第7話 我のものになれ!
「ほっへぇ~……フィーさんって凄いお屋敷に住んでるんでふねぇ。わたし、本当にお呼ばれしちゃってよかったのでしゅか?」
「よいよい、存分にくつろぐのだ」
我が家の敷居をまたぐ貴重なる客人が一人。その名はミモザ。
市場でポツンと儲かりそうにもない露店を開いていた商人娘だ。直してもズレる安物メガネをクイクイと直しながら、我が屋敷の広さに感動している様子。
こうして豪華な屋敷の中にやってくると、なんともはやみすぼらしい恰好をしていることが浮き彫りになってきてしまう。まあ、ミモザも相当貧乏な生活を送ってきたのだろうからそれも仕方のないことだ。
使用人たちの様子はといえば、突然の貧乏くさい珍客にとまどいを見せているのかと思いきや、どちらかといえばミモザに対してウェルカムな態度を示している。
我には読心術の心得など微塵もないが、「いつもひとりぼっちのお嬢様が同じ年くらいのご友人をお連れになった。やはり日頃寂しいと思っていたのだろう」みたいなことを思っているに違いない。絶対そんな目をしている。
だってハンカチ片手に涙流してるメイドとかもいるもん。
「フィー様、湯浴みの手配が整いました」
「うむ、では行くぞミモザ」
「はえ? なんでしゅか?」
まだミモザは自分の状況をよく分かっていないのか、使用人たちに半ば連行されるかのように誘導され、我と共に連れていかれることとなった。
※ ※ ※
霧の如く湯気の立ちこめる大理石の浴場。専用の使用人たちに囲まれ、一糸まとわぬ我とミモザは温かい湯にその身を沈めていた。
ここまで身の回りを世話してもらった経験がないのか、ミモザは事あるごとに「ひゃいっ?」とか「はひっ!」とか奇声をあげて戸惑いまくっていたが、ようやく落ち着いてきたのか、ポーっとした表情で顔を赤らめている。
「ごくらくれしゅぅ~……」
「そうか、それはよかった。精一杯のおもてなしをした甲斐がある」
「あのぉ~、フィーさんはどうしてわたしに優しくしてくれるんでしゅか? わたし、お金とかないんでしゅが……」
「なぁに、信頼を築きたかったまでよ。我はミモザの腕を買っておるのだからな」
きょとんとした顔をする。やはりあまり分かっていないようだ。そりゃあまあ、あんな市場の片隅で売れない魔具を格安で並べていただけのことはある。
だが、我は見抜いたぞ。ミモザの才能というモノを。
あの一見するとガラクタにしか見えない歪な魔具の数々は、確かに見栄えこそ不出来ではあったが、いずれも精巧に作られており、あんな格安で売られていいものなんかではなかった。それをミモザが作ったというのだから驚きだ。
形だけの調度品など所詮は飾りにしか過ぎないが、魔力を通わせた魔具を作るには相当な技術、技量が必要になる。我が魔王軍でも高度な魔具を作れたものは片手で数えられるくらいしかいなかった。
よもや、しかもこの若さであの魔具を作れるなど希少価値もいいところだ。
こんな辺境の街パエデロスの片隅で放っておくなどできるはずがあるまい。
ちゃんとした作業場、もっと質の良い材料を与えれば確実に化ける!
