第7話 チーチーチチチチ。チーチーチチチチ。チーチチーチ。チチチ。
前回の話し。武器製作に必要な技術を会得するため、パレス工房とギルドの面々から、頼まれ事でフェリカと共に迷宮に潜ることになった。その過程でバンパリアを倒すも、道中に蜘蛛型モンスターのハエトリグモに出会った。
チ。
「あらやだカワイイ。これ絶対癒し系だよ」
「あんたどうすればそんな観点で見れるのよ・・・」
彼ら二人の目の前に現れたのは、デフォルメされたかのようなモッサリしたハエトリグモ。
突然の遭遇に彼はよく観察して静かに近づくと・・・。
チッ!?
一気に両腕でガバッと確保した。
「おお~・・。うむ、大きさといい、重さといい・・・」
懐で抱えると丁度ジャストフィットしたのか可愛がり始める。
「あんた・・素手でモンスター捕まえるようなものじゃないのよ」
「え~こんなに大人しいのに?」
「いや、思いっきり暴れているけど」
チチチチチチチチ・・・。
突然捕まえられた蜘蛛は前脚を上げて激しく横に振って威嚇していた。
いちよフェリカは迷宮にいるモンスターは把握しているので、特に問題ないモンスターだから彼を止めはしなかったのだが。
どうして蜘蛛を可愛いと見えるんだか。
「だけど私達が引っ掛かった糸はこの蜘蛛の糸じゃなさそうね。捨て網かしら?」
*捨て網とは、蜘蛛が糸で網を張った罠を捨てて他の場所に移動して残った罠。特に覚える必要はない。
「ヤバい。可愛い過ぎる」
「はあ・・。いいからさっさと捨てて来なさい」
「ヤダ。この子飼う」
愛着が沸いたらしく、駄々をこね始めた。
「子どもかっ!あんたは!」
「子どもだよっ!見よこのつぶらな瞳!こんな目で見られたら心にくるものがあるでしょっ!」
まだ脚を振っている蜘蛛をフェリカの前に見せつけるが。
ブシャ!
出会った序盤から戦争待ったなしのべっとりした糸をフェリカの顔に吹きかける。
「Oh」
これには彼もohとしか言葉が出なかった。
「・・・そこの2匹そこへ直れ・・」
「え?自分も?」
そして蜘蛛はさっきより懸命にチチチと脚を振り始める。
その後・・・。
「で?いつまでそうする訳?」
「懐くまで」
とりあえずフェリカから無事一人と一匹は生き残った。今はゆっくりボードを進ませながらアラクニードに向かっている。
いや~、共通の敵から生き延びたのかちょっと仲良くなった感あるな。
少なくとも彼に対しては威嚇しなくなった。ただしフェリカが視線に入ると懸命に威嚇している。
「はあ~。なんで子どもはこういうの拾ってきちゃうんでしょうね~・・」
「よし。お前の名前は与吉だ。与吉お手!」
しかしそんなフェリカの言葉を聞かず、着々と愛着度を上げてきている。
「アラクニードに着いたら放しなさいよ」
「え~」
それから少しして長い道のりを進めば・・・。
「見なさい。あれがアラクニードよ」
「おお~あれが・・って!なんだこの広さっ!?広っ!!」
チ~・・・。
進んで広い場所に出たと思ったら、想像以上の広さ。地平線先が見えるとまでいかないまでも先が10㎞に渡る巨大な空間。天井のまでの高さも数㎞もある。しかも空間の中央には巨大な白い塔が天井まで伸びているのが見える。
「あとなんか見えるな。白い・・塔?あれがアラクニードか?」
「そうよ。かつて超ジャイアント種の蜘蛛を倒して、巣にしてたところを迷宮の中継地点として使っているの」
他にもアラクニードは冒険者ギルドと迷宮攻略を視野に入れてる国の軍が配属されており、冒険者ギルドと軍属の両方で運営がされている。
「は~。こんなのを巣にしてるモンスターを・・。一体どこの地球防衛軍だろ」
倒した時にEDF!と叫んでる光景が目に浮かぶ彼である。
「ここも下層に続く大穴の道だったらしいわ。だけど昔に起きた落盤で、幹線でしか通れなくなったの。おかげでアラクニードの輸送は大変なのよ」
そんなうんちくを聞きながら彼はその光景にただ見とれるばかり。
「ん?フェリカよ。あの巣から伸びている糸は?」
あちらこちらにアラクニードを中心に糸が無数に伸びているのが見えた。
「渡り糸よ。あの巣を中心に昔、蜘蛛型のモンスターが糸引いていたの」
まだアラクニードのモンスターが討伐していた頃は、その糸を伝って蜘蛛型モンスター達が巣から行き来していたのだという。今は冒険者が糸にフックを掛けてアラクニードまで、滑って移動する手段として使われている。
「あれ使ってみたい!」
説明を聞いた彼は目を輝かせている。
「でもこの板の方が速いわよ?」
「いや。こんな楽しい物があるのなら!遊んでみたいというのが世の情け!アスレチックは大人も子どもも関係ない」
「はぁ。どうして皆はこれを楽しんで滑れるのかしら・・・」
この渡り糸を楽しんで滑ろうと思っているのは彼だけではなかったようである。
「それとその蜘蛛本当にどうするの?」
「死ぬまで一緒」
彼が与吉と命名した蜘蛛は、今は彼の頭の上に乗って特に逃げる様子も無かった。そんな頭にチョコンと乗っている与吉にフェリカは話しかけてみる。
「こんな奴といてもいいことないわよ。逃げた方が絶対長生きするわ」
チ?
