2.5話 トイレ事変
これは門番の老兵とのやり取りが終わった後のこと。バーバリエ宿屋であった出来事の話し。
「あ。クラリオン君。お昼いなかったけどお出かけしてたの?」
老兵とのやり取りを終えた彼は、今後の生活の為に拠点となるバーバリエ宿屋に戻って来たのだが、ロビーフロントで昨日の夜に出くわした女性に偶然出会う。
「何故名前を知ってる・・」
「昨日紙に色々書いてもらったでしょ」
「あ~書いたか」
昨日の書いた用紙に名前を書いていたのを思い出す。
「それでクラリオン君!また泊まるかどうか聞いておきたいんだけど!」
やっぱり昨日の夜から何も変わってないわこの女性・・・。
「それで昨日泊まった部屋じゃなくて違う部屋にする?それより何でクラリオン君一人なの?家族は?どうしてこの町に来たの?まずはそこから知りたいな」
言葉の最後にウィンクを入れる。
「・・・。まず部屋の広さと料金を教えろ」
「え~~」
多分教えない方がいいだろうと話しを戻した。
「一番安いのは昨日の簡易部屋だけど最低限のグレードなら4バレル。あと20~40バレルの高いところもあるけど。今は4バレルと40バレルところしか空いてないわね」
たっか。
話しを聞く限り今の金額が一日前払いの料金になるらしい。そして今の彼の手持ちが5バレル。これから色々と物を揃えていくのを考えると昨日泊まった部屋をしばらく借りるしかない。
「じゃあしばらくあの部屋でお願いします」
「え?あの部屋!?それじゃあ狭くて一緒に寝れないじゃない!?」
「ん?」
今変なこと言ったぞ・・・。
一瞬身構える彼。
「え?あ!?ち、違うのよっ!?」
「・・・・・」
「ほ、ほら。昨日は聞かなかったけど。子どもが一人で来るなんておかしいじゃない?」
「・・・まあ、確かに」
「だから本当は誰か一緒にいて、それであの部屋で寝るには狭いんじゃないかな~って思うじゃない?」
「ん~。ん・・、確かに」
腑に落ちないが間違ったことは言ってないから、納得はしないが納得しておく。
「そういうことにしておこう。それと自分は一人宿屋でいい」
「えっ!?それじゃあ一緒に寝れないじゃないっ!?」
もう何となく分かってはいたが確信した。こやつショタだ。
「あ!?ち、違うのよ!?一人が寂しいかな~て、ね?ね?」
「・・・・・」
「あ~あと私はアスラって言うのよ。自己紹介遅くなっちゃったけど。てへ」
「・・そうですかアスラさんこんごもよろしく」
この場を去ろうとしたが。
「あ。待って。また泊まるんだったらまた紙に書いてね」
再び受付でまた抱っこされた。
「あとあと!私の事アスラお姉ちゃんって呼んでね!私はクラ君って呼ぶから。これは副オーナーとしての命令よ」
「・・・・・」
副オーナーって大丈夫かよ・・・。
そして夕方、ある事件が起きる。宿屋の人からトイレの場所を聞き、トイレに向かおうとした時だ。
「トイレ~トイレ~っと・・・」
サバイバル生活と違ってここは文明の町。トイレの度にお尻に優しい葉っぱが欠かせなかったが、もうそんな必要はない。素晴らしかなトイレ部屋~。
ノックをして誰かいないか確認するとさっそくトイレの中に入って用を済ませた時、彼はやっと気づいた。
「ぬかった。まさかお約束に嵌まるとは・・・」
紙が無かった。まさかこんなベタな展開にハマるとは彼自身も思ってもいなかったようである。
「壁の横にある紙引っ掛けるアレがない時点で普通気づくだろ、自分よ・・・」
トイレットペーパーを引掛けるアレ自体無いことから、一般的に紙で拭くことはしないらしい。しかもトイレの構造は簡易的で箱の上に座るものを置いただけのもの。水洗トイレでもボットン便所のようなものでもない。
「待て。出した場合どう処理するんだ・・」
紙があったとしても残る疑問を考える。
宿屋の人が定期的に見回って回収するとか?
