(自宅に)帰ってきた怪獣使い
古代怪獣 ティアマト
オリンピック怪獣 オリンピアードン
天候怪獣 テンペスター
水中怪獣 ナッケルシュカ
一角地底獣 エメレ・ントゥカ
人造巨人 ボリス
恐龍人間 ゲカト族
登場
「ただいまぁ~……」
夕方6時頃……優助は家に帰宅した。
家の中は真っ暗になっており、優助の『ただいま』の声に『おかえり』という返事が返ってくる事はなかった。
しかし、優助にとっては『いつもの事』なので、別に気にするような素振りも見せずに靴を脱いで家に上がっていったのだった。
リビングの電気を着けると、部屋の中央に置かれたテーブルの上に『帰るの10時過ぎになるから先に寝てて。冷蔵庫にミートローフとマカロニサラダがあります。 母より』と黒のマジックで書かれたA4コピー用紙の書き置きが置かれている事に気がつき、優助は「フゥ……」とため息をつく。
そして、ポストに入っていた小包をテーブルの上に置いた。
英字新聞でラッピングされているその小包の宛名には『芹沢 英四郎 リオデジャネイロ より』と書かれていた。
優助の父『芹沢 英四郎』は怪獣の写真を専門にしたカメラマンで、かの『三柱の怪獣の神』を至近距離から撮影することに成功した唯一の人物として、ピュリッツァー賞を受賞したこともある程有名なカメラマンだ。
しかし、『怪獣の写真専門』であるために、普段は世界各地に点在する怪獣の生息地や保護区を旅して回っており、滅多に家には帰ってこない。
たまに帰ってきたとしても、2~3日したらまた撮影旅行に出かけてしまう程だ。
なので、基本的に芹沢家の家計は母がパートを掛け持ちする事によって支えられており、今日のように優助が帰宅するよりも遅くの時間まで母が残業することは珍しい事ではなかった。
優助はブレザーのジャケットとベストを脱いで自室のハンガーに掛けると、リビングで夕飯の準備を始めた。
炊飯器に残っていた白飯を自分の茶碗と『パートナー用』の皿にそれぞれよそい、冷蔵庫から取り出したミートローフと一緒に電子レンジに入れて温める。
マカロニサラダは食べる分だけをボウルから小鉢へと移して、残りは冷蔵庫に戻す。
電子レンジから『チーン』という音が聞こえると、中から御飯茶碗とミートローフの皿を取り出す。
ミートローフを二等分に分けて半分を『パートナー用』の皿に移し、自分が食べる分をマカロニサラダが盛られた小鉢と共にテーブルに並べる。
最後にインスタント味噌汁を入れた味噌汁茶碗と牛乳を入れたコップを置けば、夕食の準備は完了だ。
優助は箸を片手に席に着くと、両手を合わせようとする。
「……あ」
しかし、そこで肝心な事を思い出し、ズボンのポケットからアドウェンテスを取り出した。
アドウェンテスの画面に表示された『Mレベル:5』という数値を『-』アイコンをタップして最低レベルの『Mレベル:0.1』にセットし直し、続いて画面に表示された『SUMMON』アイコンをタップした。
すると、アドウェンテス上部から光る球体が放たれ、それはリビングの床へと着地して形を変えていき……
「グガアァァ!」
優助のパートナー怪獣である『古代怪獣 ティアマト』の『ティア』が実体化した……ただし、『ぬいぐるみサイズ』で。
「ティア、ご飯にしよう」
「グガアァァ!!」
優助から声をかけられ、ぬいぐるみサイズのティアマトは嬉しそうに優助に飛び付き、まるで仔犬のように優助の顔を舐め始めたのだった。
「グガアァァ!グガアァァ!」
「ははは!くすぐったいよティア!」
優助は困ったような口調で叫ぶが、顔には笑みを浮かべていた。
先ほど優助がアドウェンテスで操作した『Mレベル』という数値は、怪獣の体の大きさを表す等級である。
身長(二足歩行怪獣の場合。四足歩行怪獣の場合は『体長』か『全長』)が1mから19mまでを『Mレベル 1』とし、身長(or体長)20m以上が『Mレベル 2』、そこから+10mごとに数字が大きくなっていく仕組みで、例を挙げると……優助のパートナーであるティアマトは身長50mなのでMレベル5、山根 笑子のパートナーであるファルファルことリトルファルラは体長45mなのでMレベル4……となる訳だ。
アドウェンテスから怪獣を召喚する際、外部からMレベルの数値を操作すると、パートナー怪獣の大きさを設定したMレベルに合わせる事ができるのだ。
……といっても、あくまで『元々のMレベルより小さくする』だけであり、元々のMレベルよりも大きくする事は出来ないし、能力などもそのままである。
