【魔王城】コルクガール
※魔王軍サイド
人里を離れた荒廃した土地にその城は建っていた。
針のように尖る険しい山々に囲まれて、何者も拒む要塞の如しその城は、かつて世界を統べる力を持っていたとされる魔王の居城だった。
だった、というのは簡単な話で、今はもうその魔王は勇者に討伐され、その力を失ってしまったからだ。
大いなる脅威が去ってしまった魔王城は、もはや以前までのように人々に恐れられることはなかったが、それでも魔王軍の残党たちはその城に残っていた。
またいつの日か世界を統べる野望を抱き、力を蓄えて。
※ ※ ※
「なあ、知ってんか?」
「なんや、藪から棒に」
魔王軍の残党が城の見回りに退屈したのか、同僚に会話を振る。
「ここから離れたところになぁ、パエデロスっていう人間の里があるやんか」
「あー、あるなぁ。噂じゃあ勇者が拠点にしてるらしいなぁ」
「ほいでな、俺の知り合いがなぁ、そこで魔王様を見かけたぁ言いますねん」
何処から情報を仕入れたのかは定かではないが、見回りの言葉に耳を傾ける。
「魔王様って追放されたんやろ? 人間の里おったらえらいこっちゃないですか。ほんまに魔王様やったんか?」
「それがなー、どうも髪の色がコルクみたいな色した少女らしいんですわ」
「ほなら魔王様ちゃいますやん。魔王様は今や銀髪の少女ですもん。なんですか、コルク色の少女て」
「俺もなぁ、そう思ったんやけど、その少女な、ダンジョン探索しとって、鋼鉄巨神の黒弾丸の魔法を使ったらしいんですわ」
「そりゃ魔王様やないかい。魔王様やソレ。魔王様のお得意の魔法ですやん。バリバリの現役で活躍されとるやないですか。よう見てはったな、その瞬間」
「そう思うやろ? でもな、そこにもう一人人間の少女がおったらしいんですわ」
「じゃあ魔王様ちゃうなぁ。あのお方が人間と手を組まれるわけあらへんもんなぁ。ましてや少女て。一番ありえへんやないか」
うんうん、と首を縦に振り、頷く。
「でもな、そのコルク髪の少女『ふははははっ!!』って笑っとったそうなんや」
「魔王様や! そんな高笑いするん、魔王様しかおらへんやろがい。今時、人間の少女がそないな笑い方するわけあらへん。絶対魔王様や!」
「魔王様が、なんですか?」
見回りの二人の会話に割って入るように現れたのは、スカスカの骨だけのボディに紳士のような身だしなみのスケルトンこと、セバスチャンだった。
「ひぃ! いえ、なんでもないです!」
「巡回してきまぁす!」
ガイコツの眼光――といっても目玉などないが――に威圧されてか、慌てふためいて、見回りの二人は逃げるように立ち去っていった。
「全く、たるんでいますね」
「ようやく落ち着いてきたって証拠じゃねえか。セバス」
細身、というか骨身のセバスチャンと比較すれば巨体過ぎるくらいの大男が現れる。それはオーガと呼ばれる種族。この魔王城でも上位に位置する戦力だ。
「それにしても聞き捨てならねぇんじゃねぇのか、今の話。途中からしか聞こえなかったが、魔王様が人間どものとこで遊んでんみてぇじゃねぇか。なんで自由にさせてんだよ」
「遊ばせておけばいいじゃないですか。楽しそうで結構。人間たちを混乱させてくれるのなら上等、上等」
セバスチャンは、くすくすと笑う。
無論、スケルトンである彼にはそんな表情など見えてこないのだが。
「大体、今のあのお方は全盛期のような力はありません。見た目のまま、人間の小娘と変わらないくらいでしょう。それに、魔力が消し飛んで弱体化した弊害で知能もアホになってますしね。できることなんてそう多くはないでしょうよ」
「人間たちと接して魔王だってバレたらどうすんだ? 何も抵抗できねぇぞ」