それを聞いた与吉は、ゆっくりと前脚を上げて威嚇・・・ではなく・・・。
ブシャ。
フェイクからの糸を吐きつけ。
「・・・・・・」
「oh」
顔面糸だらけになったフェリカは低い声で剣を引く。
「2匹覚悟はいいか・・・」
「まさかの2度目?」
で・・・。
「それじゃあ行くわよ」
「うぇーい」
たんこぶ2つある彼はテンションが低い。与吉を庇った為に2発受けることになった。
「あんた、それでフックとかロープとか道具あるの?」
渡り糸で移動するには糸にフックとロープでターザンロープのように渡るのだが、彼は何一つそのような道具は持ってない。しかし。
「大丈夫。今から用意するから」
そう言って与吉を頭から地面に降ろすと怪訝そうにフェリカは見つめた。
「いーとまきまき。いーとまきまき。ひいてひいて。トントントン・・・」
歌いながら繰り返し行う動きにフェリカも「まさか」と彼が何をしてるか何をしようとしてるか嫌なほど分かり始めた。
チーチーチチチチ。チーチーチチチチ。チーチチーチ。チチチ。
また繰り返し歌っていたら何故か与吉も一緒に歌い出す。
そして与吉から出された糸で自作ロープが完成。
「うん。いけるっ!」
細いながらも蜘蛛の糸の丈夫さは、理化学的にも証明されているので心配してないが、滑る時は足元にボートを浮かせておくように待機はさせておく。
切れて落ちるのは嫌だしな。
「糸に糸を引っ掛かけて~。よし。これで行ける。与吉行くぞ!」
チチ?
よく分かってない与吉を再度頭に乗せれば、お手製ターザンロープで滑りに行く。
「おお~、滑る滑る~~~」
「ちょっと勝手に行かない・・っ!ああもうっ。これだから子どもはっ!!」
フェリカもフックとロープ用意して彼の後を追う。
「これでアラクニードまで一直線か。しかしこれ何mあるんだ?」
彼が使ってる渡り糸は数㎞も距離がある。4,5分は滑り続ける長さになっている。
「あんた。少し速度を落としなさいよっ」
「どう落とせと・・」
チ~~。
そしてアラクニードに到着すれば・・・。
「本当に圧巻の一言だよな~」
チィ~・・。
遠くからでも見えた天井まで伸びた白い塔は、近づくにつれて分かったのが壁が全て糸で編まれた壁であったことだ。
まあ蜘蛛の巣って言っていたから当然だけど・・。
触ってみると弾力があるが、相当厚い糸で覆われているのが分かる感触だった。
「あんま触らない方がいいわよ。絡まると簡単に取れないし切られないから。あと火にも強いから燃えもしないわ」
「こわっ」
すぐに彼は手を引っ込める。しかしさっきから少しフェリカの様子がおかしかった。どうも何かソワソワしてる感じがあった。そしたら今までの態度とは違った感じで、彼にあるお願いをしてきた。
「あのね・・。ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら・・・?」
「お願い?」
チ?
