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【勇者組】フィーの屋敷

※勇者サイド

 夜のとばりも下りて久しく、街の中心に集中した酒場の明かりくらいしか目に付くものもない、辺境の街パエデロス。


 ひとたび街の中心を逸れれば、そこは閑散とした暗がりへと手のひらを返す。

 昼間こそ様々な目的を持った人々でごった返しているこの街も、所詮は都会には劣ると言うことが明瞭に感じとれる。


 そんなパエデロスの町外れにある教会に、ほんのり、ぼんやりとした光が灯っていた。よもやこんな夜更け、ましてや町外れの教会を訪れようとする酔狂もそうは多くなく、人知れず誰かを待っているかのようだった。


 とはいうものの、それは実のところ語弊で、この街の住民の大半はその明かりの正体をよく存じ上げている。


「ロータス、開けて。私よ。ダリアよ」

 教会の裏方にある小さな扉をコンコンとノックする、長く黒いローブを身に纏うダリアと名乗る女が一人。ややもすれば夜の闇に紛れてしまいそうな色合いだ。


「ああ、今開けるよ」

 扉に付いている小窓を覗き、顔を見せたのはロータスと呼ばれた男。このパエデロスの街では知らないものはいないであろう勇者の称号を正式に持つ男だ。


 カコンと何か外す音を立て、ついでにキィィと軋む音も添えて、扉が開かれた。


 何を隠そう、この教会はかつて魔王の討伐に成功した勇者のご一行が教会側のご厚意により拠点としていた。今日も今日とて、交代で夜の見回りをし、これこのように巡回中を示すサインが如く、明かりを灯していたというわけだ。


「ふぅー……さすがに夜も冷え込んできたわね」

「マルペルが温かいお茶を淹れている。よぉく暖まってから報告をもらうよ」

「そうさせてもらうわ」


 ※ ※ ※


 ゴウゴウと薪の燃える暖炉の前に長テーブルが置かれ、多少なり距離を詰めたポジションでティーカップを片手に男女三人が席に着いていた。

 おおよそ代わり映えのない今夜分の巡回してきた報告を添えて、各々が一息ついた辺りの頃合いだ。


「そういえばダリアは例のお屋敷に行ったんだっけ。どうだった?」

 まだ湯気の立ち上るティーカップを口元に運びつつ、ロータスが訊ねる。


「そうね、白かもしれないし、黒かもしれない」

 どうともいえない、と言った様子でダリアが返す。

 さすがにその返答では何のことか意味を掴みかねたロータスは首を傾げる。


「あの子の家だったわ。こないだアンタが酒場でビビらせた子。ついでに、道ばたで助けてあげちゃったりした子よ」

 そこまで聞いて、なるほどと理解する。


「ふぅん。じゃああの子がフィーなのか。家族で移り住んできた感じなのかい?」

「いんや、あの子一人だったわ」

「えっ? どういうことですか? あの大きなお屋敷に一人暮らしなのですか?」

 その言葉がよっぽどだったのか、二人の話を横から遮るかのように、若き女僧侶のマルペルが思わずズイッと割り込む。


「ご両親はいないって意味よ。使用人なら沢山いたわ」

 と訂正を加える。

 ホッとしたかどうかはさておいて、マルペルは勢いをほんの少しすくめた。


「で、黒かも、っていうのは?」

「あれはねー……世間知らずっていうのかなぁ。お金の使い方分かってない子供が好き勝手にやっちゃったなぁー、ってそんな感じ。アンタの悪い予想は外れてるけど、かといって良かった良かった、じゃないことは確かね」


