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誰かのいない4日目


 後に"悪夢の四時間"と呼ばれる人類史の一大事件があった。


 とある朝、地球に隕石が落下した。大気圏で燃え尽きることのないサイズだった隕石は、地球圏到達以前からNATA(次世代航空宇宙局)により探知されており、衛生ステーションに備えられた高出力レーザー装置によって迎撃の措置がとられていた。


 レーザー照射によって細かく砕かれた隕石は地球の重力に引っ張られ、大気の摩擦によって燃え尽きるはずだった。だが隕石はそのままの形を保ちながら地球の各都市にまるで狙ったかのように墜落する。


 ここから悪夢は始まったのだ。


「おはよー……」


 とある日の朝。何か大きな音で目が覚めた留音がリビングに出てくると、あの子がすでに起きて朝ごはんの用意をしていた。奥に真凛が見えるから、どうやら朝食作りの手伝いをしているらしい。気付いた真凛が焼いたパンを片手にいつも通りの挨拶をした後、こんな事を言った。


「凄かったですねぇ、さっきの地震。ごごぉーって音もして。それで目ぇ覚めちゃいました?」


「……じしぃんぅ?さっきの音はそれかぁ……」


 その話に興味を持ったのか、留音はおもむろにテレビをつけて、ニュース速報が入っていないかを確認する。一番真面目なチャンネルにあわせておけば情報が入るだろうとリモコンを置き、ぼやーっとテレビを見始める。


 そこへ西香があくびをしながら合流した。


「もぉぉ……なんですのぉさっきのは……人がせっかく気持ち良く寝ていたというのに」


 誰に見せるわけでもなかろうにあざといパジャマで登場する西香をよそに、留音がテレビを食い入るように身を乗り出して、今見ているのは特撮じゃなくてニュースなんだよな?と疑うように言った。


「なんだあれ……」


 テレビ中継はどこかの町に出来た大きなくぼみを映し出している。その窪みの中央には、まるで鼓動するかのように赤く光る奇妙な物体が置かれていて、留音が特撮のワンシーンではと思ったのも無理はない。


 テレビに映るリポーターが真剣に中継している。


「えぇ、ご覧ください、これが先ほど落ちたという隕石です。ここニュージャージーでは約三十分前に落下したとのことで、続くように世界各国で続々と隕石の破片が落下してきています、これを受けてNATAは正式に……」


 どうやら外国の町での話らしい。だが緊急速報のテロップが出るなり、日本のテレビスタジオに戻された映像から、スタジオにいるアナウンサーが何か紙を受け取るなり、ハキハキとした声でそれを読み上げた。


「……えー、たった今入った情報によりますと国内にも隕石が落下したようです。飛来物の周辺は専門各所による調査が完了するまでは近づかないようにしましょう。危険がある可能性があります……」


「隕石が落ちたのか……」


 テレビでの説明に驚嘆の表情でつぶやく留音。


「へぇっ、凄いですねぇ、なかなか珍しいですよね、燃え尽きないで到達することも珍しいのに、いろんな場所で同時に落ちてるなんて……」


 真凛ものんびりとそんな事を言っていると、テレビは再びリポーターが現地取材をしている様子を映し出した。その映像は衝撃を物語る煙たそうなエフェクトがかかっているが、隕石を中心に明らかにそれが濃くなっていっている……それが突然、プシュー!と大きな音を立てながら沸騰したお湯を沸かせ続けるやかんから出る蒸気のように茶緑の煙を巻き上げ始める。


 リポーターはその煙の出る様子にスクープの予感でも嗅ぎ取ったのか、興奮した様子で話をしているのだが、その十数秒後の事。突然息を詰まらせたと思ったら、苦しそうに喉を抑え、悶えて倒れた。カメラも同様にその数秒後に倒れ、背後の隕石から茶色と緑の混じったような色の見るからに有毒そうなガスが大量に放出されている事と、中から明らかに人間ではないフォルムの、子供くらいの背の二足歩行する生物がどこかへ進んでいく影が煙の中に映しだされていた。その映像を見た全員が「宇宙人」という単語を思い浮かべている。


 完全に放送事故だ。スタジオに戻ったカメラも、数秒間は放心状態のアナウンサーを映したままだった。やっとアナウンサーが自分を取り戻してもただ近づくなという事しか言えていない。


