第112話 執行、そして
「……ワタシが族長になってからもう二百年くらいだ。先代が穏健派――いや、日和見主義だったが為に、アレフヘイムの誇りは地に堕ちた。少なくともワタシはそう思っていた。だからこそ、ワタシは誇り高きアレフヘイムを取り戻そうとしたのだ」
あのぅー……顔近いです。怖いです。
「ミモザが産まれたときはそりゃあ喜んだんだがな。魔法が使えないせいで、あろうことか族長であるワタシの名まで泥を塗るハメになった。極刑の声すら挙がっていたさ。だが、ワタシの権限により追放で留めてやった」
そこは一応温情……だったのか?
「何処かの空の下で生きていればそれでよかった。それを……それを……」
なんかメッチャ拳握りしめてプルプルしてらっしゃる。
「フィー! お前さんのせいだぞっ!!」
「うぇっ!? 我のせいってなんで!? てか何が!?」
急に変な言いがかりつけられてしまったのだが。
「魔法の使えないエルフが何処の馬の骨とも分からぬ輩とつるんで贅沢な暮らしをしている。そんな噂がこのアレフヘイムにまで届いたのだ! なんでも天使だとか何とか言われて持て囃されていたそうじゃないか!」
「ぁー……ぇー……まあ、概ね……、そう、か? あ、いや、でも我は別にいかがわしいものではないぞ。贅沢とはいうが、ミモザの実力もあってのことで……」
やっぱりというべきか、何処か捻くれた解釈をされているらしい。それはここにくるまで聞いた話からも大体は察していたが。
「ま、正直ワタシは嬉しかったのだが――そういう問題じゃあない!! 折角長いことお咎めなしで済まされていたのに、族長の娘がのうのうと豪遊しているなんて話が広まったらどうなるか分からんのか!!」
「いやぁ、でも追放されたんだし、族長の娘とかそういうのもないのでは」
「ワタシが許しても、里の皆はそうではなかった。むしろだ。能なしでも里を出ればどうとでも生きていけるなどといって出ていく輩まで現れだしたのだ!」
そんなことを我に言われても困る。というか、そんだけ掟だ何だとストイックに振る舞って里の連中に圧を掛けてきたからそのツケが回ってきただけの話なのでは。
なんて素で言ったらガチにぶん殴られそうだな。
「だから譲歩に譲歩を重ね、ワタシ権限で浄血の儀式で手を打つことにしたのだ。既に準備は進められている。今頃、ミモザも儀式場に連れていかれているはずだ」
「なんだと!?」
しまった。処刑の日は既に今日。
こんなところで話し込んでいる場合じゃなかった。
「フィー、お前さんのせいで……お前さんのせいで……可愛い我が子を自ら手に掛けなければならなくなったんだ。どうしてくれる!」
そんなん我のせいとかいって押しつけるなよ……。
どう考えても頭の固いエルフの連中を御しきれなかった族長のカリスマ不足が一番の要因なんじゃないのか。そら、余所者エルフのデニアからもろくでもない集落とか言われてしまうわ。
やはりミモザの母というべきか、プディカもポンコツなのだな。似たもの親子め。
我関係ない! 我は悪くない! 断固として抗議したい! でも怖いっ!
「話というのは、これで全部なのか?」
色々と言いたいところはあるのだが、このままではミモザが処刑されてしまう。
「ああ、そうだ。お前さんにはこれだけは言っておきたかったからな。あと、お前さんの処罰についてはミモザを処した後に考えさせてもらおう」
しこたま我にいちゃもんつけたかっただけかよ。
そして、やっぱり無罪放免もないよな、そりゃ。
「尚、今回の処刑の儀式はワタシが執り行うことになっている。お前さんには特別に立ち会うことを許可してやる。ワタシ権限だ。感謝しろ」
公私混同もへったくれもないな、この人。
それだけ好き勝手にやってられるのならミモザの処刑も取り止めにしてくれたっていいだろうに。アレフヘイムの誇りがなんだっていうんだ。
思うように会話ができなかったのは想定内だったが、一先ず、処刑の儀式に立ち会うことができたのは、不幸中の幸いとも言えるのかもしれん。
果たしてそれで何がどう転ぶのかは分かったものではないのだが……。
※ ※ ※
腕を縛られ、着の身着のまま、我はミモザ母ことアレフヘイムの族長、プディカに儀式場とやらへと連行された。
そこはまさに儀式場というべきか、おどろおどろしい飾り付けのされた恐ろしく古風テイストな広いホールだった。
床には模様のようにびっしりと様々な色の塗料によって文字列が書かれており、不気味さをさらに増し増しにしてくれる。
ホールの中央には断頭台の如く、祭壇があり、そこからは既に異質なくらい気持ち悪い魔素がぶわぶわと吹き出していた。
どの位置からでも処刑の様を傍聴できるようにか、祭壇の周辺にはグルリとお偉いさんのエルフたちの席までご丁寧に用意してあった。
既に着席している面々の顔も名前も知らないが、年老いたエルフばかりがずらりと並んでいて、彼らがこの里における重鎮であることは容易に想像できた。
「次はお前さんの番だと思え」
プディカ族長から圧を掛けられる。まあ、順当に考えればミモザの次にあの祭壇にあがるのは我になるのだろう。あとは遅かれ早かれ、我についてきたミモザの従業員たちも何らかの刑に処されてしまうのか。なんと無念なことだ。
「罪人をここに」
仰々しい法衣をまとうエルフが重々しい空気を背負いながらも指示を出す。
すると、向こうの方から現れたのはミモザだった。
簡素な服を着させられ、目隠しもつけられ、首紐を繋がれて連れてこられるその姿のなんと哀れなことか。思わず我も飛び出しそうになったが、プディカ族長が我の前に手を添え、ギロリと睨みを利かせてくる。
「ミモザ! おい! ミモザ! こんな処刑など受けなくていい! お前は本当にそれでいいのか!? ミモザアァッ!!!」
構うものかと我はミモザに向かって声を荒げたが、何の反応も返ってこない。全く聞こえていないようだ。どうやら魔法か何かで音も遮断されているらしい。
「これは決定事項だ。お前さんが決めることはもう何もない」
下手に声を挙げたものだから、プディカ族長の睨みも強くなる。
強ばった表情のミモザが祭壇へ一歩、一歩と登っていく様の何と痛ましいことだ。
前のめりになるも、他のエルフたちが抑えるようにして我の行く手を阻む。
本当に、何もできないのか……?
