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安田拓海は平和を求める

 俺は残りの3時間の授業を珍しく全て起きている事が出来た。それも昼休みと言う恐怖に怯えていて寝れなかったからだ。

 そして現在昼休み、もしかすると山崎先生が俺を職員室に呼んだことを忘れているんじゃないかと淡い期待をしていたのだが、教室の扉から顔を覗かせている山崎先生により、その期待は打ち砕かれた。

 呼んだくせに何であっちが来てるんだよ……と思ったがこれを口にすれば殺されるのでそんな考えは体の奥に潜めておく。

 俺は不本意だが椅子から立ち上がって、山崎先生の方に向かう。


「何で来てるんですか?」


「どうせ、俺を呼んだことを忘れてるんじゃね? とか思ってただろ」


「ヤダナ、ソンナコトオモッテナイデスヨ」


 やっぱり俺の考えは筒抜けている。もはや一心同体とも言えるだろう。

 俺は山崎先生と職員室に向かう。とは言っても職員室にある対話室に行くのだろう。職員室で堂々と説教されては恥ずかしくて死んでしまう。

 ここで馬鹿な奴は逃げれるだろとか思うやつもいるだろう。特に素行の悪い奴は逃げてほとぼりが冷めるまでやり過ごそうとか考える訳だ。しかしそんな事は山崎先生には通用しない。だって俺の制服の裾をガッチリと掴んでいるのだから。

 そして職員室に入り、案の定対話室に連れて行かれた。


「弁当は持ってきたか?」


「えっ? いるんですか?」


 勿論弁当など作る暇もなかったわけだし、購買にも行けて無いのでパンがあるという事も無い。


「そうか、遅刻してるから弁当など作れないな」


「すみません」


「どうしようか、弁当は私の分しかないぞ」


 よく見ると山崎先生の手元に弁当箱のような物がランチクロスに包まれている。


「えっ!? 先生が弁当? いつから旦那さんがいたんですか?」


「……安田」


 やばい、山崎先生がプルプルと体を震わせている。もしかして怒らせてしまったか?


「……君までそんな事を言うのか」


「へっ?」


 山崎先生は肩を落として落ち込んでいる。思っていた反応とは違うので俺は困惑した。


「さっき校長先生にも言われたよ……『君が弁当持ってくるなんて珍しいな、誰に作ってもらったんだ?』ってな」


「……」


「安田、私だって弁当ぐらい作れるんだぞ……」


 山崎先生は弁当の箱を開けて中身を見せてきた。そこにはきっちりとバランスの取れた綺麗な弁当の姿があった。


「おぉ……」


 ……やっちまったよ。心の傷抉っちまったよ。だってこんなに料理上手いとか知らかなかったんだよ!