「な、なぁ、これ一体何が起きてるんだよ……」


 テレビの映像に現実味を感じられない留音は、表情を引きつらせてみんなに意見を求めている。あの子は怯えたように近くにいた真凛にしがみつき、真凛はあやすように頭を撫でているのだが、何も言うことはできなかった。


「み、みなさん、あれを見てくださいまし……」


 西香が窓の向こうを指差す。三人が一斉にそっちを向くと、空には茶緑の煙が上がっていた。目の良い留音が即座に距離感をつかんだ。


「遠くないな……それになんだあの広がり方……風や空気に影響されないでじわじわ広がってる……もうすぐここにも来そうだぞ」


 まるで波紋のように広がっていく茶緑の煙。ドーナツ状に広がっているようだ。


「ど、どうするんですの!?」


 狼狽える西香の肩を叩き、落ち着くように言う。こういう時の留音は年長者的というか、みんなのお姉さんを気取るだけのことはあり、リーダーシップを発揮するのだ。


「とりあえず、衣玖を起こしてきてくれ。それとみんなで戸締りを確認しよう、窓や空気の通りそうなところにテープを貼って煙の侵入を防ぐ。あの煙の広がり方ならそれをするだけの時間は十分取れるはずだ」


 そしてみんなで手分けして作業を開始する。窓の間をテープで目張りしたり換気扇も全て封じようとせっせと動くのだが、衣玖を探しに行った西香が少し息を切らせて戻ってきた。


「大変ですわ!衣玖さんがどこにもいません!カレンダーを見たら今日は早朝からライブを見に行く日だそうで……電話も何も通じませんわ!」


 それを聞いた留音が悔しそうに机を叩いて言う。


「くそっ、衣玖……仕方がない、みんな!もうあいつの事は忘れるんだ!」


「あ、あら随分早い諦めですわね、留音さんが一番付き合いの古い友人なのに……もっとこう、信頼?的なのはないんですの?」


「馬鹿野郎!信じてるさ!あいつが無事だって!でももう切り替えなきゃ!あたしたちに出来ることはそういう現実を受け止めて前に進むことだ!衣玖の分も!!」


 あたしだってなぁ!と悔し涙を浮かべながらに拳を振り下ろしている留音。それを見て真凛もシュンとなっている。


「悲しいですが仕方ありませんね……でも衣玖さんはきっと幸せでした。だって好きな音楽と一緒に逝けたんですから」


 あっさり諦めるみんなに西香は苦虫を噛むというか、舐めているような感じの表情でいたが。


「……色々意見したい所ですが、わたくしの意見が元で、じゃあ探しに行こうなんてことになったら大変面倒ですわね……」


 西香は思った。ここは同意して我が身の安全を図りましょう、と。


「……さようなら衣玖さん。あなたのことは忘れませんわ、忘れるまでは」


 コク。頷く三人。その三人がうだうだ言っている間、あの子だけはなんとか衣玖に連絡を取ろうと携帯で何度もメッセージを送ったり電話をかけたりと行動し続けていたようだ。


「この悲しみを糧にしてあたしたちは前へ進む。さぁ、まずは生き残るために空気の通り道を塞ごう、衣玖が帰ってくるかもしれないとか考えないでびっちり塞ぐんだぞ」


 それから一時間弱の時間をかけ、思いつく限りの密閉を済ませると、波のような煙はもう直ぐそばまで迫ってきていた。密閉中、外を走っていく人や車も沢山いたが、留音は敢えて密閉を選んだのには訳がある。世界各地で隕石が落ちたのなら、その全てで同じことが起こっていることを想像するのは難しくない。それにあの煙の広がり方を見れば、一度やり過ごせば煙のゾーンを抜けられるはずなのだ。


 そしてついにもう数分で煙に飲み込まれるという時、家の中にいる四人はリビングから外の様子を眺めていた。茶緑の煙はゆっくりとこの家を飲み込んで通り過ぎていくのだが、通り過ぎていくのは煙だけじゃない。何かの群れが煙を纏いながら歩いているではないか。


「な、なんですか、あれっ……」


 真凛も後ずさる。歩いているのは子供のようにも見える身長だが頭部はやや大きめの楕円形、腕や足は異様に細く、歩き方が体を左右に揺らしながら頭をほとんど動かさないのが不気味だった。それはテレビに一瞬映った、隕石から出てきた宇宙人である。


