第58話 オヴェスト事変 Part1
前回のお話。大規模な通信を探知した彼らは、不穏な動きに駆逐隊を引き連れて町へ向こうことに。そしてアラドス連合艦隊は町に侵攻を早めるのだった。
「急げ!荷物は棄ておけっ!すぐ出発するぞ!」
「ミロス、マルスが航行開始。おい、うちらが船が遅れてるぞ!」
「機関出力問題なし!浮力伝達問題なし!魔力伝達問題なし!いつでも航行できます!」
「魔力ケーブル伸ばせ!航行に支障を出させるな!もっと出力上げろと機関に伝えろ!間に合わんぞっ!」
周りのあちこちからでまたは船体の中からも慌ただしい声が上がっていた。
急遽、作戦が早まったことでアラドス連合艦隊はその準備に追われているのだ。
「あの空賊どもは?」
「もう配置位置についているらしいですよ」
どこかの艦の艦橋ではこの光景にうんざりした様子だった。
「はぁ。ただ飯喰らいがやっといなくなるか。今まで金と物資をせがみよって、これで逃げたら容赦なく撃ってやるわ」
「空賊として町を襲う以上は本物も混ぜておくのも偽装の一つですのでやめてくださいね。上層部もそれで雇ったわけですから」
「偽装の偽装か」
どうせ中央の連中に言われてからだろに。
「しかし予定より作戦は遅れそうですね」
「魔力供給が必要な艦に対して魔力供給艦の出力が高くないからな。急となるとドダバタする羽目になるのは分かるだろうに。はぁ。本当にこの作戦はどこまでもグタグタだな」
船室に置かれた地図と駒が置かれた机に移動し、今後の作戦の動きを確認する。
「第1艦隊から7艦隊まで前線に配置して、最初に第1から第3艦隊が町の城壁に正面を攻撃。橋頭保の確保。同時に第4から7艦隊が左右に分かれての町の外壁を包囲、制圧。第8艦隊は空港の制圧の為、別位置からの行動・・」
艦隊に見立てた駒を動かし、更に後方に置かれた駒を手に持つ。
「そして船橋保後、城下町の制圧に空賊、揚陸艦、自爆艦を投入。特に自爆艦は制空権確保後、迷宮封鎖に優先投入・・か」
迷宮内には共同塔(ギルドと軍属)からの増援を断たせるのが目的とはあるが。
自爆艦で物理的に通路を潰すとなると開通に数年は掛かる羽目になるだろうな・・・。
「まあ作戦は遅れても相手にまともな航空戦力がいない以上制圧は早いでしょうね」
一緒に地図と駒を見ていたもう1人は余裕そうに言った。
「早く制圧すれば移動しながら魔力供給する艦が出てくるぞ。鈍くてデカくて簡単に火が吹く地対空攻撃のいいカモだ」
「そう言ったのから守るのがうちら護衛艦ですよ。まあそんな攻撃出来る人でも物でもここまで後方を叩きに来る奴なんていませんよ。前線で手一杯でしょ」
しかもこちらは過剰戦力とも言える大規模な連合艦隊。護衛は不要なものと思っていた。
「はぁ、油断は命取りと言うのを分かってないな・・・」
辺境の地だろうがここは目新しい迷宮の町。ただ日銭稼ぐ者以外に興味本位で立ち寄る規格外の存在だっている、と言うかそいつ原因が今回の事が起きたようなものだ。そう言った連中はどう動くか予測がつかん。例え後方護衛だろうが気を抜けるわけないだろうに。
一方・・・。
「これ・・いつぐらい着くかな?」
『あと5時間以内には着くのでは?』
「夜確定じゃん」
「おそい」
彼ことクラリオン一行は帰宅が夜遅くになりそうなことに項垂れていた。
『あと残念なお知らせが』
「え、なんかあった?」
『機関が発熱しています。フルスロットルで飛び続けるのは負担があるようで、出力を落としてください。何が起きるか分かりません』
「・・落としたら着くの何時間後になりそう?」
『朝帰り確定かと』
1人だけお通夜状態になったが隣のミヤちゃんは凄い不満と不服そうな目で・・・。
「お腹すいた」
多分ミヤちゃんを納得させるか満足させなければ明日を迎える前に死ぬ、と本当にお通夜になりそうだなと、一周回って笑うと彼は真顔で天を仰ぐ。
「・・通信、もう一回繋がらないかな」
蜘蛛の糸の先に与吉がいることを願うのだった。
それでシルル教会の方と言うと・・・
チチチ、チッチィ、チチーー
「う~~ん、いつもことですけど何言ってるか分かりませんね~。このお肉はどうしたんですか?」
ミルティアと与吉が何やらを話しをしていた。
チッチチ、チィーチ
身振り手振りで伝える与吉に「ん~、いつもどうやってクラリオン君は話しているですかね」と軽くぼやくミルティアだが。
「それにしても遅いですね~。でもミヤちゃんもいるし、遅くなるようなことは無いと思うんですけど」
そろそろ帰って来てもいい時間なのに帰ってこないクラリオン達を心配になるも。
「何かあればあの道具?で連絡するようなことは言っていましたけど、来る様子はないし・・与吉君は何か知ってます?」
駄目元で聞くが。
チ?チッチ?チチッチ?チッチチ
やっぱり駄目ですね、と苦笑いすると背筋を伸ばす。
「仕方ありませんね。夕飯は先に皆で食べてしまいましょうか?」
チッチ!
