第37話 オレと結婚してくれ
「なかなかオシャレなお店だな。可愛らしくて良い」
「はひ、ありがとうございましゅ……」
レッドアイズ国の王子が二人、ミモザの店の敷居をまたぐ。
店内にいるのは我の使用人たちくらいだ。
本当は開店時間を回っているのだが、王子が馬車に乗ってド派手な登場をしてきたこともあって、他の客が入りづらくなってしまっている。
店の外からも何やらざわつく声が聞こえてくるようだ。
そらそうだ。なんで突然王子が現れたのか説明できるものもいないのだから。
ミモザもちょっとは断るくらいすればいいと思うのだが、まさかの王子の登場で緊張しているせいか、そういう判断もできない様子。
「ほう……これは……」
ソレノス王子が棚の商品を一つ手に取って関心深そうに眺める。
あれはミモザの新作だ。ついぞ先日、コリウスと共に死地を潜り抜けて手に入れた素材を使っている香炉。
火を灯せば蜜のような甘い香りを立ち上らせ、体力や魔力を回復させるという代物だ。主に野営地などで使うと効果的で、虫などが好まない匂いを出しているため、虫除けにもなるという優れもの。
その名もずばり、甘い蜜の一時だ。
「しょ、しょれは……蜜を使って、ええと、甘い匂いをれしゅね、火を付けると出て、その、えっとえっと、回復するんれしゅ!」
ああ、ダメだ。ミモザ、完全に緊張してしまっている。
身分の高い者には弱いようだ。
普段はパエデロス随一の令嬢である我と一緒にいるのにな。
まあ、どうせ我は王族でもなければ、本物の令嬢ですらないのだが。
「これって、あの蜜から作ったんですか? 凄いですね、ミモザさん」
横からコリウスも加わってくる。興味津々のご様子だ。
「ああ、うん、そうれすよ。上質な素材を使ってるから、何度でも使えるんでしゅ。眠るときに火を灯せばきっと安眠できまふ」
コリウス相手だとそれなりに喋れるっぽい。慣れだな、これは。
「素晴らしい。ただ素材がいいだけではないな。転換術式の応用をこのように採用するとは。見事な技術力。噂以上の腕前のようだな」
一目見て分かるか。この男、王族というだけあってあなどれないな。
同じ王族であるはずの弟のコリウスとは大違いだ。
「これを10シルバでは少々安すぎるのではないか?」
値札を見ながらソレノス王子が首を傾げる。
一応、適正価格のつもりだ。ミモザも調整には苦労したからな。
「まあいい。買えるだけいただこう。爺や、ミモザさんにお代を払ってくれたまえ」
「御意」
いくつかの香炉を抱え込んで、カウンターの前に差し出す。
そしてソレノス王子の後ろからついてきた老人紳士がゴルド金貨をじゃらじゃらと並べていく。
会計を担当していた使用人がギョッとした顔で、まるで人形のようなガチガチ具合でお会計を済ませた。
そして老人紳士は速やかに、香炉を運び出し、去っていく。
一応ちゃんとしたまともな買い物だが、そんな大人買いをする客がこの店に現れるとは思わなんだ。ただでさえこの街ではシルバだって大金だというのに。
それを我が言うのもなんだが。
「あ、ありがとうございまふ!」
「はっはっは、他の客にも迷惑かけてしまったしな。ここはちゃんとした客として買い物させてもらうよ」
正直に言えば、かなり都合がよかったと言わざるを得ない。
今のだけでも売り上げ高がグンと伸びた。しかも、異国の王子が買っていったという事実が今後の宣伝にもなるだろう。
それをミモザがどう思うかだが……まあ、見たところ喜んでるからいいか。
「――時に、つかぬ事を伺うが」
何故かソレノス王子が我の方に向き直る。
「あなたは、フィー様でよろしかったかな?」
膝を折って我と目の高さを合わせてくる。
「お、おう、そうだ。我はフィーだ」
そう返事すると、ソレノス王子が我の手を握ってくる。何、こいつ、きもい。
「今日、ここに来たのはさっきも言った通り、オレの弟のコリウスを助けてくれたミモザちゃんと、そのお姉さんにお礼を言うためだ。実はそれともう一つ、会っておきたい人がいてね」
真っ直ぐと我の目を見つめて、真剣な眼差し。一体、何のつもりだ。
「このパエデロスでも有数の資産家にして、ミモザちゃんと最も友好的な関係を築いているご令嬢フィー。キミに会いたかったんだ」
なんで? どして? 意味分からんのだが。
「キミのことは少し調べさせてもらった――あ、いや、正確には過去に調べたものから聞きつけた話になるのだが、キミには爵位がないそうだね。令嬢を名乗っているが、貴族ではない。そうだろう?」
え? え? え?
