第4話 家が建ったぞ!
「うーむ、これでよかったのか?」
首をかしげつつ、目の前に建設された我が拠点を見上げる。金の力とは凄いもので、あっという間に工事が進み、立派な一軒家が建った。
それはいいのだが、思っていたよりも豪華になってしまった気がする。我は適当な金を差し出して家の希望をありったけ述べただけにすぎないのだが、これでは少々目立ちすぎるのでは?
いずれにせよパエデロスに滞在することは決めていたし、長期間安い宿に泊まり続けたくもないからいっそのこと家を建ててしまった。
どうせ勇者にも我の顔が割れてるしな。だったらいっそ堂々とした方がいい。だが、やはり目立つのはどうなんだ。これでは我、ただのアホみたいじゃないか。
なんだってこんなところにデッカイ屋敷を建ててしまったのだ。見るからに周りの家々からも浮いてしまっているではないか。
「それではここにサインを」
「うむ」
そう言われて書類を突きつけられる。ここに我の名前を書き込めば、晴れてこの家は我のもの。面倒くさい段取りだが、それがこの街、パエデロス流のしきたりなのだから従うしかあるまい。
しかし、これはまずった。ここに名前を書いてしまえば、ここが誰の家なのかが知れわたってしまう。はたしてここに我の名前、フィテウマと書いてしまっていいのだろうか。
魔王の名前を見て、勇者が駆けつけてきたらどうする?
そうでなくとも、勇者が倒した魔王と同じ名前のものが住んでいるということになれば、それはそれで悪目立ちしてしまいそうだ。
人間どもってこういうところには敏感だしなぁ。
そんなことを考えながら筆を走らせていたらうっかり本名を書きそうになってしまった。
「フィー様ですね」
「あっ」
ぼんやりしていたら書類を取り上げられてしまった。我、まだ最後まで書いていないんだが、手を止めていたせいか、その書きかけの名前がそのまま受理されてしまったらしい。
ふと呼び止めてしまおうかと思ったが、本名のフィテウマと書き直すわけにもいかず、「オネガイシマス」と肯定するしかなかった。
かくして、発展途上な辺境の町パエデロスに突如として現れた謎のご令嬢、フィーの屋敷が正式に認可されてしまったのだった。本当によかったのかなぁ~……。
※ ※ ※
「フィーお嬢様、お食事の準備が整いました」
「うむ、いただこう」
金だけは不自由しない程度にあったので、屋敷に何人か使用人を雇ってみたが、これがなかなか快適な生活を送れている。
パエデロスは「これから発展する!」という意欲を高く掲げているからやたらと移民も多く、伴って失業者も多かったこともあり、そういうところから拾い上げるのは思っていたよりもずっと簡単だった。
興味本位で移民してきた貴族に捨てられた執事やら、一攫千金狙った冒険者に連れてこられたけど山を当てられず捨てられてしまった奴隷やら、そりゃもう沢山。
そんなバカ共のおかげでこれこのように我は身の回りの世話もしてもらえるし、なんだったら屋敷周辺の良からぬ輩も追い払える。いつぞやのときのように金をせびられることもない。
我、至極快適。ふはははははははははっ!!!!
「――じゃなくてだなっ!!!!」
とびきり美味いステーキを頬張りながら思わず叫んでしまった。
贅沢な暮らしをするのが目的ではないだろう。
なんで我、普通に生活しちゃってるの?
まずは人間社会に溶け込んでこの街の治安をどうにかするのが当初の目的じゃなかったのか。なんだったらパエデロスの経済回しちゃってるし、深刻だった雇用問題も解決しちゃってるし、普通に善行だわ、善行!
違うの! 我、違うの!
家が建ったぞ! わーい! で喜んでるんじゃなぁい!!!!
――まあ、身を固めるという意味合いでは間違っちゃいないはず。
何といっても今の状況ならいきなり勇者が飛び込んできて我の命を狙ってくることもないだろう。だからといって、ちょっとやりすぎちゃった感は否めない。
でたらめに金を使いまくってれば貧富の差がドデ~ンとなって経済のバランスが崩れるだろう、とか考えてたのに、何かやってることが本末転倒すぎない?
ひょっとして……我、バカ?
いやいやいや、これからだ。まずは守りを固めた段階。ちょっとばかし治安がよくなっちゃったかもしれないけど、それは必要経費だ。
そうそう、こっからこっから。自宅と地位を手に入れて、経済を掌握できる体勢を整えた。いわばスタートラインという奴さ。
人間どもの社会って大体そうじゃん? バカな金持ちが金にものをいわせて考えもなしに無茶なことをあれやこれやとやりまくって、それらが火種となった結果、最終的には混乱を招いててんやわんやで全部崩壊するの。
我がやりたいのはソレ! ソレなんだから。
もっとこうさぁ、ヤベェ奴らとか集めちゃったりしてもいいんじゃない?
狂人とか殺人鬼みたいな冒険者をこの街に連れてきて、一気に治安をメッタメタにしてやれば、勇者もぶっ倒れるってもんよ。
それそれ、その路線でいいんじゃない? 金ならいくらでもあるんだし。
「フィーお嬢様、客人がお見えになりました。いかがなさいましょう」
「はぅあっ!?」
油断してたら使用人の声で椅子からひっくり返りそうになった。
なんだ、客人って。我、そんなの招待もしていないんだが。
やっぱりアレか? 突然こんな屋敷建てちゃって悪目立ちしてるから変な輩に目をつけられちゃったか? う~ん、上手く対応しないとまずそうだ。
「分かった。我が応対する。通せ」
「はっ、おおせのままに」
※ ※ ※
「やあ、噂のフィー様ってキミのことだったのね」
我の前の現れた客。それは、あの勇者の仲間である女魔法使いことダリアだった。なんで? マジでなんで? いきなりフレンドリーすぎじゃね?
「わ、我に何の用だ?」
「うーん、用ってほどのことじゃないんだけどさ、挨拶くらいはしておこうかなって思って。言っちゃ悪いけど、凄いお金持ちが現れたって街じゃ噂になってたのよ。そういうのを見て回るのも私たちの仕事なものでね」
うわ、この女、我に牽制しにきよったのか。さすがパエデロスの自警団まがいなことをしているだけのことはある。
「我は何もしておらぬぞ。怪しくもない」
「いや、十分やらかしてる上に怪しいんだけど……ま、自覚なさそうだし一応注意だけ、ね。あんまし目立つことされちゃうと困っちゃうのよ。だからこういうお遊びはほどほどにね。何処のご令嬢様だか知らないけど」
「だ、だから我を子供扱いするな!」
「どう見ても子供じゃない」
おい、今、我の何処を見て言った?
「せめて私くらい大きくなってから言ってよね」
などと言いながらわざとらしくゆっさゆさして見せつけてきた。
おのれ、確信犯か。確かに今の我はペタンコのツルツルかもしれんが、魔力を取り戻せばプルプルのムチムチなんだぞ。もぎとってやろうか、その果実。
「ああ、でもその白髪は大人っぽい?」
「我のこれは白髪ではない! 月の如き美しき銀髪だ!」
「あー、ごめんごめん。でも確かにキレイよね。長いし、サラサラだし」
「フン、褒めても何も出んわ。我の美貌は元々至上なのだからな」
「ま、そういうことにしておくよ。じゃ、今日のところはこの辺りで失礼するけれど、さっき言ったことは守ってよね。あんま目立つとロータスが黙っちゃいないからね。バイバ~イ」
不穏なことを言い残して、ダリアは去っていった。やはり牽制が目的だったようだ。くそぅ……これでは出鼻をくじかれたも同然ではないか。