クラリオン達を待たずに他皆で夕飯にしたミルティアであったが、夕飯中に通信が掛かるも誰も食事で気づかなかったとさ。
こうして嵐の前の夜は過ぎ、今日から明日、昨日から今日へと変わる間際・・・。
『皆、長らく待った。この作戦自体に不満を持つ者もいるだろう。しかしだ。この作戦の成功を得て、我が国は盤石な礎が築かれるのだっ!容赦なく、完膚なく、徹底的に追い込めっ!長らく待たされた鬱憤をここで晴らせっ!各員健闘を祈るっ!』
旗艦から各艦に通信が送られた。その後は通信室は慌ただしく各艦隊に作戦指示を送りだす。
そして艦橋では艦隊が動き出す様子に・・・。
「ようやく動くか」
「長く待たせたなからな」
旗艦『ポエリオ』である艦長と副長が少し胸を撫でおろしていた。
「不備はないな?」
「・・あるならまだ本国から通信があることぐらいだ」
「はぁ・・作戦決行を伝えてもこうも間際まで送ってくるか」
「だが通信にはもう1通あってな、元帥からだ」
「元帥直々に?」
本国の元帥と言う言葉に艦長は疑問が浮かぶも。
「激励の言葉だ。『皇室のは無視して構わん。責任はこちらで追う。貴殿らは作戦決行を第一に遂行せよ』とな」
「有り難いお言葉だ。出来れば直接聞きたかった言葉であるが」
「秘匿通信からのワン切りだったそうだ。バレれば面倒事だからな」
「皇室相手で大変と言うことか」
想像が目に浮かぶ様子だった。
「それともう1つ・・」
「上げて下げるような言葉はやめてくれよ?」
「そう言われると難しいが・・」
少し言葉を溜めると。
「元帥からはまだ言葉があってな、昨夜一瞬ではあるらしいが天馬の反応を捕捉したようだ。大よそここらしい。」
地図を出し、反応があった場所を指で差す。
「我々の艦隊位置から距離的に200㎞。遠からず近からずの位置だ」
「それが昨夜か・・。確かに悩ましい言葉だが。だからと言って作戦変更はあり得ん。予定通り作戦は行なう」
そして夜明け。オヴェスト・トレンボの高楼で・・・。
「ふぁ~~あア・・」
欠伸をしながら周囲を眺める見張り番。
外壁の高楼から見える光景は平野と森と山。周囲は未開拓地であり、国境も人里も無い。警戒の必要はないが万が一モンスターが襲ってくる場合を備えて見張りは置いているが・・・。
「モンスターと言っても・・この辺りで危険なモンスターもいないのに本当に見張りなんて必要あんのかね~」
朝日を浴びながらあと少しで交代の時間を待っていると高楼の階段を上がる足音が聞こえた。
「お~い、おはようさん。交代だ」
「お~来た来た。おつかれ。んじゃ早速寝てくるぜ」
「あいよ。しっかり寝とけ。それと悲しいお知らせだ。今日からヴィアンがいないから昼前で交代だ」
「え?マジで?あいつどうした?」
「深刻な切れ痔だそうだ。痔ろうが起きたとか何とか」
しばらく見張りは2人交代となると軽口で話していると1人がふと視界に入った外の
周囲に違和感を感じた。
「ん?」
「どうした?お前もまさかの痔になったとか言わんよな?」
「いや、あれ・・あそこの山の麓。なんか動いてないか?」
「霧じゃなくてか?」
「よく見てろ。あれ霧じゃないだろ・・」
2人して目を凝らして見ると・・。
「なあ、お前の遠目のスキルで何が見える?」
「お前も持ってるだろ」
「お前の方がレベル高いだろ。お互い見間違いしない為に聞いたんだ」
「・・じゃあ言うが、船だな。旗までは見えんが」
「だよな・・見えるだけでも100隻以上いるが・・軍の演習とかあるって聞いたか?」
「聞いてもないな・・」
所属不明の空船の大群。しかもこちらに向かって進んで来ている。その光景にしばらく無言に眺めていたが次第に事の深刻さに気づき始めた。
この周囲に広がるは未開拓地とこの迷宮の町のみ。そんな場所にわざわざ押し寄せる空船の存在は1つに限られる。つまり・・・。
「くっ、空賊だっ!!大群のっ!鐘鳴らせぇぇぇええええーーーーーーー!!!!!」
高楼の鐘をけたたましく鳴らす。そして他の高楼からも鐘が鳴り、オヴェスト・トレンボ全体に響き渡る。
ヴェスト・トレンボで初の外敵警報。聞き慣れない鐘の音に町は戸惑いと混乱が伝播していった。