アラクニード『休憩所』。そこは簡素な作りだが小さな町が形成されており、お店なんかもあったりする場所で、そこで軽食をしていた冒険者2人がいた。
「おいなんか向こう側が騒がしくないか?」
「確かに騒がしいな」
「見に行ってみるか?」
「ああ、一休憩もついたしな」
店を出て騒ぎの場所になっているところに向かうとそこにいたのは・・・。
「はっ!さっきから攻撃が効いてないのが分からないのかね?フハハハハ」
「こんっ・・のっ!一発だけでもーーっ!!」
騒音の中心には2人と一匹。結構派手にやっていたのか周りには人だかりができている。
「なあ一体何が起きているんだ?」
近くの人に聞くと。
「2人で喧嘩しているだよ。それが凄くてさ」
「なんだ喧嘩か」
「だったらまだ店でのんびりしていた方が良かったぜ。どうする?戻るか?」
「そうだな」
「いやお前らも観て損はないと思うぞ。本当に驚くぜ」
別に冒険者同士の喧嘩は珍しくない。しかし見物人に面白いと言われれば、2人も人混みの掻き分けて見える位置まで移動してみた。
「その程度で我がスキルが抜けるかな?フハハ」
「このっ!『エアトル』『エアトリル』『エアアクトラル』!!」
風魔法の初級、中級、上級の3連撃。そんなのをぶっ放しているのはもちろんフェリカ。そしてそれを笑いながら防ぐ彼と頭の上で威嚇する与吉。そんでもって・・・。
カン、ギュイン、ピチューン。
と、変な音で全て弾いていた。
「なんで変な音が出るのよ!?」
「ふむ。それは『SE音変換』というスキルで攻撃を弾く音を変えているからだよ」
「何よそれっ!?」
「いやホント音をどう再現するか苦労したのよ。特に装甲に弾かれる砲弾の音とかさ」
「本当にっ!何言ってるかっ!分からないわよ!『ライセッカ』『ドウカショウジョウ』『エアランス』」
フェリカの周りに放電らしき雷に、砂埃が舞うように砂が浮き、それらが渦を巻きながらランスの形らしいものになっていく。
「すげぇ三つの複合スキルだ・・・」
「あの姉ちゃん只者ではないぞ!」
騒ぐ見物人。
「喰らいなさいっ!!」
彼もそんな様子を見ていれば威力のあるスキルだというのは何となく分かる。
雷で威力上昇、砂で物理力を上げて、風魔法でランス状にして貫通力を押し上げる・・かな?しかも風で砂が回されて静電気を起きて更に雷の威力を底上げ・・・だが。
「抜けぬわっ!本日初公演!我が鋼の防御スキル『空間装甲』『避弾経始』『摩擦調整』!!」
彼もまたスキルを展開していく。と言うかそのスキルのイメージをどっから持ってきた何となく予想できる。
「これでどうだっ!」
フェリカの渾身の魔法が放たてる。が、カーーーンと甲高い金属音が響く。
「ふっ。この程度であればスキルは一つでもよかったか」
「うそ。あれを防ぐのっ!?」
あり得ないとフェリカが呆然としているのに対して周りの人は「うおおぉぉぉ!!?」と声を荒立てる。
「あのガキ防いだぞ!?」
「しかもずっと一歩も動いないとか何だあいつ!」
「おい待て噂の荒稼ぎの子どもじゃないか?」
「それと悪い噂じゃミシャロ商会とつるんでいるらしい」
なぜかミシャロ商会と関係していると言われて更に周りが騒つく。
別にミシャロとはただwinwinな関係なだけなのに。あと最近モンホイって迷宮では御法度らしいのを知ったよ。何か周りの冒険者に迷惑しか掛けないからって。でもモンスターが来て楽に魔石が集まるから知ったところで愛用するけどね。
(なぜ迷宮では御法度な品なのに迷宮の町に売られているかは深く考えてはいけない)。
「くっ!だったら私の全魔力を注いでもう一度『ライ・・・」
もう一度攻撃しようとするが突如上から彼でもフェリカのスキルでもない光りが辺り一面に広がり視界が塞がれる。
「きゃっ!?」
驚くフェリカ。彼は「フラッシュか!」と慌てるも『空間把握』『サーモアイ』『音波アイ』『レーダーアイ』と多重にスキルを展開。
「そこの2人!争いごとは辞めなさい。これ以上何かするのであればギルド警備隊が相手よ!」
「その声フー!?」
「えっ?フェリ姉?」
その女性は会いに行く予定だったフェリカの妹フーであった。
共同塔ギルド棟にて。
共同塔。そこは軍属とギルドが共同で管轄する塔で、共同塔施設内にあるギルド棟、フーの部屋へと2人と一匹は案内される。
「・・・よくそれであそこまでの喧嘩になったわね~」
「あんなの食べてれば性格が捻じ曲がるわな」
「あ゛あ゛!?」
どうして喧嘩になったのか。ことの発端を簡単に説明しよう。
「ん~小腹が空いた・・。あれお店?こんな場所に?与吉、何か食べてみる?」
「やめなさい。そういうところは高いのよ。小腹減ったならこれでも食べなさいよ」
少しアラクニードの町をぶらつきながら妹のフーがいるところを目指している道中にお店に入ろうしたら、フェリカから代わりに異様に黒い何かを差し出された。
「これは・・」
「私お手製干し肉よ」
「・・・・・・」
それでも貰って恐る恐る口にしてみると・・・。
「ブァッハッ!!?」
一瞬で吐いた。
「何吐いているのよ!?」
「やっぱこれ・・。人が食べるものじゃねぇ・・・」
なにこの肉にあるまじき酸味と廃油と歯磨き粉のミント味はっ!?ミントのスースー感が僅かの酸味と廃油が口一杯に広がっていく・・!?これは人間が摂取してはいけないものだ・・・。
「何がやっぱよ。普通に美味しいのに。全くお子様舌ね~。」
そんな悶える姿にフェリカまだまだ子どもねと思った。
「なら与吉にも食わしてみろよ。味の選り好みなんかしないモンスターでも絶対吐くから」
「嫌よ。なんでモンスターにご飯あげないといけないのよ」
そう言うも彼は手に残った干し肉を「ほら与吉。あ~ん」と与え、与吉もチ~と口を開ける。そして・・・。
コォォォ・・・カーーー・・ペッ!!