無理に大きくさせようとしても、パートナー怪獣が耐えきれずに死亡する可能性があるために怪獣バトル向きの機能ではなく、もっぱら人間サイズやぬいぐるみサイズに縮めたパートナー怪獣とのスキンシップに使用されている機能である。
「……いただきます」
「グガアァ!」
こうして1人と1匹の夕食が始まった。
優助が味噌汁を啜る中、その足下……正確には椅子の下ではぬいぐるみサイズのティアマトが自分用の皿に盛られたミートローフやマカロニサラダにかぶりつき、口の周りと両手をミートローフの赤茶色をしたソースとマカロニサラダの白いマヨネーズまみれにしていた。
『ペットの食事』というよりは『幼児の食事』を思わせる光景だ。
「……ほらティア、お皿からこぼさないで。後で片付けるの大変だから」
「グガアァ」
ソースまみれのティアマトに小言を言う優助の姿は、まるで幼い子供の親のようだった。
「……」
優助は白飯を口に入れながら父からの小包を開く。
小包の中には、怪獣の姿を写した写真とフィルムが分厚い束になって入っており、それとは別に膨らんでいる茶色の封筒のようなものも同封されていた。
写真とフィルムを覆うような形で1枚の折り畳まれた紙が置かれていたので優助はその紙を手に取る。
折り畳まれている紙を広げると、そこには細かい字で文章が書かれていた。
それは……父・英四郎からの手紙だ。
『優助へ 元気にしているか?今、父さんはブラジルのリオデジャネイロに居る。
ヨーロッパとアフリカを回った後にギアナ高地の『アンノウン・ガーデン』に寄って、一休みしているところだ。
あと半年は保護区巡りをする予定なんだが、現像済みのフィルムと写真がかなり貯まったから、半分をそっちに送る。父さんの部屋に入れておいてくれ。
それと、アンノウン・ガーデンで知り合いのゲカト族の人から貰ったお土産も一緒に送るぞ。父さんには良く分からないんだが、パートナー怪獣との絆を高めるお守りみたいなものらしい。
ちょうど二個一組で貰ったから、お前とティアで1個ずつ持っておけ。きっと何かのご利益があるはずだ。
それと母さんに、『今年の結婚記念日は帰れそうに無い』って言っておいてくれ。
じゃあ、またな!勉強がんばれよ!! 父より』
「『今年の』って……結婚記念日に帰ってきた事なんて一度もないじゃん」
父からの手紙を読み終え、優助は呆れたように呟くと、手紙をテーブルに置いて代わりに小包から写真を複数枚程手に取り、写真を眺め始める。
一枚目の写真に写っていたのは、胸部と肩にオリンピックの五輪マークを思わせる模様がある恐龍型怪獣が、洞窟の中で横向きに眠っている姿だった。
4年に一度、夏のオリンピックが開催される年にギリシャに出現する『オリンピック怪獣 オリンピアードン』だ。
夏のオリンピックが開催される年にしか姿を現さないので、休眠中の姿を見たのは優助も初めてだった。
二枚目の写真には、恐龍を思わせる竜巻と積乱雲が青い雨合羽を着ているような姿をした怪獣が雷雨の中で額から生やした避雷針のような角を発光させている様子が写っていた。
高度1万m上空に生息するという『天候怪獣 テンペスター』だ。
天候を操り、一部では『空の神』と崇められている怪獣を至近距離から撮影するとは……優助は父の撮影技量に感心してしまった。
3枚目の写真に写っていたのは、ヒレ状の脚を持つウロコの無いワニのような怪獣が水中を泳いでいる姿だった。
スコットランドのネス湖に生息し、かの有名な伝説的怪獣『ネッシー』の正体と言われている『水中怪獣 ナッケルシュカ』だ。
優助は以前、父・英四郎から『体を液状に変化させ、液体を自在に操る能力を持つナッケルシュカの水中にいる姿を撮影するのは、不可能ではないがかなり難しい』と聞いた事がある。
どうやら英四郎はその『難しい撮影』に挑戦し、成功させたらしい。
4枚目の写真には、鼻先に巨大な一本角を持つサイと角龍を掛け合わせたような姿をした四足歩行怪獣が、うっそうとしたジャングルの中で木の根元を掘り返している様子が写っていた。
コンゴを中心にアフリカ内陸部を縄張りにしている『一角地底獣 エメレ・ントゥカ』だ。
優助は以前、市販の怪獣図鑑で『エメレ・ントゥカは草食性で、土中の植物の根を常食にしている』と読んだ事がある。
野生怪獣の自然な食事風景を間近で撮影するなど、父にしかできないだろう……と優助はまた感心してしまった。
5枚目の写真には、全身が茶色の体毛で覆われ、体のあちこちに傷を縫ったような跡があるMレベル3くらいの巨人型怪獣が、森の中で数人の人間の子供達と楽しそうに遊んでいる姿が写っていた。
