バトルの後の夕暮れ
天空の怪獣女神の子供 リトルファルラ
登場
「ハァ……」
怪獣バトルの後……体育着からブレザーの制服に着替えた芹沢 優助は、一人でグラウンドに散らばった体育用具を体育館脇の用具小屋に片付けていた。
一言に『体育用具』と言っても、野球やサッカーなどで使うボール類から白線を引く為のライン引き、大きさも色も様々なコーンにグラウンドならしの為に使われるレーキにローラー、陸上競技で使用する大型メジャーなどなど……種類も数も膨大で、とても優助一人で簡単に片付けられるような量ではなかったのだが……優助は文句一つこぼさず、ただ粛々と体育用具の片付けを行っていた。
恨みっこなしの勝負で、優助は負けた。
だから文句を言える訳がない。
パートナーであるティアマトを使えばあっという間に片付けられるかもしれないが、生憎先程の怪獣バトルのダメージもあってダウン中……故に優助は太陽が西に沈んでいく中、一人で体育用具の片付けを続けていたのだ。
「ユーく~ん!」
「……ん?」
優助がローラーを引きずっていると、誰かが優助に声をかけてきた。
優助と同い年くらいの少女の声だ。
優助が声のした方に顔を向けると……
「キュピィー!」
大型トラックかバスくらいの大きさの蝶や蛾の幼虫……いわゆる芋虫を思わせる昆虫怪獣が優助に近づいてきていた。
「お~い!ユーく~ん!!」
芋虫怪獣の上には優助が着ている物と同デザインのブレザーの制服を着用し、オレンジの髪をショートカットにした少女が乗っており、優助に向かって手を振っているのが見えた。
少女を乗せた芋虫怪獣は、ちょうど優助の目の前で停止し、芋虫怪獣の上に乗っていた少女はタイの象使いが象から降りる時のような慣れた感じで芋虫怪獣から降りたのだった。
「……なんだ、えみちゃんか」
「あ~!『なんだ』とはなんだよ!?『なんだ』とは!?」
ため息が混じった優助の物言いに、少女は頬を膨らませて抗議した。
彼女の名は山根 笑子。
優助の幼なじみでクラスメイト、そして、かつてあの『怪獣大戦』を平和的終結に導いた『共存派』のリーダーだった巨大生物学者・山根 恭一郎博士の一人娘だ。
そして彼女が乗っていた芋虫似の昆虫怪獣は、彼女のパートナー怪獣にして地球上全ての怪獣の頂点に立つ『三柱の怪獣の神』の一体『天空の怪獣女神 ファルラ』の子供『リトルファルラ』(ニックネーム:ファルファル)である。
「さっきのバトル見てたよぉ~まぁ~た惨敗?」
「ま……『また』ってなにさ?『また』って?」
「でも事実でしょ?」
「うっ……」
笑子の言葉に返す言葉も無く、優助はぐうの音も出なかった。
「ユーくんってさぁ……アトレテスなのに勝率悪いよねぇ~。ボク、怪獣バトルでユーくんが勝ったとこ、見たことないよ。ユーくん、皆からなんて呼ばれてるか知っている?」
「……『大戸島高のパシリ怪獣使い』でしょ?僕が怪獣バトルで勝てた事がないから……皆、僕をちょうど良いパシリにしか思ってないのさ……ハァ」
優助は再び深いため息をつくと、ローラーの持ち手を掴んで用具小屋へと運んでいった。
「……とりあえず、片付け終わってからで良い?もう少ししたら終わると思うから」
優助はそう言って片付けを続けていく。
「ふぅ~ん……『もう少し』ねぇ……」
しかし笑子の目には、未だにグラウンドに散らばる体育用具の数からして、とても『もう少し』で片付けが終わるようには見えなかった。
「……」
笑子はまるでイタズラを思い付いた子供のようなニンマリとした笑みを浮かべた。
「……ファルファル、手伝ってあげて」
「えっ?」
「キュピィー!!」
笑子からの指示が出ると共に、リトルファルラは口から絹糸を思わせる純白の糸を吐き出して、グラウンドに散らばった体育用具全てを糸で絡め取って一つにまとめあげた。
「キュゥゥゥ……」
そして、リトルファルラは自身の前半身を挙げると、糸でまとめた体育用具をハンマー投げのハンマーのように振り回し始め……
「ピィィィィ!!」
そのまま用具小屋に放り込んだのだった。
リトルファルラの糸でまとめられた体育用具が放り込まれると、用具小屋はまるでサ○エさんのエンディングの終盤に出てくる山小屋のようにしなり、砂ぼこりや石灰を大量に撒き散らしたのだった。
「え……えぇぇぇ~!?」
予想外の事態に優助は口をあんぐりと開け、掛けていた眼鏡をずらしつつコーンの入ったプラスチックのカゴを抱えたまま固まってしまった。
その一方……
「ファルファル!グッドジョブ!!」
「キュピィ~♪」
笑子はサムズアップしながらパートナーを褒め称え、リトルファルラも嬉しそうな鳴き声を挙げたのだった。
「ちょ……ちょっと!不味いよえみちゃん!!」
我に帰った優助はズレた眼鏡の位置を直しつつ、得意げになっている幼なじみに向き直った。
「大丈夫だよぅ~。ファルファルの糸は、時間が経てば自然に消えるから」
「いや、そうじゃなくて!いや、それも大事だけど……ハァ」
どこかズレている笑子の発言に、優助はなんだか頭が痛くなっていった。
「だいたいさぁ……『体育用具の片付け』は僕が言われたことだから……えみちゃんが手助けをするのは……その……」
「……なぁ~に言ってんのさ!」
額を抑えながらぶつぶつと呟く優助に、笑子は晴れた日の太陽を思わせる笑みを向けた。
「……ユーくんさぁ、『体育用具の片付けしろ』って言われた時、『手助け禁止』って言われたの?」
「えっ?……い、言われてないけど……」
「だったら別に、ボクが手助けしたって何の問題もないじゃん!」
屁理屈ともとられかねない発言をしながら笑子は優助に向かってVサインした。
もはや優助には返す言葉がなかった。
「いや、でも……それはあの……」
「細かい事、気にしな~い……のっ!」
「……あた」
笑子からのデコピンを受けて、優助は軽くよろめいた。
「ほらほら!それより早く、それしまって!『キングコング』行こうよ!」
「……はいはい」
笑子の様子を見ていると、優助はそれまで暗くなっていたのが嘘のように、自然と笑みを浮かべていた。
イメージCV
芹沢優助:入野自由
山根笑子:堀江由衣
山根恭一郎:森功至
※あくまでも『作者のイメージ』です。
実際に映像化されるまでは、読者の皆様の脳内で自由に好きな声優さんの声で再生してもらって大丈夫です。