「なっ・・」
「ほら与吉でも吐き出した!」
凄い口して懸命に口に広がる味をどうにかしようともがいた。それに彼は「そんな口臭する女であれば男もモンスターも寄らんわな」と、その一言に「あ゛?」と女の子に臭いは禁句だったのか、そこからずるずると罵り合いになり・・・。
「とにかくその程度であんな喧嘩はやめてねフェリ姉。私達ギルド職員なんだから」
「分かっているわよ。一発殴るだけで終わらせようと思ったんだけど、こいつ変に弾くからついね」
「子供に振るう威力じゃないよあれ。えっとご職業なんだっけ?自宅警備員?」
「ふふ。ちょっと表出なさい。その口、あんたの手で塞いでやるわ」
「うわ。子どもに言う言葉じゃねえ」
「はいはい。そこまで」
そこに割って入るフー。
「で?喧嘩の理由は分かったけど。フェリ姉、その子だれ?あとなんでフェリ姉がアラクニードに?と言うか二人だけでアラクニード?」
「まあ色々と地上であったのよ」
面倒くさいこと押し付けられたな~と改めてフェリカは思った。そこに彼は簡単説明を入れる。
「フェリカ妹フーよ。そう我こそは!最近巷で有名なクラリオン!この度迷宮中層に用があり、愉快な仲間引き連れて~、ここに来たのは休息と、今に至るや内は揉め~~」
「と、変なリズムで歌ってる馬鹿だけどいちよ有能株よ」
「この一瞬でふとイメージが沸いて即興してみたんだけど。自分も何か足りないな~って自覚はあった。未熟ですまん」
それにマジなの?とフーはフェリカを見る。フェリカも「うん、まぁ」と控えめに頷く。しかもその後、与吉が彼のリュックをガサゴソしてイモリの串焼きを頬張っているのを見つけると「おやつがぁぁああああーーーーーっ!!」と悲痛な叫びをあげる。
因みに彼は珍しい物は食べてみたい派である。故にフェリカのお手製何かを食べてみた理由でもある。
「とりあえずクラリオン君ね。だけどフェリ姉。二人だけで迷宮は危ないわよ。良くアラクニードまで何事も無かったわね」
「フーも見たでしょう。あの浮かぶ鉄板。あれが意外にも速いのよ。おかげで寄り道しても一日掛からずアラクニードに着いたのよ」
共同塔の道中でも彼はボードで移動するのをフーの前で見せていた。
「ん~浮遊石でも使っているのかしら?」
「あんまり詳しいことは知らないわ。あと私、少し横になるからベッド借りるわね」
そして「あ~」と言いながらフーのベットで横になる。
「ちょっと。だから一体何の用で来たのよ!?」
「あいつに聞いて。正直少し疲れているのよ。さっきの喧嘩もだけど、あの鉄板にずっと座るのもキツイのよ。次から何か敷く物が欲しいわ~」
で、そんな彼は・・・。
「・・・・・」
与吉からおやつの奪取の際に足の小指を家具にぶつけ、床にうつ伏せ中。そしてその上に与吉が乗っかって食べ終わった串が散乱する。
「本当に何しに来たのよ・・・」
それで・・・。
「でな、自分はこの瓶にバンパリアの血を溜めたいんだけど、全然溜まらんのよ。あとついでに余裕があったらフェリカ妹を拉致してこいってトクガワに言われてる」
「あんた本人の前で全部話すんじゃないわよ」
「だって捕まえる余裕なんてないじゃん」
「事情は把握したわ。まあ元から分かってたけど、本当に余裕はなさそうね」
色々と諸事情を包み隠さず話す彼。フェリカもあまり止める気配は無かった。
「それと話し聞く限りクラリオン君が持ってる瓶ってタンク瓶じゃない?」
「何それ?」
「待って!タンク瓶ってあれのこと!?」
フェリカは驚いた顔でフーを見た。
「だからそれ何よ」
それにフーは彼に教えた。
「記号式が組み込まれて、沢山の物が入れるようにした瓶よ。結構色んな所で使われてるの」
「でもタンク瓶なら普通はもっと大きいわよね?それが小瓶でタンク瓶なら・・・」
フェリカはどれくらいの血を集めることに協力させられることになるのか想像すると「うわぁ」と嫌な声を出す。
それを確かめる為に彼は自称美男子のお兄さんから預かった青い瓶をフーに見せてみると。
