第78話 面会謝絶
朝を迎え、気怠くベッドから上半身を起こす。
すると、そこには想定していたよりも数多くの使用人たちがズラリと部屋の中を圧迫する勢いで並び、みな、揃って我の様子をうかがっていた。
「「「フィーお嬢様、おはようございます!!!!」」」
寝起きであまりのことにギョっとしてしまったが、よくよく考えても見なくとも、屋敷の主である我が突然長いこと理由も告げずに不在となり、帰ってきたと思ったらぐったりのグロッキー。ここで心配しない使用人がいるものか。
軽率だった。それはもう何度も反芻してきたことだが、本当に今回のことは無茶がすぎたと言わざるを得ない。
メイドも執事も右往左往して、なんともはや慌ただしい状況ではあったが、これも自分で撒いた種だ。内心では猛省するばかり。
「フィーお嬢様、お身体の調子はいかがでございましょう」
執事の一人がこの上なく優しい囁きのような声で訊ねる。
「ああ、まだ少し、怠いな。もう少しだけ休みたい」
「畏まりました」
統率の取れた動きで、使用人たちは室内を静かにテキパキと移動する。パエデロスで最高クラスの看病体制か。
これではまるで不治の病を患い余命僅かな大病人並みの看護だな。
怠いのは本当だ。寝過ぎたことを加味しても、まだ手足が鉛のように重く、茨で縛られているかのような痛みも奥からズキズキと響いてくる。
それでもこれは大げさすぎることには変わりない。
ここまで手厚く看てもらえるのも偏に我の人徳、カリスマ性か、はたまたくすむことのない圧倒的美貌によるものか。
このパエデロスではすっかりと人気者になってしまっていることに悪い気は毛頭しないわけだが、昨日のオークション会場での出来事を鑑みると、やはり不必要に目立ちすぎているんじゃないかと薄々気付いてきた。
あんなに大騒ぎしたのも、実のところ、かなり久しぶりなのでは。
魔王として君臨していた頃、人間どもの街を、国を襲撃するための指揮をとっていたあの時以来か。もうかなり大昔のことのように思えてくる。
ハッ、実に皮肉な話ではないか?
かつて人間どもを恐怖に陥れた元魔王が、この有様だぞ。
人間どもに丁重に看護されるとは、なんといいご身分だこと。
やだ、人間たち優しすぎる、涙が出ちゃう!
「フィーちゃん、大丈夫ですか?」
「うのわっ!?」
上の空の我の部屋にドタドタと慌ただしく飛び込んできたのは、どういうわけか血相を変えた女僧侶のマルペルだった。何しに来たんだ、コイツは。
「食欲はありますか? 気分は悪くないですか? 寒かったり、熱かったり、ああ、後、水分は摂りましたか?」
まだこの状況も分かっていないのにお節介ラッシュが繰り出される。
勘弁してくれ。どうしてマルペルが出てくるんだ。
「落ち着け。というか、なんでお前が」
「フィーちゃんが倒れたと聞きましたので、使用人の皆さんにも頼まれてしまって、もう慌てて駆けつけました」
それははたして答えになっていたのだろうか。こういうときに呼ぶのは医者だったような気もするのだが、パエデロスにはまともな医者もいなかったのだろうか。
むしろ、逆か。治癒の力を持っている上位の僧侶となったらマルペルより上は存在しない。医者より優先される人材。我の使用人たちは適切な判断をしたに過ぎない。
やれやれ、本当に大げさなことだ。
「使用人さんたちはフィーちゃんが急にいなくなって、急に街の真ん中で倒れたって言いますし、一体何があったのですか?」
そう早口にまくし立てられたのでは答える隙もないではないか。確かに説明したいところは色々とあるのだが……。
「ぁー……話しづらい内容だ。人を払わねばな」
「……? そうですか。分かりました」
キョトンとした顔を浮かべたが、特に勘ぐるわけでもなく、マルペルは我の言葉を汲んでくれたらしい。
「すみません、少しお話しますので皆さんには席を外してもらえませんか?」
そのマルペルの一言で、使用人たちは優しく頭を下げ、次々と部屋から出て行った。何とも聞き分けの良い使用人たちだろう。
「これで話してもらえますか?」
「そうだな、まず何処から話したものか――」
※ ※ ※
「シゲルさんにお会いしたのですか……」
そこそこ長い話をし終えて、どのような感想が出てくるものかと思えば、開口一番にマルペルから出てきた言葉はソレだった。
我が屋敷の財政難を危惧して旧時代の文明から古の財宝を持ち帰った話にはさほど関心を持ってくれなかった様子だ。
猛毒ナメクジの巣に足を踏み入れた下りは渾身のスペクタクルだったのだがな。
一応、マルペルとシゲルは勇者ロータスの仲間として、我と敵対した関係にある。全くの赤の他人ということは絶対にないはずだ。
かといって、仲良しこよしでもなかったようで、マルペルの顔は曇っている。
神妙な面持ちで深く溜め息をつき、一言。
「フィーちゃん……アレに何かされませんでしたか?」
ズイっとかなり真剣な眼差しで真っ直ぐこちらを見据えている。
アレって、シゲルのことを言っているんだよな?
マルペルにしては珍しく、敵意の強い語調だ。
「お尻とか触られませんでしたか? お胸は? ひょっとして下着に手を入れられたりしませんでしたか? あと、き、キスを迫られたりとか……っ!」
「あ、いや、別に……」
グイグイグイグイとマルペルの怖い顔が接近してくる。あの男、キモいチャラ男だとは思っていたが、女にとっては想像以上に悍ましい敵だったようだ。
マルペルの口にしたことも、実際にやられたことなのかもしれないと思うと、僅かに信頼していたシゲルに対する感情もいっそ冷めてきた。
よく我は無事だったな。絡まれてはいたが、そこまで分かりやすい被害はなかったような気がする。壁ドンされて、魔石盗まれたのはあったけど。
「あ、あとこのことはダリアさんには、ダリアさんだけには絶対に明かさないでくださいね。きっと穏便なことにはなりませんから」
何をしたんだ、シゲル。何をされたんだ、ダリア。
よもや下着に手を突っ込まれる以上のことをしでかしたのか。
「アレがパエデロスの近くまで来ていると知ったら、ダリアさんも正気を保てるかどうか……」
うっかりしたらパエデロスが火の海に沈みそうな言い回しだな。
「ふぅー……、まあフィーちゃんが無事で何よりです。目立った怪我もしていませんし、病気でもないようですし。ただの過労みたいですね」
マルペルが肩から全てを降ろす勢いで深い溜め息をつく。
ついでのように言い渡された結論にも、脱力を覚えたのかもしれない。
「まあ、過労だろうな。ぶっ倒れた我が言うのもなんだが、少し大げさすぎるぞ。マルペルの方からも言ってくれないか。どうもなかったと」
「いいえ、そうはいきません。フィーちゃん、また一人でどっか行っちゃって知らないところで無茶してるんですから。しかもよりにもよってあの――シゲルさんと出会ってしまうなんて、これは大問題です」
なんか今、マルペルの口から出てはいけないような汚い暴言が出そうになったような気がするんだが。本当アイツ普段から鼻つまみ者なのな。
「屋敷の皆さんには面会謝絶と言っておきますから。勝手におでかけしないようちゃあんと見守っていてもらいます」
「おいおい、それではミモザに会いにいけないではないか。それくらいなら別にいいだろう?」
「ミモザちゃんには私の方から言っておきますよ。今日のところは安静にしてください」
それだけピシャリと言うとマルペルは去っていった。




