第141話 ただの小娘でしかない
辺境の地で開拓され、大きく発展を遂げた都市パエデロス。
そこは人間もエルフも獣人もドワーフもオーガも……、あらゆる種族が何の隔たりもなく過ごしているという平和の象徴ともいえる場所。
そんな都市の中央に城の如くそびえ立っている一際目立ったそれはネルムフィラ魔導士学院。魔力の才に恵まれなかった者であっても魔法を習得することができるという触れ込みで、遠方にある軍事国家レッドアイズの技術が取り入れられた学校だ。
実際のところ、あまりにも眉唾すぎる話であり、そんじょそこらの胡散臭い詐欺商売と大差ない売り文句ではある。加えて、レッドアイズも年々各国からの評判を落とすような事柄も多く、ハッキリ言って信憑性は薄いと言わざるを得ない。
そこを上手く取り繕うよう努力したのが、かつて世界を恐怖に陥れたかの魔王――というか我なのだが――を見事討伐し、世界に平和を取り戻したなどということで有名な勇者ロータスだ。
世界平和を目論むあの男は、泥臭くも貴族を中心とした出資者を募り、また生徒たちをかき集めてきた。聞いているだけでも涙ぐましい努力だが、多分そこまで表沙汰にはならんのだろうな、この手の話。
結果を得られるまでに至ったのも偏に勇者ロータスの手腕といえよう。
勇者のネームバリューと、レッドアイズのバックアップと、貴族のサポートの三つが重なり合い、ネルムフィラ魔導士学院は成り立っているわけだが、では実際に上手いこといっているのかと言えば、まあ、上々なのではないだろうか。
不本意ながらもパエデロスの令嬢として、一人の生徒という立場にいる我が言えることは、世間の有象無象どもがああだのこうだの批難されつつも、魔法を習得するという重要な点は噂に違わぬという点だろう。
我は、かつて世界を恐怖に陥れちゃったりしたわけなんだけれども、勇者に心臓をグサッとやられて、殺されて、んでもって魔力をなくしてしまい、その後もなんやらかんやらで浄血とかいう呪いで魔力の才能ごと消滅させられておきながらも、どうにかこうにか、この学校でのカリキュラムをこなして、魔法を取り戻せている。
現代の力ってスゲー、って奴だ。
果たしてここから悪名高きレッドアイズの汚名をどれほど払拭できるか。そしてそれによって辺境の掃き溜めとまで呼ばれていたパエデロスが何処までの発展を望めるのか。まあ、我にはそんなことは関係ないのだがな。
このパエデロスに来た当初こそ、勇者に復讐を誓っていたはずなのだが、我も丸くなってしまったものよ。今に至ってはロータスに貸しを作って優越感に浸るだけの悪役令嬢。これもこれで悪くはないとは思ってるしな。
魔王であった過去も捨てて、今や、ただの小娘でしかない。
※ ※ ※
「フィーしゃんっ!? ちょ、ちょっとこ、これ……。み、見てくらひゃいっ!」
隣の席に座る、我が親友のミモザが驚愕の表情を浮かべ、机の上をロウソクの灯火ほどの小さな明かりで照らしていた。
それを見て、我は歓喜のあまり、声が詰まった。なんだったら息が止まってしまうとさえも思った。
目の前でぼんやりするソレはちょっと息を吹けば消えてしまいそうなほど頼りない、小さな小さな火ではあったが、間違いなくソレは、ミモザ自身の手によって放たれた魔法だったから。
「やっっっっ…………やっっっっ…………」
呼吸ができなくなるほど、喉の奥から声が渋滞して、危うく窒息しかけた。
次の瞬間には、何をするまでもなく、ミモザの手の中にあった火は消える。
だが、それでも我の中で高ぶっていた感情は消えなかった。
「やったではないかミモザ!!! ついに、ついについに!!!!!!」
「ひゃあっ!?」