「我はミモザが欲しい」
ざばぁ、と湯船から立ち上がり、我は力強くミモザの肩を抱く。
「わひゃっ?! ふぃ、フィーさん……? みゃ、まる見え――」
「ミモザよ、我のものになれ! さすれば世界の半分もくれてやろう!」
「え? あ、いや、その……」
「我にはミモザが必要なのだ!」
魔力を失った我には勇者を打ち倒すどころか、そもそも自分を守る術すら心許ない状態にある。そう、根本的に力がないのだ。
もし、ミモザの技術を手元に置けるのならこれほど心強いものはない。
「しょ……しょんなこと、急にいわれても……わたしの力なんて、そんな」
「謙遜するな。ミモザの魔具は、あんなはした金で捌けるものじゃない。この我の目は節穴ではないぞ。もっと自信を持て!」
「こ、こ、ここまで褒められたの、わらひ、初めてれしゅ……」
目と鼻の先のミモザの顔がカァーっと赤らんで、俯く。そのまま力なく湯船に沈み、ぶくぶくと口元から泡が立った。
「まあよい、よぉくじっくりと考えておくがよい。我は諦めるつもりはないがな。ふははははははははははっ!!!!」
※ ※ ※
「うみゅぅ~……こんなお召し物までぇ……」
まさしく馬子にも衣装と言ったところか。湯上がりに我のドレスを着せてみたが、これがなかなか似合うではないか。
ススや油にまみれたドロドロの髪もすっかりキレイになって、太陽に照らされる麦の如く黄金色に輝いて見えるほど。
つい先ほどまで市場の片隅にちょこんと座り込んでいた貧乏くさい少女の面影など何処にもない。
「あの、あの、わたし、お金もないし、なんもおかえしできないのれしゅが……」
「気にするな。ミモザには金銭の見返りなど求めぬ。今日のところは客人として黙って歓迎されていろ。これは我が勝手にやっていることに過ぎん」
とはいうものの、ミモザもそれで「そうですね」と返事できないようで、おどおどあわあわと挙動不審になっている。
「ふええぇ~……」
折角ここまでキレイに仕立て上げたというのに、そのかわいい顔が台無しではないか。
「フィー様、お食事の用意が整いました」
「うむ」
合図一つで執事とメイドが整列し、小動物のように震えるミモザを食堂へと案内していく。
白いクロスの掛けられたテーブルの上に、料理が並べられ、席についたミモザも目をパチクリさせていた。
「嫌いなものはあるか? 食べられないものがあるなら気軽に言え」
「いえ、そんな滅相もないです!」
ミモザのテンパった様子は容易に窺えた。やはりまともな食事にありついたこともそう多くはないのだろう。
「遠慮はいらん。作法も気にせんでもよい。好きに食え」
「ぅー……、はい」
空腹には抗えなかったのか、それともプレッシャーに押し負けたのか、目の前のカゴに入っていた手頃なパンを掴み、ミモザは両手で恐る恐る齧りついた。
ムシャムシャムシャと、ゆっくり、そしてしっかりと咀嚼しながら食べていく様はやはり小動物のようだ。なんと美味そうに食う。
「おいひいれふ……」
ぽろぽろとパンくずをこぼしながらもミモザは掠れそうな声で言う。
バターもジャムもついていないパンを食べて、そんな涙を流すほど喜んでいる奴は我も初めてだ。
「ありがとうごじゃいます、フィーさん……、わたし、本当に嬉しいです」
袖で涙を拭い、鼻水をずびずびしたミモザが我の方に向き直る。
「どうしてわたしみたいな半人前にここまで優しくしてくれるか分かりましぇん。だけど、このご恩は絶対に返したいです!」
キリっとした眼で我をしっかりと見つめる。
「でも、あの、その……フィーさんのものになるとか、ちょっと……なので、その、お願いしてもいいでしゅか?」
「うむ、なんだ。何を要求する? どんなことでも受け入れよう」
「お友達からでもいいですか?」
もじもじテレテレした赤面で、舌っ足らずの小娘は確かにハッキリとそういった。オトモダチ……とな? 随分と譲歩した言い回しだな。
「フン、その要求はちと呑めぬかもな」
「しょ、しょんなぁ……今どんなことでもって……」
「何故なら我はとうにミモザとは友人のつもりなのだからな」
「ほえ? もうお友達なのれしゅか?」
「ならばあえて我から頼もうか。我と親友にはなってくれぬか?」
徐に我はミモザに向け、手を差し伸べる。
「あ……は、はいっ!」
そして、ミモザは差し伸べた手を握り返した。