第57話 チッチチ、チッチ(潤滑油はゴマ油だ)
前回のお話。彼ことクラリオンは吹雪を旗艦とした白雪、初雪、深雪の駆逐隊を編成。そしてアラドス連合艦隊も遂に作戦決行間近と迫ってきた。
アラドス連合艦隊は中央から派遣されたモニター艦とガリーナ艦の2隻が合流してからその日、旗艦にて2隻の関係者を交えた大まかな作戦会議を開き、その後は速やかに作戦決行に移すつもりだった・・・。
「まさか日を置くことになるとはな」
「本気で作戦決行するとは誰も思ってもいなかった、と言うのも悩ましい話しだ」
旗艦『ポエリオ』の艦長であり司令長官と副艦長が悩ましい声を上げた。
作戦会議当日、各艦隊指揮官も集まっていたが、モニターとガリーナの情報整理の為にも少し日を置くべきでは?と意見があった。誰もが中央から来る艦隊が来る前からいつでも出撃できると豪語していたが、隻の合流後すぐ作戦決行するとは誰も本気で思ってなかったである。
「しかし向こうは作戦当日で問題ないと言うのも意外だったな」
「いや、むしろああ言われるとこっちが困るぞ。どう扱う?」
モニター艦とガリーナ艦の人からは『この後の作戦決行については異論はない。ただ作戦中、我々は単艦行動をさせてもらいたい。護衛は不要である』と言ってきたのだ。
「相手にまともな空船がいないとはいえ護衛なしの単艦行動か。危険であるが・・。それもそれで頭が痛いな・・」
「それと本国からのアレも今日も来たそうだ」
アレと言われるとまた更に悩ましい声を上げる。
「更に頭が痛くなる話しだ。無視だ、無視」
そして本国からこんな要請が出ていた『天馬を発見次第捕獲せよ。作戦はA案で対応せよ』と。
要は何処かに飛んでった行方不明の天馬を捕まえろと通信が来ており、毎回状況報告をさせられているのだ。
「通信部に未だ発見できずと送るよう伝えてある」
正直この要請が厄介であった。あれが天馬なのかはともかく問題なのはA案でと言う作戦。
まずA案とは艦隊で町を制圧し、作戦脅威になり得る存在は対人で対応する形で、その対人は中央の人員が当たることになっているが、アラドス国からも人員を出す形で彼ことクラリオンを抑えるのに天馬を使用することになっていた。
しかし軍部では当初そのA案を否定した。天馬に乗れるのは王族のみ。最前線で王族が不用意に前にいるのは危険すぎる、しかも空賊と偽装してるのにバレるような馬鹿な事はするなとひと蹴りし、対人は中央の人員のみのB案を考案。が、王の勅令によって強引にA案が通ってしまったのだ。
だが肝心の天馬はまさかの行方不明。想定外ではあったがA案の実行不可となったが、それでも諦めきれないのかA案を通そうと通信を送ってくるのだ。
「はぁ。王族が天馬乗って先陣を切りに行くとか言う最悪事態が避けられたはいいが」
「作戦決行間近でもまだ通信を送ってくるとは呆れるしか言えん」
「しかしそれが厄介だ。また勅令で作戦が急に変更されてもおかしくはない。やはり何か言い始める前に作戦決行は早めた方がいいかもしれん」
「では・・」
「参謀を呼べ・・」
そしてアラドス連合艦隊の野営地では・・・。
「モニター艦長。少しお話をよろしいですか?」
「ああ、君か」
そこにいたのはアラドス連合艦隊で先行していた中央の軍人とモニターの艦長が会って話しをしていた。
「補給の方は大丈夫そうですね。到着当日に今日中の作戦決行は構わないと言う発言には驚きましたが」
「事実問題ない。しかし船員達に休息できる時間はあっていいだろう」
「そうですか。それで船の方なんですが・・」
「すまないな。艦についても秘匿扱いだ」
「でしょうね・・。ただお互い偽名で船も軍事機密であれこれ秘密にされると連携や指示を取り仕切る立場からすれば面倒くさいこの上で」
「私もそれには同情するよ。しかし前にも言ったように我々の船に関しては何もしなくていい」
