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特徴のある香りが二人から

 昨夜、何かの用事で泊ったのかしら?と思った。教授室には大人1人くらいなら眠ることが出来るソファがある。それにしては、ワイシャツもきちんとプレスされているし、ちらっと見たソファには毛布もない…しかもこの清潔で微かな香り…。覚えがあるのに思い出せないこういう記憶が一番苛立ちを感じる。

 報告事項を申し上げると、何時ものように的確な指示が返ってくる。

 けれども、と思った。声が掠れている。お風邪かしら?それにしてはどことなく吹っ切れたような明るい声なのだけれども。

 普段の教授は、仄かな柑橘系の香りしかしない。それなのに何故、今朝は違うのかしら?

 しかも田中先生まで同じ香りを纏っているとは…?

 疑問は尽きなかったが、流石に聞けない。というより聞いてはいけないような気がした。


 田中先生が第一助手を務めた手術では一悶着あったという。医局でも噂になっていたが、香川教授にとっては良い結果になるだろうと思った。

 その晩、宿直の必要がなかったので自宅に帰り、浴槽にお湯を張りながらお気に入りのラベンダーのバスソルトを浴槽に入れている時にアッと思った。

 あの香りは岩松お気に入り、Rホテルのバスソルトのものだと。彼は六本木ヒルズ近くにあるRホテルを最近は気に入っている。関西にも確か有ったハズ…。でも京都にはないことは知っていた。

 抑えきれない好奇心に駆られ、すぐにパソコンが置いてある書斎に行った。「自動お湯張り」機能ではなく、蛇口から熱湯が出るタイプの浴室機能しか付いていないことも忘れて。

 検索は一瞬だった。JR大阪駅の近くに有った。しかし、どうして京都に住んでいる香川教授が大阪に泊るのかが不可解だった。他に可能性としてはホテルのブランドとして百貨店に売っているものをたまたま気に入った…ということだろうか、とも思う。検索するとH百貨店で販売しているらしい。

 しかしそれだと、同じ服装で出勤という謎は深まるばかりだけれども…。朝一の手術が終り、昼頃に香川教授とお会いした時はネクタイの柄は変わっていた。これは教授室にでも予備が置いてあるのだろうと思う。

 惜しいことに田中先生の服装の方は前日どんな格好をしていたのか思い出せなかった。

 お湯が大量に溢れた浴槽を見て溜め息をついた。これがホテルなら下の階の客からクレームが出るところだ…。水はけの良いマンションで良かったなと自戒した。

 翌日、香川教授の側に行っても例の香りはしなかった。ツイツイ好奇心に負けて田中先生の側に行っても同じだった。教授が百貨店で気に入って購入したのなら、今日も使っているハズだ。やはりおかしいな…と思った。

 それから一週間も経たないうちに、また香川教授から同じ香りが漂っているのに気付いた。その時、流石にネクタイは前日とは異なっていたが…。もしかして、と思い田中先生の近くに寄ってみるとまさかと言うべきか、やはりと言うべきか同じ匂いがする。

 あの日からそれとなく田中先生の側で観察(?)をしていたが、香川教授と同じく、Rホテルのバスソルトの香り――オレンジをメインにした少しスパイシーな感じ――が仄かに香っていたことはなかった。

 同じホテルに同じ日に偶然に泊る?それも二回も?

 それは有り得ない話だ。さり気無くナースに確かめたところ、田中先生も京都に住んでいるという話だった。 

 田中先生は――ルックスからも容易に想像出来たが――ナースの人気は高いが、付き合っている人は居ないとそのナースは言っていた。どの病院でもナースの情報網は侮れない。

 京都に職場が有り、京都に家が有る人間がどうして学会でもないのに大阪に行くのだろうか?

 まさかの可能性――それは二人が一緒に泊っていることだった。

 香川教授の周囲に女性の影はない…と思う。アメリカでも日本でもそういう噂は聞いたことがなかった。本人はあまりプライベートなことは話さない人だが、身近に居ると何となく分かる。

「心に決めた人が居る」と以前聞いたことがあったが、京都に来てからも教授が嬉しそうにしていた時は、無かった…と思ってギョッとした。一回目にRホテルのバスソルトの香りを纏っていた時、そこはかとなく幸せそうだった…。

 自分は他人の恋愛について、偏見を持つタイプではない。恋愛というよりも世間一般のことと言うべきか…。 

 自分が誇れるのは仕事だけだと思っていた。

 しかし香川教授は内科医としての自分を高く評価してくれた。LAでは誰でも教授に付いて行きそうだったのに自分を仕事面で評価してくれて、日本に連れて来て貰った。

 その上ありのままの自分も受け入れてくれた。手技も素晴らしいし、尊敬する人物だった。ある意味では婚約者の岩松よりも気になる存在だった。


 だから教授には幸せになって欲しいと願っている。 


 所詮、教授と自分とでは住む世界が違う。というか才能が違う。田中先生は…教授と同じ気骨の有る人かも知れないと、そう思った。第一助手の座もつつがなく務めていて、香川教授も手術室の重圧が軽くなったようだった。

 やっと取れた休暇、岩松の待つ東京に帰り赤坂にあるRホテルに連れて行ってもらった。浴室にはオレンジ色のバスソルトが置いてあった。香りをかいでみて確信した。ついでにアメニティグッツも一通り観察した。乳液・マウスウオッシュどれもがスタイリッシュな青いフタが綺麗だった。部屋も木目調の素敵な部屋だった。

 田中先生のことも注意深く観察するようになっていった。それまでは、医師の中の1人としてしか見ていなかったのだけれども。

 ある日の午後、田中先生の側を通りかかった時に東京のRホテルで手に取った乳液の香りが仄かにしていた。朝ではなくて定時上がりの人間だと帰る時間に覚えの有る香りを感じて不思議に思った。そして、通りかかった教授がふと顔を上げ、意味ありげな光を瞳に宿したのを見てしまった。

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