ヤバくね? まずくね? 正体がピンポイントでバレとる?
誰だよ、過去に調べたものって……。
あ!? アイツだ。リンドーだ。勇者の仲間の、あの男。
そういえば城で勤めているとかで、同僚の兵士どもをかき集めて情報を探っていたんじゃなかったか?
そうか……アイツ、レッドアイズ国にいたのか。何も不自然なことはない。
元々、勇者の仲間はあの国に所属していたのだから。リンドーは引き続き、城の兵士として勤めていただけのこと。
え? ということは、なんだ?
我、魔王だってバラされたの? 勇者どもに口止めしてもらったのに?
「おっと、驚かなくてもいい。オレには一目見て分かったよ。キミが人間ではないことくらい。その月の如く美しい銀髪に、血の如く紅い瞳……亜人の一種なのだろう? これまで多くの苦労をしてきたことを察せるというものさ」
「んん……??」
なんかちょっと違うな。いや、違わないと言えば違わないのだが、別に我が魔王であることがバレているわけでもないのか。
「キミがパエデロスまで流れ着いた経緯は知らない。だが、これだけは分かるつもりだ。安住の地を求めていたのだと」
突然変なことを言い出したんですけど、この人。
いやまあ人間社会において亜人といったら迫害される対象なんだろうけれども。
そういった見方をしたら、実際我もところ変わればそうなっていたんだろうけど。
なんかとんでもない勘違いをこじらせとるな、この王子。
ひょっとして、頭の方はコリウス並みなんじゃないのか? 残念なイケメンか?
かといって、「いいや、違う! 我は勇者に復讐するべくこの地を訪れたのだ!」などとほざいたら軍事国家の王子のことだ。パエデロス巻き込んで全面戦争にもなりかねない。
「ま、まあ、概ね……」
と、そう答えるしかないだろう。
「令嬢という良い隠れ蓑を築いたことには感心するが、遠方の国であるレッドアイズでもキミの噂は届いてしまっている。この事実を重く受け止めるべきだぞ」
「といいますと?」
そこで、ふぅー、と気持ちを切り替えるように、王子が長めの呼吸をする。
「落ち着いて聞いてくれ。パエデロスは近い将来、一つの国家となる。そのための動きもまさに今、盛んになっているんだ。キミも知っていると思うが、この街の治安維持を担っているロータスがその代表者だ」
何それ知らんかった。
「彼の功績が大きいのだろうな。オレの国、つまり父上も支援することになっている。しかし、異種族の混合を認めない者もいる。ミモザちゃん、お姉さん、そしてキミも、このままではこのパエデロスから排他されてしまうかもしれない」
いや、そんなこと急に言われても困るのだが。
「回りくどい話は止めよう。単刀直入に言う。キミに、このパエデロスでも随一の資産家でもあるフィーに、今ここで婚約を申し入れる。オレと結婚してくれ」
「は?」
「ほぇ?」
な、なんだってえぇー!!!?
何がどうしてそうなったのだ!?




