決別宣言《さよなら》
「り、リアナお嬢様!? お父様のバルバトス様は全て許すと仰っているのですよ! 待遇もAランクでティナ様と並ぶエルロン・ガーデンの看板として頑張ってもらおうと、用意しております」
「でも私、こっちだとSランクなんだよ。それに、みんな優しいんだ。私のことを誰も無能者とか落ちこぼれとか呼ばないし。いつも笑って誤魔化していたけど、結構辛かったんだよね。誰にも必要にされないって。だから、せっかく何か用意してもらって悪いけど、私には必要ないよ」
今でも私はヘラヘラしている癖が残ってる。
エルロン・ガーデンに居たときは、そうでもしなきゃやって行けなかったから。
あそこに居たときは妹のティナ以外はみんな父の味方で私は落ちこぼれとして扱われていた。
もう昔過ぎて誰だったか忘れたけど、「辛いときこそ笑って生きろ、そうすればその瞬間だけは気持ちが軽くなる」って教えてくれて――私は笑うことの便利さを知る。
でも、だからこそ――本気で笑えるようになったエルトナ王国での生活は捨てられない。
今さら、迎えに来られても遅いよ――。
「そ、それは困ります!」
「へっ?」
「ほーう。何が困るんだい? パワースポットで有名なエルロン・ガーデンさんが」
「エルヴィン……?」
ポールの「困る」という言葉に反応したのはエルヴィンだった。
あれ? なんでエルヴィンはエルロン・ガーデンがパワースポットとして有名なことを知ってるんだろう……。
「うっ、そ、それは――」
「お前、今も心の中でリアナのこと見下してるだろ? だから、弱みを見せるのを躊躇うんだ。神眼を使わなくても透けて見えるぞ、その浅い考えが」
「そ、そんなことはありません! 別に私に弱みなど……」
「本当にそうか?」
厳しい口調で責め立てるようにエルヴィンはポールを追求した。
ポールは額からダラダラ汗をかいて動揺してるアピールをする。
声も震えてるし、何か本当に弱みがあるみたいに見えるなぁ。
「頼りのパワースポットが無くなって、ギルドで抱えている魔法士たちの魔力が質も量も軒並み落ち込んだんだろ? で、そのタイミングで魔法士たちのギルドランクを上げちまったものだから、依頼は未達成続きで例の不正疑惑が持ち上がっちまった」
「……な、何故それを!?」
「簡単なことだ。俺が一番、リアナの力を知ってる! 魔力を与えて強化できるリアナの特性を見抜いて王立ギルドに誘ったのは俺なんだからな。エルロン・ガーデンの記事を見て大体察しがついた」
あー、そういうことだったのか。私が居なくなってパワースポットじゃなくなったエルロン・ガーデンってそんなことになってたんだ。
私には魔法士の力を上げる能力があるっていうのはマナプラウスとか使えるようになって理解したけど、まさかそんな大事になってたとは。
「にも拘らず、お前はその事実を隠し……上から目線でリアナに許してやるから帰ってこいだとぉ? ナメてるって言うんだぞ。そういう態度は」
「ぬ、ぬぐぅ……。り、リアナお嬢様……、我らがエルロン・ガーデンに戻って魔力を分けて下さい。依頼達成のリワードに加えて、固定給として近くの食堂の食券を毎月五万ラルド相当お渡ししますゆえ――」
「しょ、食券? いや、だから私は戻らないよ? この前、固定給で王宮から100万ラルドも貰ったし」
「どこのギルドが固定給、食券なんだよっ! って前にリアナにツッコミを入れたが、マジであったんだな……」
食券ってギルド員みんなに配ってるやつじゃん。
私にはそれを固定給って言い方で釣ろうと思ってるって、本当にエルヴィンの言うとおりバカにしてるのかな。食べ物で釣られる女だって。
なんか、恥ずかしくなってきたよ。実家のことエルヴィンに聞かれるのが。
「ひゃ、百万ラルドも……。わ、分かりました。多少の現金は渡せられるように私もバルバトス様を説得します。しかし、お嬢様。お金とかそういった話は良いじゃありませんか。家族なのですから。実の父親が困っている。それならば助けたいと思うのが自然でしょう? 家族の絆とはお金よりも尊いモノです」
「家族かー。――ねぇ、ポールってさ。お父さんは私のことを家族だと思ってくれてたのかな?」
家族の絆という素敵な言葉。悲しいけど私は父とそれを感じたことがない。
父の言動、態度、私を見る目つき……どれを取っても感じられるのは憎悪だけだった。
「もちろん、リアナお嬢様が使える人材となった今は家族だと間違いなく思っているでしょう」
「今は、か……」
そんなことは分かっていた。
ポールから見ても、結局……私と父は親子ではなかったのだ。
お金で父親を見捨てようとする私は薄情なのかもしれない。
でも、どう頑張っても、父に対する情を厚くすることは出来ないんだ。
「話は終わったか? リアナはこのとおり戻らねぇ。お前はさっさと出ていって間抜けでセコい親父に娘は独立したって伝えな」
「バルバトス様を愚弄するな――。――っ!? ひぃっ……!!」
「ギルドマスターに敬意を持つのは感心だが、リアナをこれ以上バカにするな。……これでも、オレは我慢してる方なんだぞ」
いつの間にかエルヴィンは音も無くポールの背後に回り込んで、喉元にナイフを突きつける。
ポールは半泣きになって、息を荒く鼻水を垂らしていた。
エルヴィンの言うように私はもう父の顔は見たくない。私はあの日、父に捨てられたから。
心の狭い私は、父と……バルバトス・エルロンの顔を見てまともに生活できる自信がないんだよ。
「ごめんね。ポール、父さんにこれだけ伝えてもらえるかな? “さよなら”って――」
私は父に四文字だけ言葉を残した。
もう私はバルバトス・エルロンの娘じゃない。一人のリアナ・アル・エルロンとして、生きていくから。
私の決別宣言にはそんな意味が込められていた。
ここから、エルロン・ガーデンの没落が始まります。
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