 山崎先生が独身なのは知っているので、たまにこうやって独身ネタでいじると、毎回軽くあしらわれるか怒られるかだ。

 しかし今日は先にダメージが蓄積されてしまっていた。それで俺がとどめを刺してしまったようだ。山崎先生はちょっと泣きそうになっている。


「……誰かもらってくれないかな」


 駄目だぁ、完全に落ち込んじゃってるよ。俺を呼び出した理由とか忘れているんじゃないか? それ程までに落胆しきっている。

 ここは責任を取ってフォローする事にする。


「いや、友ちゃん美人だしいつかいい人見つかる筈ですよ」


 料理が出来るのはこの弁当で証明されている。見た感じでは冷凍食品でも無いので、本当に山崎先生が作ったのだろう。

 本当に何故結婚できないか謎である。強いて言うなら怒れば超怖い事ぐらいだ。


「そうか?」


 あっ……少しだけ表情が明るくなった。


「はい、俺は何故山崎先生が結婚できないのか分からないですよ」


「……そうか! そうだよな! そう言ってくれるのは君だけだ」


 山崎先生はすっかり表情が明るくなり、本気で喜んでいるようだった。


「……さて、本題に入るか」


 駄目だった……何とか誤魔化せると思ったけど駄目だった。と言うか切り替えが早すぎる。言われ過ぎて切り替えるのが慣れてしまっているのだろう。


「……雪野はどうだ?」


「えっ?」


 俺はいきなり彩音の名前が出てきた事に驚きを隠せずにいた。てっきり遅刻した事で呼び出されたとばかり思っていたからだ。


「メインの話はこっちだ」


「あ、やっぱりわかってるんですね」


 もう俺はこの人の前で何かを考える事をやめた方が良いのかもしれない。


「それで、何で彩音の話が?」


「ほう、もう名前で呼んでいるのか」


 俺はドジを踏んでしまって彩音の事を名前で呼んでしまった。あんまり知られたくなかったのだが、バレた以上は仕方が無い。


「安田が雪野を家政婦として契約したのは知っているんだ」


「……雪野の家庭事情を知ってるんですね」


「まあ、色々聞いたからな」


「彩音が山崎先生に相談でもしたんでしょう? 家事が得意な彩音を知っている先生は、給料の良い家政婦をしてみたらと提案したって感じでしょ」


「鋭いな、全部君の言う通りだ」


 これぐらいは少し考えれば分かる事だ。難しく考える必要は無い。

 普段殆ど人と話さない彩音は、当然相談できる人物も少ない。俺が彩音が学校で話しているところを見た事があるのは今は山崎先生だけ。すると、相談する人は山崎先生しかいないと予想ができる。

 彩音は見ての通り無口な為、コミュニケーションがものを言う接客業は論外。

 力仕事は女の子なうえに、実際あのカバンを持っている姿を見れば俺でも無理と分かる。

 そこで得意な家事を活かせる家政婦。これならコミュニケーションも最低限で済ます事も可能な筈。彩音には最適解と言えるだろう。

 山崎先生が彩音が俺の家に家政婦として来ている事を知っているのは、おそらく彩音が言ったのだろう。


「雪野は見ての通りコミュニケーションが苦手だ」


「そうですね、無口ですし」


「だが、君となら普通に話せている」


「さあ? どうですかね」


「雪野を見れば分かる」


 やはり山崎先生は先生としてとても優秀だと思う。周りがよく見えていて生徒への配慮も申し分無い。今までの先生で1番信頼できる先生だ。俺でもあまり彩音の変化には気づけていない。前までは彩音の事を気にした事が殆ど無かったからだ。


「しかし学生の君が家政婦とは贅沢だな」


「勘弁してくださいよ、俺本当に掃除とか無理だったんですから」


「……他は優秀なのにな」


 ふと山崎先生が口にしたその一言には、他の意味も含まれているように思えた。


「……いいですよ、そんなお世辞は」


 俺は別に優秀じゃ無い。優秀になりたいとも思わない。程々に頑張って、程々にテストの点数を取り、程々の生活ができたらそれで良い。


「安田、やはり目立つのは避けたいか?」


「……どう言う事ですか?」


「……君ならテストでももっと上の順位を目指せる」


 確かにもっと頑張れば順位はいくらでも上げられる。だが、今の俺には必要のない事。


「中学の時の事はわかる」


「……」


 何故山崎先生が中学の話を出すのかと言うと、今はこの高校の教師だが、俺が中学2年の時までは俺が通っていた中学校の教師だったのだ。

 ……そしてあの事件も知っている。俺が救えなかった1つの命が失われた事件を。


「もういいんですよ……点数が良いだけで目立つなら俺は程々でいいです」


「安田……」


「俺はもう過ちは繰り返さない」


 俺が目立って不利益がもたらされるのであれば、俺が目立たなければいいだけ。所詮俺は学校の中ではモブの存在なのだから。


「正直独りでいいんですよ。康介はよく俺と喋ってくれますけどね」


「……だがまだ喋ってくれているだけで成長だ。君はあの事件からは本当に喋らなくなったからな」


「……まあ、そうですね」


「独りでは生きていけないぞ、人は」


 山崎先生は俺よりも8歳年上だからなのか、今の言葉には俺よりもこの世界で生きている故の重みを感じる。

 

