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怪我してしまい、病院へと

 その瞳の色は不思議な色を湛えていた。そんな眼で田中先生を見た瞬間、教授は一瞬微笑んだ。時間にして数秒だっただろう…注目していた自分以外、その短い時間のアイコンタクトを察した人間は居ないハズだった。


 かねてから美樹子には密かに病院内でお気に入りの場所が有った。そこは以前、ナースの控え室だが、手狭になったので控え室は引っ越してそのまま空間として残っている場所だった。自分用の部屋の電話をこっそり転送にしてそこで考え事をするには最適な空間だと思っていた。何故か置き忘れた通称ナースセット(外科縫合用の物が一式乗っているキャスター付きの台)と椅子が二つあるだけの場所だった。隣は医局になっている。もしかしたら、看護師控え室と医局が近すぎたので引っ越したのかもしれないな…と思っていた。


 定時で上がり、自宅マンションに着いた。食事は…と思って冷蔵庫を開けてもミネラル・ウオーターしか入っていなかった。キッチンのテーブルの上には、特診患者からのおすそ分けの贈答用の見事なリンゴとメロンがあった。

「仕方ない。リンゴを夕食にするか…」

 独り言を呟く。百貨店で売っているお惣菜も飽きてしまった。自分の不器用さを良く知っているので、自炊はしない、いや出来ない。

 ゾーリンゲンの果物ナイフでリンゴの皮を剥く。なるべく薄く切ろうと努力するが、リンゴは努力に報いてくれなかった。苦心惨憺の末、贈答用の見事なリンゴはナゼか瓢箪のような白い果実に成り果てていた。

 キッチンの台所の三角コーナーに捨てられているリンゴの皮を悲しげに見た瞬間、左手首に違和感が走った。フト見ると、親指の付け根に包丁が食い込み、出血していた。それもドクドクといった感じに。

 怪我の治療法は頭の中にインプットされている。まずは患部を心臓より上に上げる。そうすれば出血は治まる。その後消毒してから薬を塗布しガーゼで患部を覆い、傷用のテープを強く巻けばそれで大丈夫だ。

「やっちゃった…っと。薬箱は…どこに仕舞ってあったっけ?」

 怪我をした手を心臓よりも上にしながら、キッチンとリビングを探す。引越しは母に手伝ってもらい、自分と違って整理整頓能力のある母親が色々なものを分けて置いていったことは知っている。キッチンにはなかった。リビングの整理ダンスを探っているとやっと応急手当セットが入っている箱を見つけた。

 時々、包丁を使っていて手を切ってはその都度移動している箱だった。

 中身を見て失望の溜め息を漏らしてしまう。中には体温計と頭痛薬、バンドエイドの空の箱と正露丸、虫除けスプレーと虫刺され用のムヒ。それだけしか入っていなかった。そういえば以前怪我をした時にバンドエイドは使い切ってしまったっけ…と思い出す。

 職場の備品を持って帰って使う同僚もいたが美樹子は何となくそうしたくなかった。

 左手を上に上げたまま、どうしようか…と思う。救急車を呼ぶほどの傷でないことは分かっている。

 あ、あの部屋のナースセットを使ってみたらどうだろう?

 天啓のように閃いた。

 幸いまだ部屋着には着替えていない。左手を不自然に上げてマンションを出た。鍵をかけることはすっかり忘れていた。といっても、マンションの住人以外は玄関でシャットアウトされる仕組みにはなっていたが…。

 大学病院は美樹子が勤務する病棟こそ、当直医も当直看護師も少ないが、他の科では結構人の出入りがある。職員用のIDカードを門衛さんに見せると快く通してくれた。

 完全な私用ということもあって、こっそりと医局の隣の部屋に入った。医局にはたまたま誰も居なかった。普通当直の医師が居るのだが、患者さんに急な発作でも起こったのかも…。

 そう思って、自分の怪我の手当てをする。たかが包丁で切った傷だ。消毒用のイソジンを塗って、患部にガーゼを当てればそれで終わりだ。が、消毒用のイソジンのフタを開けるのに手間取った。利き手は右手なのに上手く行かない。両手が使えれば…と思ったが、多分、新人のナースですら片手でも治療は五分とかからないだろう。仕方がないので、口を使ってフタを開けた。すると、手が滑り消毒薬を床に落としてしまう。フタは開いていたので、床が茶色く染まった。

 これ…どうしよう。そもそも、私の怪我の消毒は?と途方に暮れていると、隣の医局に慌しく誰か入って来た気配がした。

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