「それが困るから言うんです。せめて戦闘地域では自軍が確認できる旗ぐらいは立ててもらえませんか?いくら相手に大した空船も数がいないとは言え、誤射が起こる要因は避けたいんですよ」
モニターとガリーナは戦場では敵味方の識別の類をしないまま航行すると言うのだ。
アラドス連合艦隊もモニターとガリーナについて艦の形状から味方艦と判断できるほど連携はしてないし日が浅い。戦場となれば尚更識別は難しくなるし、それに連合艦隊は2隻に良い印象を持ってないのだ。意図して狙うなんてはないだろうが問題を起こす要因は避けたいのだ。
そして続け様に。
「しかも貴艦は戦場の中で魔導石を運搬する。もしもの事があれば・・」
「当日でも言ったが誤射の恐れはあっても我が艦には当たらん。そこを信じて頂けたい」
「出来れば信じたいのですが、その根拠を見てから判断したいのですよ」
こうして説得を続ける中、突然士官の1人が何かを聞いた様子で急ぎ駆け寄って来た。
「艦隊指令から通達!半日後、各船は抜錨を終えて戦闘準備に入るべしと各空船に通達が行きました!」
その言葉に旗艦『ポエリオ』の方角に中央の軍人は視線を向ける。
「あの司令長官、こうも作戦を早めますか」
「補給路が細い中我々の到着を待っていたのだ。早急な行動が必要だったんだろう」
一方では・・・。
ヒューーーーー・・・。
風を切るように高速で飛ぶ空船が一隻。そして後を追うように3隻の空船も続くように飛んでいた。
ギギィ・・。
グォングォン・・。
鉄が軋む音に独特の駆動音も響く中、声が上げる。
「取舵一杯ーーーっ!!」
『取舵一杯。各船同時連動を確認』
急な旋回運動に船体に慣性が働きながら傾き曲がっていくが・・。
「っっ!!」
船体は完全に横滑りになってバランスが大きく崩れた。
「面舵一杯戻せーー!」
『面舵一杯。水平値まで7、6、5・・・・船体復原確認。各船も復原に問題なし』
主機の出力を落とし、船の動きを止める。
「あ゛あ゛ーーーー。ガチで急旋回が厳しいんだが?完全に横滑りになって制御出来たもんじゃねぇ。と言うか操縦もままならん・・」
『そもそも出力的に時速400㎞の鉄の塊に小回りを効かせるのは浮遊石だろうが魔法でも難しいかと』
そんな会話をしてるのは彼ことクラリオンとアイである。
駆逐隊を編成してからは試験航行や射撃やらしているが、どうも旋回は一癖あるらしい。
「スラスター強化すればいけるか?でも船体強度的に大丈夫かな?」
『先ほどの航行行為から相当な負荷が船体に掛かっているかと。それでスラスター強化して無理に曲がれば、船体に航行に大きな支障をきたすと思いますよ』
「マジか~」
『そもそも原速で400㎞出せる時点で十分ですし、むしろ速度に対して砲塔の旋回速度が追い付けず近距離中距離では狙って撃てない以上は速度は落として狙う必要がありますが』
「この速度が活かせないとは」
こんな具合で色々とやっているわけであるが、駆逐艦でも2,000t近くある重量で400㎞で飛べる時点で十分だろうし、小回りも難しいのは仕方なかった。
『最大戦速の時か高速モードに切り替えられるなどして400㎞以上出せるようするのが一番いいでしょうね』
「それが一番か~~」
こうして調整している最中ミヤちゃんはと言うと今は彼と一緒にいなかった。どこにいるかと言うと造船所の近くでお留守番して1人鍛錬を行なっていた。
「・・・・・・・っ!」
迷宮の中では加減するように言われていた短剣1号と2号を最大出力で業火と氷壁が同時に現れる
「!!!」
さらに炎と氷の斬撃が飛び、空気を焼き、空気を凍結させる急激な温度と気圧変化。溶けた氷が急激な熱に触れる水蒸気爆発。それを押しのける斬撃が飛び、炎、氷、爆発の連鎖反応を起こすかのような怒涛の嵐。
「・・・・」