「いや、それよりこの状況をどうすれば・・・」
そして思い浮かぶ妥当案としては。
「まずこのパンツ」
正確にはブリーフ。まあよく聞く常套手段ではある。しかし彼にパンツの予備はないので保留にしたい案である。あとは加減が難しい『コォーラ』で直で当てるか、恥を忍んで人を呼ぶか。付けたまま脱出を試みるか。さもなくば潔く自害も考える。
「あとはトイレの中にある物でどうにかするとか」
狭いトイレの中はこれといった物は置かれてないが、後ろ棚に小さな瓶がある。
「これはただの瓶だし・・・ん?」
とりあえず触ってみたら重みがある感覚。
「何か入っているな・・黒い石?炭?」
消臭剤?
とりあえず石を一つ手にする。
「やっぱ消臭剤かな~これ」
やはりトイレの中で使える物はなかった。
「やはりパンツを生贄にしないといけないのか」
そんな悩む声にちょうどトイレの前に人が立ち寄った。
「もしかしてクラ君?どうしたのトイレの中でうめいちゃって?」
救世主が現れた。
「ア、アスラさん!」
「アスラお姉ちゃんでしょ?」
んなこと知るかっ!っと言いたいところ今はそんなことは叫ばず。
「アスラ様!実はトイレに入ったのはいいんですが、アレがなくてアレなんです」
事の経緯を話し願いをかける。
「あれ?もしかして無かったの?」
「悲しいことに何もなく・・」
「分かったわクラ君!すぐ持ってくるねっ!」
彼に救いの手を差し伸べ、迅速に行動に移すのはまさに救世主。しかし話しの流れからして、拭く物は普段から常時されている様子。偶々運悪く無い時に入ってしまったと思ったわけだが・・・。
「クラく~ん!持ってきたよ!」
「神の救いの手が今まさに。ありがたや」
ドア越しに手を合わせて頭を下げる。
「はい。お姉ちゃんと呼ぶように」
ドアを少し開けるとアスラが手を出してくる。しかしその手に持った物を受け取ると彼の顔は真顔で無言になった。
「じゃあお姉ちゃんお仕事戻るね。あとでちゃんとトイレに補充しておくから」
「え?ちょ・・」
そう言って立ち去るアスラに彼は引き止めようと思ったが、受け取った物の衝撃が強くてすぐには声に出せず、アスラを行かせてしまう。
「・・・これは・・嫌がらせか?それとも常識?」
受け取った物にどう捉えればいいのか整理がつかない彼。何故なら今彼が手にしてるのは石だからだ。しかも瓶に入っていた同じ石。異世界に来てからここまで衝撃があったことはなかった彼である。
「待って。ねえ待って。ちょっと待って・・・。今、自分の常識が分からない」
本当にどう捉えればいいのかここまで真剣に考えさせられるものはない。この異世界でトイレしたら石を渡されるなんて誰が想像できるんだろうか。どんな異世界トイレネタでもこんな事案はそうないだろう。
そしてしばらく悩み・・・。
「・・・・・・・・・・・・」
どう考えようと彼には選択が二つしかなかった。パンツか石か。しかもどちらも選んでも犠牲は大きい。
そして決断を下し・・・。
「・・・・・・」
犠牲を払い、つい先ほど彼は無言でトイレから出ることに成功したのだった。
彼がこの世界の特殊なトイレ事情を知るのは、もう少し先の話しになるのである。
ではここで話題を変えて黒い石の正体について話そう。
あの黒い石は通称トイレ石。また黒石なんて呼ばれる。この世界で使われるトイレに使う物だ。
使用方法はとても簡単。このトイレ石は指で簡単に砕け、黒い煙がムワッと発生する。そしてその黒い煙に汚物と尿が触れるとあら不思議。綺麗に消えて無くなる不思議な魔法の石なのだ。故に皆お尻の近くで砕いて煙を出して使う。なお彼はこの使用方法を知った時に『初見殺しの石』と命名した。
また座薬タイプも存在する。物によって数日トイレに行かなくてもいい生活ができ、戦闘時のトイレ中に狙われない心配事が減り、下痢でトイレの行き来が無くなる優れもの。ただし売れ行きはあまり良くない。
その後・・・。
「誰だ!消してない奴はっ!」
トイレに誰か残したモノとパンツが発見されたそうな。
本編の書き直しで没にした内容の話しをもったいない精神で、強引に書き直したものです。
多分こんなのもちょくちょく出てくると思います。