「あ~うん、間違いなくタンク瓶だね。しかもこれ結構高性能かも。小さくても多分100体分は要るんじゃないかな?」
そして自称美男子のお兄さんとの約束の言葉と思い返す「迷宮の竜バンパリアの血を瓶いっぱい入れて来てほしい」と。そこに瓶いっぱいにと量は明言されていない事実に。
「あのクソ美男子っっ!嵌めやがったなっ!!」
そのクソ美男子はと言うと・・・。
「んっ。なんかクシャミが出そうになったな。もしや彼が気付いた吉報かな?」
「何言っているですかマエストロ。それよりこっちの欠品書にもサインお願いしますよ」
「ん?ああ。その欠品は大丈夫だ。近いうちに補填されると思うからね」
彼らに戻り・・・。
「まあクラリオン君についてはまだ良く分からないけど。だからって二人で迷宮は危険でしょうに」
「大丈夫よ。一人でも帰れる自信はあるから」
ベット横に置いてあった本をフェリカは読み漁り始める。
「ちょっと人の本勝手に読まないでくれる?」
「しかしまあ。捕まえる予定の自分達の前でよく堂々といられるよな。何故逃げないのか割と不思議」
妹のフーに会ってからちょっと彼は疑問に思っていたことだ。しかしそれにフーは何か自信があるようで、フェリカはため息交じりで彼にこう答えた。
「もう四回捕縛チームを派遣したわ。目の前にいながらその四回全て逃げて切りやがった我が駄妹よ」
「ふっふっふっーーー。私に意図がある人に反応する記号式、瞬間移動用の記号式がアラクニード全体に配置されており、この部屋からでも逃げられる自信があるのだ。どう?凄いでしょう?」
うわ。何か凄いサーチシステム構築してるな。と言うかたまにこの異世界で記号式って聞くけどなんぞそれ?
しかしそんな疑問は後回し。
「その努力をどうして他のところで発揮しなさいよ。んで、そこらの人じゃ無理そうだから実力ありそうな人をって思っていた矢先にあんたが現れたのよ」
「そんな理由もあったのか」
「まあ今回はこいつの手伝いがメイン。連れて帰れたら御の字よ」
「自分もぶっちゃけバンパリアの血100体分と聞いて、フェリカ妹にかまってる余裕はないと考えを切り捨てた」
そしてフェリカと彼は、この先の問題について話し合う。
「それでどうするの?100体分の血を集めるなんて、こっち聞いてないわよ?大体16日ぐらい潜る算段だったんですけど」
*迷宮中層まで片道6日。彼とギルドの用事に4日と計算して16日ぐらいが妥当と考えていた。
「こっちも聞いてないわ。が、まあ手段はある。ただやっぱ量と時間がな~。ん~バンパリアって中層ではポピュラーなモンスターなん?」
「そんな沢山いるモンスターじゃないわ。10日歩き回って出会うかどうかじゃない?」
「なるほど。こっちはボードを生かした速度があるから、捜索関しては問題なしと・・」
「いちよ私は地上のギルドに連絡しとけば、予定より長く潜れると思うから問題ないわよ。面倒だけどね」
「ならアラクニードでしばらく活動だな。なんか冒険者ぽっくなってきたな」
今後の方針を決めると2人は早速準備を始める。
「じゃあとりあえずフー。私達ギルド棟で部屋借りるから」
「え?ちょ、ちょっと待って?え、泊まるの?」
「私はギルド職員よ。空き部屋ぐらい使っても問題ないじゃない」
「ええ~。だけどクラリオン君はギルド関係者じゃないし」
「あいつはいちよギルドの仕事も請け負っているからいちよ関係者。特に問題ないわ」
なお、共同塔は施設、設備、補給がしっかりされており、毎日三食ちゃんとありつける。それに彼と与吉もありつけるので「あざっーーす」と「チィーーース」と感謝の気持ちを忘れない。
共同塔連絡室。
「まさかこんな早く連絡が来るなんて思ってもないでしょうよ・・・」
小さくぼやくフェリカは部屋へと入る。中には人がいて「用件は何でしょうか?」かと聞かれると。
「指令書状よ。内密に」
一枚の紙を見せると紙に書かれた内容と最後にギルドマスターの印が押してあるのを確認すると、意味を理解して無言で部屋を出て行く。