「何事だっ!?」
「高楼の見張りから北東にて空賊の艦隊を確認とのことっ!数100隻以上!」
突然の警報と状況に地上の衛兵本部では情報収集と対応が迫られていた。
「空賊が100隻以上でだとっ!?我が軍の見間違いとかではないのか!!?」
「それ以上の情報は入っていませんが、少なくとも我が軍で空船の演習報告は入っておりません。所属不明の空船なのは間違いないかと」
「・・っ!仮に空賊だとしてもそんな規模の空賊は聞いたことがないぞ!どこかの軍が攻めて来たのならまだ分かるぞ」
そこにまた別の兵が報告が入る。
「報告です!!見張りからさらに空船300隻以上を目視!まだ奥が続いている様子で規模は500隻以上はいるのではないかと推定しています」
もはや数だけで空賊の規模とは一線を超えていた。
「相手は空賊ではないっ!どこかの国だ!自警団と冒険者ギルドにも戦力要請と情報共有。迷宮の協同塔からも増援要請だ!」
「りょ、了解!」
くそ!何かの間違いであってほしいが、もし500隻など防ぎようがない!城壁に防御術式が施されいてもあれは内側向き。迷宮の異変でモンスターが地上から溢れぬようにしてあっても外側にはそこまで張られていない!
「防壁は期待できない、上も取られている。侵入は容易・・」
市民を安全な場所に避難させようにも・・。
町の外に逃がしても空船の規模から逃げ切るのは無理である。町の中央に城はあるがそんな規模に対しての空の守りは無いに等しい。
「空船に避難誘導、しかし全ての市民は無理だ・・・。地上の防衛は棄て、市民を迷宮に避難させて、地下防衛の方が理にかなっているか」
恐らく自警団や冒険者ギルドもそう決断つけるだろう。
しかし迷宮に避難させれば市民に対してどれだけモンスターからの護衛に人員が必要となるか。しかも今からだと・・・。
あれこれ考えていると。
ドォォォオオオオオーーーーーーン!!!!!!
どこからか爆発音が響く。
煙が上がった場所は空船港からであった。
「っ!?港を封じてきたか!!」
これで空船での脱出も難しくなった。
そしてまた別の衛兵が報告が入る。
「通信室から緊張報告ですっ!原因不明の通信障害が起きました。外部と連絡が出来ません!!」
「通信網もだとっ!?」
一体どこの国だ!?何故攻める?
冒険者ギルドでは・・・
「ああもう!どうすんの!通信できないし、こんな緊急時にマスターもフレアさんもいないし」
「誰か緊急転移室に行って王都まで呼びに行けないのか?」
「転移の類が何か阻害されて飛べないんだよ。逆に王都からもこっちにも来れないぞ」
「本当にどうするのよ!?」
ギルドマスターであるトクガワと護衛のフレア、他にも各部署の上の人も王都で魔導石の諸外国の売却について、フェレストリア王国の国営に協力で帰って来てない者もいた。お陰で指揮系統が纏まらず混乱を極めていた。
そしてシルル教会は・・・。
「・・扉も窓も開きませんね」
外に繋がる扉のドアノブを掴むミルティアだが扉を押すも引くも全く動かない。
「ああっクラ~~!!帰って来てないのに一体何したんだよっ!?あの連絡できる道具はうんともすんとも言わないし!」
「こっちも開かないね」
「向こうのドアも開かなったのよ。ホントあいつは・・」
メルダーは通信装置を動かしてみるも動かず、クロエとマルリも色んな場所の扉や窓を確認するもどこも開けなかった。
『恐らくですが教会全体に記号式による魔力防御が張られているようです。それで扉や窓が開けらなくなっているかもしれません』
教会に置いてあるゴーレムもこの状況を垣間見るも打つ手無しと言った様子。
もちろんこれは防犯システム「エクストラ・ホーム・アヴァロン」が原因。そしてこの状況を一番理解してそうな与吉と言うと・・・。
チチィ・・(朝ごはん、まだかなぁ)
一番状況を理解してなかった。因みにちょっとした隙間なら与吉は出入り可能である。
こうして全ての始まりが始まった。
歴史上、空賊による事件は起こるも歴史に名を残すようなものはなく、これから起きるのは歴史上初の空賊事変『オヴェスト事変』と呼ばれ、彼ことクラリオンの名が大陸に知れ渡るのだった。




