうが怖いよ!
「……何ですか」
「何で割と真面目な話をした翌週にこんな進路が出てくるんだ!」
こうである。ただいま絶賛対話室にて面談中です。この高校は割と早めに進路の面談があるのだが、今の俺は面談じゃなくてただの説教だ。
ここで素直に説教されていては俺の残機が無くなってしまう。ここは俺のペースに持っていこう。
「いや、待ってください。実際宝くじ当たれば人生勝ち組ですよ? 当ててみたいと思いません?」
「今まで何度も買ったが当たった試しが無い」
駄目だこりゃ、この落胆した様子を見ると結構な頻度で宝くじ買って外してるんだろう。どうやら俺は山崎先生の心を抉るのが上手いようだ。
「……まずなんで数ある中で宝くじが選択肢に出てくる?」
「いや一回当たったらまた当ててみたいって思うでしょ……あ」
あ〜あ、言っちゃったよ。自分から宝くじ当たったとか言っちゃったよ。そう言えばこれまだ康介にしか言ってなくて彩音にもまだ言って無いんだよな。
「ほう、当たった事があるのか」
「はい」
ここで隠そうとしても意味は無い。信頼している山崎先生には言ってもいいだろう。
「いくら当たったんだ? 別に言わなくても良いが」
知り合いが宝くじが当たったと聞けば金額が気になるのは当然だ。しかし金額か……まあいい、ここは素直に言ってしまおう。
「……1500万です」
「……1500円の間違いじゃないのか?」
「今更誤魔化さないですよこんな事。それに大体山崎先生も分かってるでしょ。俺の両親が出張でいないから家政婦雇ったって」
「ああ、君のロッカーだけやたら汚いからな。家でも掃除できてるとは思わん」
「そこは掘り出さないでくださいよ」
確かに俺のロッカーは汚い。置き勉のせいでロッカーには教科書やらプリントやらが入っている。鞄を軽くしたいのでこれは仕方が無い。
「……その金で彩音を雇ったのか」
「そうですね。父さんに宝くじ当たった事言ったんですけど自分で持っておけって言われました。何するのも勝手だって」
「そうだな、金に溺れるのは怖いぞ? 出来るだけ貯金でもしておけ」
「はい」
「……ところで」
……何故だろう、山崎先生の目が何かを期待しているかのように俺の方を見ている。
「……その金で何か食べに行かないか?」
「……先生が生徒にそれを言っては駄目でしょ」
とは言っても俺の場合はそうとも言い切れない。中学生の時から山崎先生には結構奢ってもらったりしている。それこそ出かけた後で夜に山崎先生と会った時は晩ご飯も奢ってもらったりした。
なので俺は山崎先生に奢ってと言われても全然嫌ではない。
「別に奢らなくてもいいんだ。ただ毎日一人でご飯を食べてるのが悲しいだけだ。たまには一緒に食べてくれてもいいだろ」
うん、俺も何か可哀想になってきた。何で誰にも目をつけられないのか不思議なんだがな。
「……じゃあまた連絡してください」
「ああ、休日にでも連絡するよ」
生徒と御飯食べに行くだけでこんなに嬉しそうなのは本当に可哀想だと思う。だが俺も山崎先生と外食するのは悪くない。寧ろ話も結構合うので楽しい方だ。
と言うか生徒と教師が一緒に外食するのは絵面的にどうなんだ? ……プライベートだし別にいいだろう。気にしないことにしよう。
「取り敢えず進路希望は書き直せ。金曜日までだ」
「はい」
俺は教室を後にする。もう昼休みは半分も残っていない。この時間は前の経験からも分かる通り、パンは全て売り切れているだろう。
「学食はなぁ……」
この高校の学生食堂は味に定評があって人気もある。なので生徒はよく学食を食べに行く。俺は人混みがあまり好きでは無いので学生食堂に行くのは避けたいところだ。
「仕方無いか……」
空腹で耐えられないと言う訳でもないので、俺は教室に戻る事にした。
教室に戻ると彩音は一人で自分の席についていた。
「……何も食べてないのか?」
どうやら昼に何も食べている様子は無い。昨日まではパンを食べるか学生食堂に向かっていた彩音だが、今日は職員室に行く前に見たが、学生食堂に行こうともしていなかった。
何故なのか分からないが、今日の夜にでも聞いてみることにしよう。
―――――――――――――――
「……今日は何で呼ばれてたの?」
彩音も一週間が経って緊張が溶けてきたのか、彩音の方からも話しかけてくるようになった。
今聞かれているのはおそらく昼休みの事だろう。
「進路希望に宝くじを当てたいって書いた」
「……馬鹿なの?」
彩音は首を傾げて可愛らしく言っているが、言葉はかなり辛辣で心に刺さる。2文字だけと言うのが余計に抉られる。
「けど夢があるとは思わないか?」