「問題ないでしょう。どうせ死んでもまた生き返りますし。むしろ、何処かで封印されてもらっていた方がこちらとしても助かりますがね」
「相変わらずセバスは辛辣だなおい」
まさに血も涙もない発言だ。確かに見るからに血も通ってないし、涙も出そうな顔をしていないのだが。
「はぁー……これは持久戦なんですよ。勇者がいなくなるまでのね。どうせ人間の命は百年と持ちません。大きな戦力と脅威を失ってしまった私たちは、ただ耐えて待つだけなんですよ」
「セバスの言ってるこたぁ、なんか難しくて分かんねぇや。勇者どもがいなくなったら形勢逆転するってのか?」
「逆転する必要はありません。時間稼ぎになればいいのですから。そう、アレが力を取り戻すまでのね。それまではアレはどうでもいいのですよ」
アレ、というのは勿論、魔王軍から追放した魔王のことだろう。
魔王は人間たちの負の感情を糧に力を蓄える。
それはつまり人間が生きている限り、人間たちが憎しみや悲しみの感情を抱いている限りは生き長らえるということ。
「いや、やっぱ分かんねぇわ。魔王様が力を取り戻すまで待つってんならよ、なんで魔王軍から追放する必要があんだよ」
「考えてもみれば分かるでしょう? 今、この魔王城は何処の馬の骨とも分からない冒険者どもの経験値稼ぎ場の名所扱い。そんなところにあのクソザコ魔王がいたらどうなります? 記念にサクッと殺されるだけでしょ? 気軽に魔王退治できるスポットだなんてまっぴらごめんです。いくら殺されても生き返るとはいえ、そんなことをされ続けていればいつまで経っても力が復活しないでしょ」
「うっ……、ま、まあ確かにな」
「力だけでなく知能までアホの魔王をここに置いておく余裕はないのです。どうせ死ぬならどっかよそで勝手にのたれ死んでくれた方が数百倍マシなんですよ」
「だ、だがよ、自由に泳がしてたらよ、いざ力が戻ったってときに魔王様が何処にいるか分からなくて困るんじゃねぇか? つか、なんだったら追放されたことを恨んで魔王軍に叛逆してくるとかよぉ」
「その点は心配ありませんよ。あほう様――じゃなかった魔王様の居場所だけなら偵察部隊に任せ、ある程度は把握できてますから」
「なんか今、露骨に酷い呼び間違いしたな」
「コホン――ま、まあ時期が来ればお迎えに行きますし、さすがの魔王様も逆恨みで元自軍を攻撃することはないでしょ。勇者への復讐に燃えていたみたいですしね」
「信頼の厚い言葉だこって」
「ええ、まあ、この骨に身がついていた頃には魔王様のおしめも替えたこともありますのでね」
セバスチャンはカタカタカタと骨を鳴らし、ケラケラと笑う。表情こそ見えはしないが、それが作り笑いということは割と分かりやすかった。
「――お話の途中失礼します。ご報告を持ってまいりました」
ふと何処からともなく飛んできたのは、コウモリのような生物だった。
バサバサと翼を広げ、セバスチャンの肩に止まり、ヒソヒソと耳打ちする。
はたして骨しかないのに耳打ちなんてできるのかという疑問はあるが、一先ずセバスチャンは要件が分かったのか、ハッと顔を持ち上げる。
「なんですと。それは本当ですか!?」
「おいおい、どうしたセバス。ヤバイ話なのか?」
「パエデロスの近辺に設けていた拠点の一つが冒険者の襲撃を受けて損壊。希少な資材なども略奪された、とのことです」
セバスチャンは、苦虫を噛み潰したような顔を――多分――したのだと思う。
「なんだって? あそこはゴブリンの群れをかき集めたとこだろ? アイツらを統率すんのには苦労したんだぜ。並みの冒険者じゃ歯が立たないはずだが、まさか勇者が……?」
「それは分かりませんが、厄介なことになりました」
やれやれ、と疲弊した顔をしたのは分かった。