フェリカは部屋の鍵を閉め、中にある二つの水晶の前に座る。
その部屋には双子水晶と言う距離通信ができるものが置いてある。片方が受信か送信の一つしかできない単方向通信である。お互い連絡の確認には双子水晶を2セット使って連絡するのだ。
「こちら共同塔ギルド棟。地上ギルド応答願えますか?」
『はい。地上ギルド通信問題ありません。ご用件をどうぞ』
片方の水晶には向こうにいる人の影が映った。
「ギルド内部クエスト。番号『2217』」
『少々お待ちを・・・・。内容確認しました。繋ぎ直しますのでまた少々お待ちを』
しばらくすると画面が切り替わるように今度はギルドマスターであるトクガワの姿が見えた。
『やあフェリカ君。まさか一日でアラクニードから連絡がくるなんて・・少し驚いたが彼の実力かい?』
「彼の魔導具かスキルのお陰か分かりませんが移動の足が速いのは確かですね。それより現状況で明確に言えることがあります」
『何かね・・?』
「彼の魔力値は異常です。戦闘での魔力の残留が濃すぎてモンスターパニックを引き起こしかねません。必要であれば・・・」
『駄目だ。彼はギルドに貸しがある。一部はその関係を黙認してるが、もしその最中で、さらにギルド関係で死亡したとなれば、周りからの不信感の払拭は難しい』
ギルドは彼に借りがある。一連の問題は彼自体が原因によるものだが、ギルドの職員と一緒に行動中に死亡していたとなれば、金銭目的の組織的な暗殺としか見えないだろう。そんなことになれば冒険者ギルドに多大な影響を及ぼしかねない。
『無用なことはしなくていい。彼の魔力が異常だとしても塔の観測では迷宮の魔力変動値に異常報告は受けていない。正常値で留まってるままだ。引き続き観察を続けてほしい』
「・・分かりました。それでは報告はここまでで、改めて分かったことは報告しておきます」
『ああ。詳細な情報を待っている』
そしてフェリカは通信室を出て行った。
「ん?どこ行ってたん?因みにこのベッドは自分が使うから!」
泊まる空き部屋で彼は、フェリカがいない間に自分の場所と言わんばかりにベッドに
自分の荷物を置いていた。しかもご丁寧に占領中と書かれた小さな旗まで立っている。
「はいはい。勝手にしなさい」
「よし与吉!あとハンモックだハンモック。完成したら与吉がベッド使っていいぞ!」
本当に楽しそうに騒いでいるわね。こうして見る限り年相応って言うのかしら?
しかし中身はいちよ歳良い大人なのはずである。
こうして次の日から彼とフェリカはバンパリアの血の採取に向けて準備を整えていく。
それで次の日。
バンパリアを探しに2人と一匹はボードに乗ってギルド棟から出かけて行った。そして探し回ること数時間。やっと出会ったバンパリアの群れを昨日の要領で倒すも彼の口からは嘆く言葉が出てくる。
「残ったのは4体かぁ~。はぁ~。倒した全てが残るわけじゃないの忘れてた」
忘れていたこの異世界の常識。モンスターは煙となって消えるのと遺体となって残る二つの死があることを。
最初にいた数は7体。その内3体が煙となって消えてしまったのだ。
「やっぱ結構時間掛かるかもな~」
「それであんた。昨日、手段があるとか言っていたけど、どうやって血抜きするのよ?」
「あ~それね。ちょい魔力障壁でバンパリアを囲むんよ。お~い与吉。ちょいとお退き」
与吉がバンパリアの上でチョンチョンしているのを降りてもらい、彼は魔力を放出し始める。
なお魔力障壁とは魔力の塊で防御するちょっとしたエネルギーシールドである。ただそれなりの魔力消費の割りに防御力は低いので使う人はいない。ただ魔力障壁は空間固定される為、一時的な足場に使用されることは少々ある。
「よし、この1体目から・・・」
まずはパンバリアを魔力障壁で囲み上げる。
魔力障壁の形って自由自在だから、これもかなり応用性あるよな~。むしろスキルなくても魔弾とこれだけでやっていけそうな・・・。あれ?スキルって必要?あれ?自分のアイデンティティーが生かされてなくない?