かの『フランケンシュタインの怪物』を生み出した事で有名な『フランケンシュタイン博士』の子孫が生み出したという巨大人造人間で、現在はドイツ・フランクフルトの山中に住んでいるという『人造巨人 ボリス』だ。
数年前、ドイツ各地を荒らし回った地底怪獣をたった一体で退治した事で存在を知られ、世界的なニュースになった事は優助も記憶している。
今では、テレビの『あの人は今』的な番組でも取り上げられない程に人々から忘れ去られてしまっているが、この写真を見るからに、今は幸せに暮らしているのだろうと優助は思った。
そして、6枚目の写真には、頭部から髪の毛のように羽毛を生やし、体がウロコで覆われたヒト型の爬虫類を思わせる生き物数体と上半身裸のアジア系の人間の男性が石で出来た槍を携えて、カメラに向かって笑顔でピースサインをしている姿が写っていた。
南米・ギアナ高地の奥地に存在する人跡未踏のロストワールド『アンノウン・ガーデン』に住む『恐龍人間 ゲカト族』とそのゲカト族の養子であるアンノウン・ガーデン唯一の人間『ギヤナン』だ。
アンノウン・ガーデンは何千万年もの間、独自の環境と生態系が維持され、固有の進化を遂げた生物や怪獣が生息しているために土地一帯が保護区となっており、一部の学者や研究者以外には正確な所在地すら秘匿されている場所なのだが……どういうコネがあるのか、英四郎は一介のカメラマンにも関わらずアンノウン・ガーデンに顔パスで出入りでき、しかも住人であるゲカト族と友人関係を築いているときた。
どうして学者でも研究者でもない英四郎だけ特別扱いされているのか?息子である優助も詳しい事は全く知らない。
直接聞いても、『秘密さ』の一言とウインクではぐらかされるからだ。
なので、『今では考えるだけ無駄だ』と思い、疑問に感じる事すらなくなっていた。
「……」
写真に写ったゲカト族の人々とギヤナンの姿を眺めながら、優助はふと、小学生の頃に父から言われた言葉を思い出した。
『いいか、優助?父さん達が子供の頃、怪獣と人間は『敵』として憎み合い、いがみ合って戦ってきたが……これからは違うぞ!これからは怪獣と人間が仲良く暮らしていく時代が来る!覚えておけ優助、怪獣と人間は『敵』じゃない、怪獣と人間は『友達』だ!』
「……怪獣と……人間は……『友達』……」
かつて父から教えられた言葉を呟きながら、優助は食事をするのも忘れて父が撮影した写真を眺めていたのだった……。
「Zzz……」
その足下では、すでに食事を終えたぬいぐるみサイズのティアマトが気持ち良さそうに眠っていたのだった。
優助君のお父さんである『芹沢 英四郎』さんの名前は、初代ゴジラの生みの親である『円谷 英二』氏と『本多 猪四郎』監督の名前を合わせた物になります。
以下、写真だけ登場した怪獣・人物について軽く説明
オリンピアードン:漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の登場人物の一人『日暮 熟睡男』の怪獣版。一応、今年は東京オリンピックの年なので。
テンペスター:とあるオリジナル怪獣デザインサイト(名前は伏せます)で見た『天気を操る恐龍型の怪獣』を自分なりにアレンジした物。名前はドイツ語で『大嵐』を意味する単語
ナッケルシュカ:言わずと知れたネッシーがモチーフの怪獣。『ヒレ状の脚を持つウロコのないワニ』みたいな姿なのは、漫画家の久 正人先生が書いた『びっくりモンスター大図鑑』という本でネッシーが『首長竜の生き残りではなく、大型の両生類』という解釈で描かれていた事に刺激を受けたから。『ナッケルシュカ』の名前はイギリスとアイルランドの伝承に伝わる馬の姿をした水の妖精の名前(『ナックラビィ』、『ケルピー』、『エッヘ・ウーシュカ』)を組み合わせた物
エメレ・ントゥカ:同名のアフリカの未確認生物がモチーフ。実物の方は『エメラ・ントゥカ』なので注意。
ボリス:東宝特撮映画『フランケンシュタイン対地底怪獣』に登場するフランケンシュタインのオマージュ。『ボリス』という名前は、ユニバーサル映画でフランケンシュタインの怪物を演じた俳優『ボリス・カーロフ』が由来。
ゲカト族:いわゆる『ディノサウロイド』のジャングル原住民バージョン。名前は単純に『トカゲ』の逆読み
ギヤナン:『仮面ライダーアマゾン』と『怪獣王子』がイメージモデルの野生児
なお、ゲカト族とギヤナンの住む『アンノウン・ガーデン』は、コナン・ドイル作『失われた世界』の怪獣版みたいな土地になります。
場所が『ギアナ高地の奥地』なのは、僕の中でギアナ高地という場所は『恐竜や怪獣が居ても、おかしくない場所』というイメージがあるから。