「んー、情報が足らないな。何処の子か特定できないのか? あれだけの財力を持ってる名家の子なら分かりそうなものだけど」

「まぁー、無理でしょ。書類上でもフィーとしか書いてないんだし。どっかの家出娘が実家から高い宝石をくすねて一人旅って感じ?」

「い、家出!? そんな、危険すぎます! うら若き乙女が……あんな純粋無垢なお嬢さんがこのような治安の不安定な街で一人だなんて!」

 二度目のマルペルの割り込みは声が裏返るほどグイグイ前のめりに来た。

 まあまあ、と抑えるようにロータスはマルペルに向けて手を添えた。


 今、この場に集まっている三人の話題の中心となっているのは、フィーの屋敷についてだ。


 辺境の地パエデロスの周辺地域では、最近になって多くのダンジョンが発見されてきており、現在冒険者たちの間でホットスポットとなっていた。


 そのため、冒険者だけに留まらず、お宝目当ての盗賊や、利益のおこぼれを頂戴しようとしている商人、はたまた流行りに便乗した貴族たちが集まってきている状態にあった。


 とはいえ、都合よく利益を得られるものなど一握り。一時の好奇心でやってきても直ぐに飽きてしまうなんてことも当然にある。


 新しい移民が訪れたり、あるいはこの地を離れたり。

 ある者は成功を収め富を得たり、ある者は商売に失敗して職を失ったり。

 ここではそれが日常茶飯事になりつつあった。


 そんなイタチごっこを続けていたパエデロスの一等地に、突如として大きな屋敷が建てられた。それがフィーの屋敷だった。


 別段、屋敷の一つや二つ、建って潰れてくらいなら驚くことはないのだが、どうにもパエデロスの移民や失業者をかき集めるほどの財力を持っているらしく、それこそその近辺では噂になるほどだ。


 何分勇者たちご一行は、不特定多数の人々が行き交うこのパエデロスの治安維持のために活動している手前、それを簡単には無視することもできなかった。


 ある日突然現れたフィーと名乗る金持ちが、このパエデロスを拠点に何かよからぬことを企んでいるのでは。そう勘ぐっても仕方がなかった。


「一刻も早く、ご両親を見つけだして実家に帰してあげるべきだと思います」

 声を張り上げながらもマルペルが言う。


「無理だと思うわ。もっとこうしっかりとルールの組み敷かれた都会とは違うのよ。素性の知れない連中がうろうろできちゃう、そんな街なの」

「名のある貴族ならそれを証明するものがありそうだけど……まあダリアの言う通りあの子、フィーが自分の意志で家出してるなら仮にそんなものがあったとしてもシラを切れる。法治国家ならいざ知らず、ここにはここのルールがあるんだしね」

 むむむ、と言葉が出なくなったマルペルはただただ俯く。


「ごめんマルペル。俺もキミの意見には賛同するよ。だけど、俺たちの仕事はあくまでこの街の治安維持。この話はフィーが何処の家の子かを議論するわけじゃない。フィーが何者で、この街の秩序を乱さないかどうかを判断するだけなんだ」


「んで、ロータスはどう見る? あの子について」

「うぅん、まだ様子見、かな。俺たちはフィーのことをまだよく知らない。確かに変な噂話が飛び交っているけれど、今分かる範囲ではとんでもなくお金持ちのご令嬢さん、ってことだけ」

 ふぅ、と息をつき、ロータスは何回目かのティーカップに口を付ける。もうとっくに湯気もなく、中には冷たく苦いソレしか入っていなかった。


「ねぇマルペル。そんな悲しそうな顔しないの。別に私らはあの子を見捨てようって言ってるんじゃないんだから。確かにフィーは子供だけど、ちゃあんと自分の家を持って、使用人もいっぱい雇って生活しているんだから心配しすぎは逆に失礼よ」

「そう……ですよね」

 手元の空っぽのティーカップを眺めながら、マルペルは力なく返答する。


「何かあるようだったら俺も直接様子を伺うさ」

 最後の一滴を喉に流し込み、フゥと息をついた。


 それを最後に、報告会は誰が何を言うわけでもなく、自然と閉会となった。


 暖炉の明かりに照らされる薄闇の部屋は、静寂に包まれるばかり。パエデロスの夜はますます更けていき、教会の外には何ともはや冷たい風が吹いていた。

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