なおミヤちゃんは対人戦で想定したもので、向ける相手は勿論クラリオンである。
そして斬撃が止まり、周りが静かになると煙からミヤちゃんが出てきた。
「・・ん、できた」
あんな激しい中でも無傷のミヤちゃん。しかし彼がその場にいたらミヤちゃんの姿に啞然とするか絶句するかもしれない。
「まだかいぜんのよちあり」
ミヤちゃんは新しい何かを身につけたようだ。
「・・・けど。まだ・・・」
いつかクラを超える、クラをちゃんとさせ、ちゃんと皆と一緒にいさせる、あと日頃の鬱憤解消。そんな思いで強くなろうとしてきた。
それでも未だに彼に勝てるイメージが湧かない。しかし物理なら押し切れるところもある。勝てるところはある。勝機はある。けど。
「クラの本気・・」
今まで彼の本気を見たことがない。一生懸命やっていようが本気でやっていようがそれは限定的な中で出せるものばかり。腹の中で渦巻く底知れない何かを見たことがない。
彼に勝つと言うのは全力を出した彼に勝ってこそ言えるものだ。
はたして本気になった彼に今の自分で勝てるのか・・。故に。
「もっと先。クラより先に」
ならば一つを極め、本気を出した彼にも届かない一撃を当てる。これが彼に勝つ考えだった。
なおミヤちゃんに心境を聞く機会があった時に彼は「一つの武を極めようとかそう言うのは聞くけど、え?自分そこまで恨まれることした!?」
と、ただ自分に勝とうする執念が宿敵か何かと思うぐらいだったことにちょっと引いたらしい。
そして・・・。
「う~ん、速度設定はこんな感じか?」
『大雑把な気がしますが』
「仮設定仮設定。どうせどっかで調整するし、今日は切り上げてミヤちゃん拾って帰るか」
『そうですね。時間的にも頃合いですし、帰投します』
今日の試験航行を終わらせて帰投する。その最中に・・・。
ピピーーーー。
謎のアラーム音が鳴る。
「え?何これ?え?知らんアラームが鳴ってるんだけど」
『これは通信装置のおまけで追加してみた試作魔力傍受装置(仮)です』
「え?何それ?」
『通信装置の記号式にその部分を組み込んでいたんですが、気付いていなかったんですか?』
「いやさ、アイの指示した記号式複雑過ぎて、深く考えずに丸写しで書いてたから」
『記号式勉強していたらしいですが活かされてませんね』
「うっさい」
若干呆れられたがアイは気を取り直して説明した。
『要はそれは魔力を周波状に放ったり、放たれているのを電気信号に変換させるものです。私は魔力が感じ取れないので機械的に認識できるようにと。ただ試作や仮とあるように精度が低い簡易的な物ですが』
「なるほど、どんなものかは分かった。それでこのアラームの意味は?」
『恐らく魔力が一定のシグナル周波を感知したアラームです』
「ん~・・つまり何処かで魔力を使っているのを感知したと?」
『そうなります』
こんな人類未踏の地で魔力反応。人・・じゃなくてモンスターが放ったものとか?と思っていたが。
『恐らくこれは人によるものです。周波パターンが100近く検出しました。魔力を使った連絡を大規模で行なっていると推測できます』
「ん~~・・。場所は?」
『先ほども言いましたが簡易的な物で距離までは計れません。あくまで感じ取ったとしか』
「ふ~~む」
規模は大規模。場所、距離不明。今見える位置からしても何か見えるような物は・・ない。
「町の方で何かあったかな?」
『教会の通信装置に連絡取ってみますか?』
「そうだなー。でも誰か気付いて取ってくれるかな?あ。でも与吉なら気づくか?」
シルル教会には中継器を複数利用した遠距離通信が可能がどうかをテストで置いた通信装置がある。今は何かあった時の連絡装置として置いているが、彼以外はあまり出入りしない工房室にあるのだ。
それでも試しに通信してみると・・・。
プルルルル・・・プルルル・・・。ガチャ・・。
チ?