自分の漠然とした個性の有様に悩むも、今は仕方なく手を動かすの先であった。
「まあ、今はこれだな~・・」
完全にパンバリアを魔力障壁で包む前に空気を出来るだけ抜こうと空気の逃げ道を作り、全体に圧縮を掛ける。
「んん゛っ。流石バンパリア・・硬さだけはある・・・」
自然に手に力を入れて悶えながらするその光景に何やっているのか疑問に思うフェリカと与吉。しかしそのふざけた魔力の使い方にただただフェリカは呆れるしかない。
そして空気をある程度空気を抜き終えれば・・・。
「あんたもしかしてこのまま潰して、出てきた血を入れるつもりなの?」
大変なグロ映像を想像するフェリカ。
チ~チチ?チッチ、チ~~チチチ。
「与吉は何言っているのか分からないけど、とりあえずこいつら硬いのに簡単に潰せるわけないだろ」
「じゃあ何やっているのよ」
それに彼はフッと笑う。その笑顔にきっとろくでもないんだろうなとフェリカは感じた。
「気圧の実験」
そして完全密閉されたバンパリアの魔力障壁を少しずつ大きくしていく。
「小さくしたり元に戻したり・・何を考えているんだか」
チ~。
「空気を抜いて真空に近い状態・・っと言ってもまあ分からんよな~」
要するに生身で宇宙にパンッ!みたいな感じである。しかし実際は宇宙に生身でも簡単に破裂しないし、凍ったり、血液も沸騰したりしない。
だけどもし沸騰したり凍った血でも大丈夫かな?
ちょっと心配になるも・・・。
「まあいいか。こんな面倒なこと言ってなかったし、別に血以外も混じっていても」
そんな間にもバンパリアが戦闘で受けた傷から血がそれなりに流れ出る。
「よし・・以外にいけた。だけど・・ぐっ!」
今後は広がるようにと腕に力が入る。
「あんた別に腕に力を入れても変わんないでしょうに」
さっきから「ぐおお」とか「あ゛あ゛あ゛」と言いながらやる彼にフェリカは一言言った。
「レースゲームとか腕とか身体を動かしちゃうタイプだから無理っ!」
それから・・・。
「はぁ~~。絞った~~」
「1体から随分搾り取ったわね」
チチ。
取れるだけ取った血を魔力障壁を伝いながら青い小瓶に入るようしにて、とりあえず1体目の作業は終わった。
「本当にあれだけの量を入れても満杯にならいとは・・・騙しやがって。あ~腕痛い」
何かしらのスキルで血を採取できるスキルでも作れればな~。
試しても作れなかったから、こんな方法で血を抜くしかなかったのである。
と、まあこんな方法で35日間迷宮で過ごすことになった。本来であればその間の生活について色々と紹介したいところなのだが、長すぎるので割愛させてもらう。代わりに日ごとにあった出来事をダイジェストに伝えていこう。
「よーし今日は7体だ」
「ほらさっさとやる!」
「今日はダメだ・・・1体も会わねぇ」
「あんたがモスラモスラと言いながらどっか行くからでしょっ!?」
「だってモスラの歌が歌えるんやもん」
「与吉・・なんか少し大きくなってない?」
チ?
「あんたが他に倒したモンスターのおこぼれ沢山食べていれば大っきくはなるわよ。というよりテイマーとして育てるの?そう言う職業あるらしいけど」
「クラリオン君って全体的に子どもの雰囲気ありませんよね」(フー)
「ふっ・・。見た目は子ども。頭脳は大人!その名も名探偵コナソ!」
「誰よそれ?」(フェリカ)
「いけ与吉!糸を吐く!」
「遊んでないまでパンバリア捕まえなさいよっ!」
「ポケモ・・・いやモンスターバトルができると思ったんだが」
「テテテー!与吉は2レベルアップした」
「どこがよ?」
「目力」
「目が近いわっ!」
「見よ!与吉との完璧なコミュニケーションを手に入れた」
「一緒にポーズしているあたりで分かるわ」
「クラリオン君。最近ギルド棟の廊下に蜘蛛の糸が多いから掃除しておいてね」
「ふふ・・・」
「何笑っているのよ?」
「ちょっと字幕付き動画見てる。しかも迷惑かけないミュート設定。自分優しい~」
「は?」
「これで80体目だぁぁぁあああ!!」
「ようやく終わりが見えて来たわね」
「喰らえ一撃必殺の魔力レーザァァァアアアアーー!」
「消し飛ばしてどうするのよ!?あ~あ1体もったいない・・・」
「この歳になって・・・」
「あれは仕方ない漏らす時もある」
そしてついに・・・。
「100体とおまけ3体分・・」
「これで長かったクエストが終わったのね」
最後のバンパリアを倒し、青い小瓶が入りきらないと溢れるのを確認して、ようやく長かったバンパリアとの闘いは終わったのだ。
「これで最後ね」
「ああ。これで最後だ」
そして現在2人は借りていた部屋で荷造りを終えて、外に置いてあるボートに荷物の積み込みをしていた。
「2人共やっと地上に戻るのね」
そこにフーがやってきて別れの挨拶をしに来たらしい。
「本当ならもう少し早く戻れる予定だったんだけどね」
「そりゃ~バンパリア以外も色々と狩ったからね~。お土産が多くなったし」
迷宮の中を周っていれば珍しい亜種のモンスターに遭遇したり、貴重な部位やら色々と取れたのだ。それをお土産に普段お世話になっている人に配るらしい。
ん?普通に自慢だけど何か?
