10時30分
人間は欲望によって発展し続けている。
獣から身を守る頑丈な住処、長寿が保証される医療制度、食料に関しては毎日途方もない量の廃棄物が出ている。
正直、安全に一生を過ごしたいのであれば、今の暮らしで充分だろう。
そのはずなのに、科学技術は日々目覚しいほどの進歩を遂げている。
もっと豊かに、もっと幸せに…。欲を追い求めるとキリがない。
とはいえ残念ながら、人の欲に上限は無くとも、この世の物理法則は越えられない壁となって、それを阻む。
どれだけ願っても、人間が生身で空を飛ぶ事はできないし、
どれだけ欲しても、無からエネルギーを生み出すことは不可能だ。
しかし幸い、この世にはそれらが許される場所がある。
それは夢である。
2035年、世界をかつてない不景気が覆っていた。
その理由は単純で、技術的発展の停滞である。
要するに、新しく発明される物が極めて少ないのだ。
そして、新技術、新体験を売りにしていた企業の多くが大規模なリストラを行ったり、中には倒産するものも少なくなかった。そうして職を失った人間は述べ20億人。世界人口の4分の1というのだから恐ろしい数だ。
大手企業に勤めていた太田修もその内の1人であった。
「あーあ、本当につまんねぇよな、この世の中。」
太田は狭いアパートの一室で呟く。政府から失業者へ給付された70万円も間もなく底を尽く。
「あんな薄っぺらい札束でどう暮らせって言うんだよっ」
紙くずと化していた給付金明細書を力いっぱい投げたが、ゴミ箱には届かなかった。
「死ぬしかないのかなぁ…」
ベットに倒れこみそう考えてから実行に移すまでに、そんなに時間は必要無かった。
「行ってきます」
二度と帰って来ないであろう狭き我が家に最後の別れを告げ、太田は近くのホームセンターへと足を運んだ。適当なロープを
見つけ、それを手に取りレジに並ぶ。
「420円になります」
あと100円足りなかった。
あぁ、俺は死ぬことも叶わないのか…。高所恐怖症の太田に飛び降り自殺は出来ない。絶望的な気持ちで宛もなくさまよっていると、いつの間にか駅に着いていた。
「なるほど。電車に轢かれて死ねって事か。神様もそんなに意地悪じゃあないんだな」
最安値の切符を買い、駅のホームに立つ。太田は目を瞑って深呼吸した。これでこの禍々しい世の中ともおさらばできる。しかし、強く瞑っていた目を開いた時、視界の片隅に気になる張り紙が。
「治験の被験者募集中。謝礼金20万円。締切日 5月3日」
…20万円。
5月3日。今日だ。場所もこの駅のすぐそばのビルようだ。
太田はダメで元々。ダメだったら死ねばいいと自分に言い聞かせて、ビルへと頼りない足取りで向かった。
張り紙に書いてあった通り進むと、路地裏の、薄汚いビルに着いた。見たところ医療機関では無さそうだが、今の太田にはどうでもよかった。
「被験希望者は地下へ」という手書きの張り紙の指示に従って地下への階段を降り、縁のサビかけた扉を開けると、薄暗く狭い室内には大人1人が入れる程のカプセル状の機械と、白衣を着た白髪混じりの5、60の男が居た。
「これはどうも。被験希望者の方ですね。」
男は椅子に座ってコーヒーを飲んでいたが、太田を見つけると振り返った。深いシワの刻まれた顔に似合わない、縁の赤いメガネをかけている。
「はい。」
「では早速。」
男はそう言うと、カプセル状の機械の蓋を開けた。
「あの、この機械は何ですか?」
太田が尋ねるが、
「私がこの技術的発展が伸び悩む世の中で40年かけて開発した、今回の治験に使用する機械です。内容をお話ししますと、治験の結果に影響しますので、詳しい説明は省きますが…まぁ、何だっていいでしょう。」
と言って答えない。
「そうですね。」
実際、太田にとっては何だってよかった。
そもそも健康診断も無しに治験とか言う辺り、安楽死の装置とか、全世界で臓器を抜き取る機械とか、何か非合法で、生きて帰れない機械なのだろう。20万貰い損ねたのは悔しいが、死ぬのにしくじってここに来たのだから、別に死のうが臓器を取られようが構うまい。
太田はそう考え、男が言う通り機械に入った。
すると直後に霧状の液体がの顔に噴射され、
太田は眠りについた。
需要があったら続きを書きます。