彼が予想した通り与吉が出てくれた。
「あ。もしもし与吉?聞こえてる?」
いや~与吉にも通信装置の使い方教えておいて正解だったね。
シルル教会の壁の隙間や天井裏には与吉の移動用糸が張り巡らされており、通信装置にも繋がれているのだ。そして通信装置が動くと振動が糸全体に伝わって、与吉が糸に触っていれば気づく仕組みを施していたのだ。
それで町に何か変化ないか聞いてみるが・・・。
チ?チッチチ。
「そうか~ないか~。あとミルティア先生いる?変わってほしいんだけど」
チィチ~。
それから少しすると。
「はいはい。何かあったんですかクラリオン君?」
「実は・・」
とりあえずあったことを話してみるが、町はいつもと変わりないとのこと。
ふむ、記号式や装置に不具合があるわけじゃない。距離に関しても遠方の拾ったとしても今まで何も引っ掛からなかったのもおかしい。あり得るとしたらこの未開拓地で自分以外にも人がいるか、町の付近で何か動くようなことがあるぐらい・・・。
判断材料が少ない中で、試作魔力傍受装置(仮)とやらが何を感じ取ったのか判断が難しい。
「・・ミルティア先生。皆教会から出ないようにお願いしてもらっていいですか?少し周りがきな臭い動きしてる連中がいる、かもしれない」
「クラリオン君考え過ぎじゃないですか?・・って言いたいですけど、今から帰って来るんですね?」
「うん、ミヤちゃん連れて帰ってくる」
「・・はぁ。だったら早めに帰って来るように。それならいつも通り皆教会にいますから」
「うっす。あとまた与吉に変わってくれない?」
とりあえず安全に越したことはないな。
話しを終えて与吉に通信に戻すとミルティアは・・・。
「本当に何かあるんですかね?特に何も起きてないし。でもクラリオン君のことだし・・・」
問題を起こす起因は大体彼から発生する。何かやった後なのかやらかす前触れか。だけど何か隠していると言うより何か真面目に考え込んでいる雰囲気にミルティアは。
「とりあえず何かしでかしたと言う方向で、皆に伝えますか。備えあれば憂いなしと異世界の言葉がありますし」
信用が無いので悪い方向へと解釈し、メルダー達には彼が帰ってきたら逃げられないように待ち構えるような体勢でいようという事になった。
それで彼は言うと・・・。
「あ、与吉。悪いんだけど部屋にある仕掛け机の・・そうそれ、それ起動させて前に教えたあれを・・そうそう、やっておいてくれない?あと部屋のお金全額使っていいからいちよ食糧とか買っておいて・・あ、うん、欲しい物あれば買っていいけど無駄使いしちゃ駄目よ?」
与吉に一通りお願いし、通信が終わると与吉はサクッと行動する。
まずは彼が言った仕掛け机。
チッチ・・。
机の右端を2回、左端3回軽くノックする。そして・・・。
チッチチ、チッチ(潤滑油はゴマ油だ)。
音声パスワードなのか与吉が発すると机に光りと記号式が浮かび、仕掛けられたギミックがガチャガチャと音を立てると卓上が何かの操縦盤へと変形した。
それに与吉は「え~っと」と言う感じでボタンやらレバーを触り、設定を終えると今度は机の上に文字が浮かぶ。
『防犯システムをレベル5に変更。全条件解除。モード「エクストラ・ホーム・アヴァロン」になりました』
これは侵入してきた、しようとする泥棒の迎撃度合いを行なう操作盤。
今まで武器や記号式を作ったり空船建造していた中で、息抜きがてらに発想・着想の役に立てないか、記号式や作った物や武器を組み合わせられないかな~と思ってたら余興と勢いが乗って「こんなのもあっていいよね」『この記号式ですが空船に使う前に動作を試したいのですが』とちょくちょくその場の思い付きで教会に仕込んでいた迎撃装置があったのだ。
しかしこのような仕組みは彼と与吉とアイ以外は全く知らない。
チチィ・・。チ~・・チッ!
そして設定を終えた与吉は何買うかを決めると早速部屋にあるお金を掴み取り、教会から抜け出すのだった。
「よし。これで教会は大丈夫だろ。まあ与吉もいるし、そう簡単に侵入は出来ないな」
『ただあれは未調整が多いのでは?まともな敵味方識別が出来ていないのに拝礼で来た人ヘッドショットですよ?』
「・・・まあ、そんな礼拝に来る人いないし・・大丈夫だろ、多分。それより急いでミヤちゃん回収して、このまま町に向かうぞ」
『しかし駆逐艦を時速400㎞出して帰宅するとしてもいつもより時間掛かりますよ?早めに帰って来るって約束して良かったんですか?』
「・・やっべ」
些細な約束事でも破れば、それはもう色々と言われる事が目に見えて信用が無い彼。急いで再度シルル教会に通信するも与吉はいなく、ミルティアも工房室から離れて誰も出ず。それに彼は「ああ~」としか言葉が出なくなったとさ。
こうしてこの日、アラドス連合艦隊は出撃に向けて、彼らは編成したばかりの駆逐隊、吹雪・白雪・初雪・深雪をオヴェスト・トレンボに向けるのだった。