「確実性がなさすぎるわ」
「実際俺は当たったんだ、そうじゃないと彩音なんか雇えてないぞ」
「……なるほど」
彩音はふむふむと頷いている。
「まあ……それなら気持ちはわからないことはないわ。一回当たったらまた当てたいって思うだろうし」
「だろ?」
「……けど進路希望にそれを書くのは馬鹿よ」
「改めて言うなよ……」
2回も言われると俺の心はボロボロだ!まあ俺が書いたのが確かに悪いのだが。
それとは別に金の話で思い出したことがあった。
「なあ、お金は足りてるのか?」
すると彩音は微妙といった感じで顔を歪めている。この様子を見るとあまり金銭状況は良くないのだろう。
「……給料日まで待つわ」
「……あ、そう言えば給料って手渡しでいいんだよな」
「……そうだけど」
……ここはどうするべきなんだろうか。彩音がお金に困っているのなら別に前借りで渡してもいい。と言うか別に1500万円など持ってても仕方ないので少し多めに渡しても問題はない。しかし契約としてはどうなのかと疑問が浮かんでくる。
「別にお金が無くても生きていけるわ」
「……待ってろ」
困ってる女の子を見捨てるような事をする程性根が腐っている訳ではない。少しでも助けられるなら助けるのが当たり前だ。
実は200万ほどは俺の部屋の鍵付きの箱に入れてある。何かあった時の為の金だ。俺はそこから10万を持ってリビングに降りる。
「これ、取り敢えず持っとけ」
10万円を見た彩音は流石に驚きを隠せずにいた。いきなり目の前に10万円を置かれれば驚くのは当然だ。
「こんな大金私が貰う権利がないわ」
「素直じゃないな。いいから、別に返さなくても良い」
「でも……」
彩音は申し訳ないと思っているのか中々受け取らない。
「……俺は彩音にちゃんと感謝してるんだぜ?」
「えっ……?」
「中学の時に色々あったんだけど……それで結構人と関わるのが嫌なんだよ」
「……そうなの?」
「まあ嫌っていうか、話してても色々考えてしまうんだ」
「……私も一緒。考えが合わないし、他の人が何考えてるかわからないもの。出来るだけ考えようとはするけど」
……その割に馬鹿とか平気で言ってきてるんだが。しかもそれ逆に言えば他の人が何も考えてないみたいな言い方になってるんだが。
まあ確かに成績は群を抜いて良いので、考える事も他の人とは違ったりするのだろう。
「だからかな、似た者同士通じるところがあるんじゃないかって。これは山崎先生にも言われた」
「そう……」
「実際彩音と話してても楽しいぞ。話しやすいしな」
「……そんな事言われたこと無いわね」
「俺もマイペースな性格だしな、俺は話しやすいだけだ」
人にはその人のペースがある。せっかちな人やらのんびりした人。彩音のペースにはたまたま誰も合わなかっただけ。
「……独りって面白くないんだよ」
「確かにそれはそうだわ」
これは山崎先生に言われた通りだった。今彩音と一緒にいる時より、両親も出張で一人の時の方が今思えば圧倒的につまらない。
あの事件の時から俺は人との関わりを断っていた。高校に入って康介とは話すようになったが、それでも俺の心に空いた穴は塞がらず、物足りなさだけが心に残った。
「……でも、彩音が来た」
彩音が来てからはどうだろう。今まで独りだった空間に1人加わるだけで、物足りなさは消えていた。
自分ではあまり人と関わらないようにしようと思っても、心の底では俺はそんな事思ってなかったのだ。
「だからこれはお礼。これでも納得できないか?」
「……私が力になれてるとは思わない。家政婦としているだけなのに……」
「……それなら朝早く起きて朝ご飯作ってくれ」
「……それだけ?」
「ああ、それだけでいい」
「……わかったわ」
やっと納得してくれたようだ。これも彩音の真面目な性格がお金を貰う事を躊躇わせていたのだろう。
「これからもよろしく」
「ええ」
これで俺達の間にそこそこの絆が生まれた。深い絆とかいう自惚れた考えはまだ持てそうにない。
「……あれ?」
「……どうかした?」
「……そもそも家政婦って朝早く起きるの当たり前じゃね? よくわからんが」
「……」
「……何か言えよ」
「人間朝には勝てないのよ」
「そこは自信持って欲しかったなぁ……」
同級生の家政婦が来たが、思ったよりこれからの生活も楽しくなりそうだ。何も考えずに平和な生活ができたらそれで良い。
そして結局宝くじの事を言うのを忘れていた俺は、今日はもういいやと思い、明日言う事にした。
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