「……分かってるんですけどね、怖いんですよ」


 あの事件から人と接するのが少し怖くなった。最近はかなりマシにはなってきているのだろうが、それでも心の底ではまだ怖さは消えない。


「私が慰めてやろうか?」


「そこでふざけないでくださいよ」


「君が暗いところは見てられないんだよ、長い付き合いの私としてはね」


 山崎先生とは中学一年の時から良くしてもらった。約3年半ぐらいだが、生徒と教師の付き合いで言えば長いほうだろう。だから俺が考えている事も分かるのかもしれない。


「雪野とは仲良くしてやってくれ。少し意味は違うが、人と接する事に関しては安田と似ている」


 コミュニケーションが苦手と言うのは、人と接するのが苦手とも言える。怖いとは少し違うだろうが確かに似ている。山崎先生は似た者同士なら上手く行くと考えているのだろう。


「……まあ、雇いましたし」

 

 俺はぶっきらぼうに返事をする。しかし山崎先生は、


「そうか……頼んだぞ」


 優しげな顔。俺への心配を込めての言葉だろう。本当にこの人は良い人だ。山崎先生とは長く関係を保っていたいと思える。


「はい、ではそろそろ行きますね」


「……待て」


 ……暗い話からの流れでいけるかと思ったが、この感じは駄目なのだろう。


「遅刻の罰は今日の放課後にまた職員室に来てくれ」


「……やっぱ駄目ですか」


「それとこれとは別だ」


 仕方がないやつだと言っているような顔をする山崎先生。


「まあ」


 山崎先生は俺の頭に手をポンッとおいて優しく撫でてきた。


「頑張れよ」


「徐々に……ですかね」


「ああ、それで良い」


 ……俺も徐々に変わりつつあるのだろうか? 自分では分からないが山崎先生にはどう見えているのだろうか。少なくとも山崎先生の今の顔を見てネガティブな思考にはならない。

 俺は職員室を後にする。そして腹の虫も鳴ったところで購買にパンを買いに行く。


「ごめんねぇ、もう売れ切れたのよ」


「うそ~ん」


 購買のおばちゃんがそう言った。山崎先生やりやがったな。もしかしてここまで計算された罰なのか?


「……彩音はどうしてるんだろ」


 綾音は俺の後に起きた為、当然弁当など作っていないはず。購買か学食で飯を食べれているのか少し心配になった。

 

「……他人の心配か」


 しばらくは他人の事など考えなかった時期もあった。少しずつでも成長できているのだろう。

 教室に戻ると昼休み特有の騒がしさが耳に響いてくる。席についてふと彩音の方を見ると、メロンパンを相変わらず小さな口ではむはむと食べている。どうやら昼食は何とかなったようだ。

 周りを見回すと、机の上にある弁当箱。それに対して俺はパンすら買えなかった弁当も無しのぼっち。


「はぁ……」


 何を思ったのか俺は机の中に手を入れた。すると袋の感触があった。その袋を机から出してみると、メロンパンがあった。


「……もしかして」


 再び彩音の方を見た。偶然か分からないが彩音もこちらの方を見ている。そして他の生徒に分からないように控えめに親指を立ててこちらに向けていた。


「……感謝だな」


 俺も周りに分からないように親指を立てて見せた。


 その日の放課後、図書室に新しく並べる本が届いた為、それを運ぶのを手伝だった。

 やっぱり俺は働きたくない。また宝くじでも買って当てて優雅な生活でもしようかな……調子には乗らない方がいいだろう。平和を望むならモブは調子に乗らない事が重要。

 

 さて、今日も程々に生きていくことにしよう。

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