こんな目の前にミモザがいるのに、指をくわえて見ていろと?
「――これより、罪人ミモザの浄血の儀式を執り行う」
プディカ族長が祭壇へと向かい、儀式のための杖らしきものを掲げ、指揮を執り始めた。それとともに周囲の魔素がどんどん濃くなっていく。
儀式を盛り上げるためか、祭壇のまわりに太鼓や笛を鳴らす仮装したエルフが集まり、傍聴席の連中が祭り囃子を見学するように騒いでいる。冗談じゃない!
何が罪人だ。ミモザは何も悪くないってお前がよく分かっているんじゃないのか。
お前はミモザの母親だろう。こんなの、明らかに狂っているじゃないか。
しかし、我の心の訴えも虚しく、手も足も口もエルフどもに取り押さえられてしまい、そんな声を出すことさえも適わなかった。
ダメだ、儀式が始まっている。
祭壇の上に構築された術式が膨大な魔力を形成し始めていた。
とんでもなく強力な魔法だ。今からではもう止めようがない。
儀式が完了してしまえば、ミモザは魔法に関する全てを失ってしまう。
あれだけ積み重ねてきた魔具も二度と作れなくなってしまう。
そんな、そんな呆気なく、終わってしまっていいのか……?
――刹那、背後から気配を感じた。
「うぐっ!?」
「ぐはっ!?」
我を押さえつけていたエルフどもが呻き声をあげて倒れる。何事かと思って振り返ってみると、そこにはヤスミが立っていた。
「すみません、遅れました。……お嬢、これを」
説明する間も惜しみ、ヤスミが何かを我の手の中に持たせてきた。これは、ミモザの作った魔石だ。確か捕まったときに回収されてしまったものだ。
ヤスミだけはエルフに捕まっていなかったのか。そんな呑気なことを思ってしまったが、状況は実に切羽詰まっている。
我にそれだけ渡すと、それ以上の言葉を紡がずヤスミは跳躍し、儀式の祭壇のまわりにいたエルフたちに飛びかかって攻撃する。
目にも留まらない速さだったが、ダメだ。もう儀式は始まってしまっているんだ。
ヤスミは決死の思いでミモザの処刑を止めようとしているが、そいつらをどうにかしたところで儀式は止まらない。
だが、魔石が手元に来たことで、選択肢は得られた。
我はそれを握り、詠唱を開始する。
「高速突き抜ける加速!」
次の瞬間、我の身体は疾風の如く飛び、祭壇の上――ミモザに目掛けて弾丸のように飛んだ。あまりにも一瞬だ。あまりにも紙一重だった。
我は、ミモザの身体を押し飛ばし、祭壇の上から退かす。
だが、代わりに我の身体がその祭壇の上を通過。
それと同時だった。
祭壇から迸る尋常ではない魔力が我の身体を包み込んでいった。
燃えるような痛みが、焼き付くような痛みが、頭の先から足の先までいっぺんに浸透していく。まるで全身の血液が沸騰していくかのような、凄まじい痛みだった。
我はそのとき叫んでいたのかもどうかも分からない。
ただ、祭壇の下に転がっているミモザの姿を辛うじて確認できて、安堵した。
視界が白んでいく。
聴覚が機能しなくなる。
身体中の感覚が激痛で何もかも麻痺していく。
こんな思いを、ミモザが味わなくてよかった。
それだけでも十分だと思えた。
はたして我は今、生きているのだろうか、死んでいるのだろうか。
それすらも分からない。
時間の経過も分からなくなり、白い何もない空間の中に、我の意識だけが浮遊しているという奇妙な感覚だけが延々と残る。
薄れゆく意識の中、我はハッキリと理解することができた。
我は今、全てを失っていっているのだと。
一秒が二秒に、二秒が四秒に、四秒が八秒に……と引き延ばされていく時の中、我の意識は、ゆっくりと溶け、消えた。