「まあフェリカ妹にも色々と苦労掛けたよな~」
そしてこれまでを思いかえる彼。
与吉がギルド棟に網トラップ作りまくって、フーがものの見事に餌食になること4回。彼が遊び半分で作ったビックリ箱が爆発箱になること2回。お料理が美味しくなるように隠し味にバロット(珍味に魅かれて地上で買っていた食べ物)混入事件等と色々あった。
「うん。本当に良くもやってくれたなクソガキって何回もあったね」
「うんうん。色々あったね~」
迷惑こそかけていてもそこは彼。お金に頓着しないから先に挙げた亜種のモンスターの部位やら食べられる部位などギルド職員に無償提供という形で、揉め事をやんわり回避していたりした。
「あとはうちの妹連れて帰ればいいんだけど・・・」
横でフェリカはフーを睨むもため息を吐く。これから地上に帰る二人なのだが、それでも警戒は怠っていない感じがある。
「正直あんたの首を引っ張るので手一杯だし・・はぁ」
「自分は与吉の世話も忙しくなったし」
チ?
フェリカは時より暴走する彼を止めなくてはならないし、彼は彼で与吉が割と思覚えが良かったので、モンスタートレーナーごっこにハマったりもしていた。
「あ。そうだ日頃のお礼にこれをあげよう。アラクニードで取れた人参」
「それ買ったの?」
「なんかアラクニードに農園あったらから珍しくってつい眺めていたらおじちゃんがかくれた」
アラクニードは土がいいのか地上より緑が育ち、農園があるのだ。
「いや、いらない」
「そう?この町だとお野菜高いのに」
それにフェリカはこいつの荷物は何で余計な物が入っているんだと細目で見る。
「じゃあこれは?与吉繊維~。与吉から生み出された糸を布状にしたもの~。防弾防刃におすすめの一品。今ならなんと与吉から直で生産サービスを受付可能実施中!」
与吉のお尻から糸を取り出し、いつでも作れるとアピールする。しかし蜘蛛の糸を使う発想がまだこの異世界にはない。だから余計に引いた目で2人は見つめた。
「うわ~~」
「あんた・・・」
「全く、お礼の品にケチをつけるとは酷い姉妹だな・・。ならこれはどうよ?」
と、別のを差し出す。
「これって・・」
「ああ。あれね」
それを見たフェリカには見覚えがあった。バンパリアの索敵の最中に偶然見つけたジオードと呼ばれる晶洞。鉱石は蛍石で緑色。しかも光らない方の蛍石である。
「しかもこれなんと魔石の結晶も一緒に付いてるおまけ付き。発見した時はちょっとびっくり。発掘できると知っていたけど魔石が鉱脈みたいに見つかるとは知らなかった」
「これ良い置物になりそうね」
「せやろ。この絶妙な大きさが丁度良いインテリアを醸し出すフィット感。そうそうありませんぜ」
「あんた時々言葉使いやら口調コロコロ変わるわね」
「そこまでキャラ付けこだわっていないので多様なのだよ。んで、あとはこの荷物を・・与吉~ここ、糸で固定お願い~」
チ?チチ。
与吉が分かったように前脚を上げる。
うんうん。与吉も色々覚えてきたな~。だけど物覚え良くない?
その知能の発達ぶりに色々思うところがあるが「まあいいか」と一言で済ませる。
「あとあんた。他の職員にも挨拶周りに行かないといけないんだからね。あんたが起こした問題やら事件やら、蜘蛛が糸吐きまくったりとか一番迷惑かけているんだから」
「え~・・って痛い痛いっ!?耳がっ!耳がぁっ!!」
「じゃあ挨拶回り行くわよ~」
無理矢理彼の耳を引っ張りながら他の職員に挨拶に行くことになった。かくしてこれで長かったアラクニード生活は終わるのである。
そして同時に最後に二人は残しておいた仕事を遂行する時でもあったのだ。
2019.11.20 一部誤字修正