思わず、我はミモザに抱きついていた。ふわふわの、太陽に照らされる小麦の如く眩しい黄金色の髪が我の視界いっぱいを制圧する。
これほど喜ばしいこともあるまい。
「よかったわね、ミモザちゃん。ついに自分の潜在魔力で魔法を使えるようになったんだ」
教師面したダリアはにこやかに寄ってくるが、どうでもよかった。
「おめでとう、ミモザさん」
「すごいね! ミモザちゃん!」
「おめでとうございますわ、ミモザさん」
「さっすが! やっぱミモっちに先越されちゃったっすね」
クラスメイトの女子組も集まって祝福の言葉を掛けてくれる。
「うっうっうっ……ミモザぁぁ……、とうとう……この日が……」
「な、なんでフィーしゃんが泣いてるんれふか!?」
ミモザはエルフでありながら、魔力を持たない不遇な体質に生まれ、故郷であるアレフヘイムの里から追い出された身。本当はそれでも温情で、処刑されるところを譲歩したとか元族長も言っていたが、それはさておき。
自身の力で魔法が使えないことをコンプレックスに抱き、代わりに魔具士として技術を磨き始め、パエデロスに流れ着いてきたミモザが、今こうして、ようやくして、自らの魔力で、魔法を使えたのだ。これを喜ばないでどうするのか。
「よし、今からパーティを開こう!! 盛大にな!!!!」
「あの、フィー。今は授業中なんだけど……」
「そ、そうでふよ……、それにパーティだなんてそんな大げさな」
我の両腕の中でミモザが照れくさそうな声をあげる。
「じゃあ、放課後にしましょうよ」
「フィーさんのお屋敷に集まればいいですか?」
「それでは私もとびきりのドレスを着てまいりましょう」
「いいっすね! 今夜はフィー様の家でパーティっす!」
「ちょ……そんな、みなしゃぁぁん」
教室の中は一層賑やかになっていく。平穏な街、平和な日常の中に、我は入り込んでいるというこの実感を噛みしめたい。
「ふははははははははははっ!!!! いいぞいいぞ!!! 皆も今日というこの日を祝おうではないか!!!! 今日は世界史にも残るミモザ記念日にしてくれよう!!!!!!」
「いやれふぅぅ!! そこまではいいでしゅうぅぅぅ!!!!」
「どうでもいいけど授業の妨害するなっ!」
我は、全てを失ったものとばかり思っていた。
思えば、あのとき、勇者に胸を一突きされて、魔力も失い、貧弱で、脆弱で、虚弱な、ザコザコの、よわよわの、ヘボヘボとして、魔王軍からも追放されて、気がついたらこんなところに立っていたようなものだ。
今の我の手元にはまた多くのものがある。
我は、多くを失ったのかもしれないが、こうして大切なものが腕の中にもある。
ずっと奪われてきたことを嘆いていたかもしれないが、今の我は、魔法を使うこともできるし、資産だってたんまりとあるし、それに何より親友もいる。
何も嘆く必要などあるまい。かつてがどうとかなど、大したことではない。
今がこうして何よりも幸せなのだから。
「ミモザ、ミモザよ」
「なんれふか、フィーしゃん」
「これからも我の親友でいてくれるか?」
「ほぇー……? そんなの当たり前じゃないでふか?」
「うおおぉぉぉぉぉミモザミモザミモザミモザミモザ!!!!」
「うひゃああぁぁぁ!! フィーしゃんがまたおかしくなっらああぁぁ!!!!」
「ちょっとフィー! またアンタはっ!!」
「あぁあ、いつもの発作が起きましたね」
「ええ、いつも通りです」
「私も見慣れてしまいましたわ」
「フィー様っていつもこうなんすよね」
「ったく……毎度毎度騒がしいな、芋女め」
魔王軍を追放されてきて、勇者に復讐しようと考えて、悪役令嬢として忍び込んできた我だったが、こんな尊い日常の中に、紛れ込んでしまうのもいいではないか。
我は、偽の令嬢で、偽の魔王なのだから。