 部屋の影に隠れ、その不気味な生物が通り過ぎるのを待つと、今度は後ろから同じ歩き方をする人間たちが行進している。みんな目を閉じていて、見ただけで操られているのだろうと推測出来た。


「一か八か、あの宇宙人みたいなやつを倒せればみんなが元に戻ったりしないか……?」


 留音が壁の影から様子を伺いつつ、手をパーからグーにゆっくりと力を込めながら握りしめる。


「でもこの煙はどうにもなりませんよ、吸ったらアウトなのか、触れるだけでもああなってしまうのかもわからないんです、無謀ですよ……」


 真凛の言葉にあの子も何回か頷き、留音の腕をぎゅっと抱いている。


「……っく、衣玖なら解明してくれただろうが……とにかく今はやり過ごすしかないか」


 留音は影に身を潜ませる。その時に潜もうとする動きか何かが原因で、ちょっとした光と影のいたずらが起きた。ちょうど留音たちのいる家を視界に入れていた宇宙人の一人が、目ざとく何かが動くのを見ていたのだ。


 留音たちはすでにソファーなどの家具の影に身を隠して物と物の隙間からジッと見つめる。テラス窓の向こうから注意深く覗き込んでくる宇宙人の様子から目を離せなかった。固唾を飲み、自然と近くにあったそれぞれの手を握り合っている。


 その宇宙人はどうやらこの家に少しも煙が充満していないのに気づいたのだろう、地球の言葉ではない奇妙な発音をすると、指の爪でテラス窓をジグザグに擦って、窓を砕き開けたのだ。


 その瞬間に留音が影から飛び出し、目にも留まらぬステップのから流れるような動作で空中回転蹴りを宇宙人に食らわせてノックアウトしてから言い放つ。


「衣玖の研究室へ!」


 外界との壁ががなくなってしまったため、この家にも少しずつ煙が入り込んでくる。留音は煙の侵入速度より早く跳躍して距離を離し、みんなと共に地下の研究所へ逃げ込むため走る。背後を振り返った時、操られている人間が一斉に押し寄せ、宇宙人が空中を浮遊してこちらを見下ろしていた。


 そしてなんとか逃げ込んだ研究室。バイオハザード防止のため密閉は完璧で、ある程度の時間稼ぎはできるだろうが、逆に長くこもる事になった場合は食料が持たないかもしれない。


 だが何を考える余裕もない。背後の扉がガンガン叩かれていて、今にも開いてしまいそうだし、何よりあの宇宙人が何をするかわからない。


「ゾンビ映画は好きだが、こんなシチュエーションはごめんだぜ……」


 みんなと扉の間に立つ留音、雪崩れ込まれたら勝ち目はないだろうが、それでも立った。


「うぅっ……どうするんですの!?わたくし、あんな風になるのは絶対嫌ですわ……」


 みんなの表情が暗い。宇宙人に操られ、傀儡の様にされてしまっている人間たちが目の前の扉を開けようと知能無く体当たりしている様子を見てそれぞれ終わりを悟っているのだ。


「衣玖さんがもし生きてたらきっと天才的な発想で何か思いついたのかもしれませんよね……はぁ、これでわたしたち、みんな終わりかぁ……短い人生だったな……」


 がくりと肩を落とし、へたり込む真凛。留音が持ち場を離れ、真凛の肩を優しく触れる。もう留音も戦うのを諦めたのか、最後はみんなで一緒にという空気を醸し出している。


「……みんな、わるかったね、これまで色々……お姉さん気取りする事もあったけどさ、肝心の時にこれじゃ、ざまぁないよね……ごめん、みんな……」


 真凛が留音を見上げると、そこには暗い瞳があった。真凛は横に首を振る。


「留音さん……そんなことないです、とってもかっこいいお姉さんでした……皆さんも、一緒に居られて楽しかったです。わたし、本星じゃ腫れもののようでしたから……」


 優しい笑顔で応えながら、自分の肩に触れる留音の手を取っていると、そこへあの子と西香もやってきた。


「衣玖さんもいらっしゃれば良かったのに……いえ、案外近くで見守っててくれているのかもしれませんわね……」


 そう言って真凛の隣に身を預ける様に座ると、西香が少し震えているのが真凛にはわかった。


 結局研究室の厳重な扉は宇宙人によって破られた。目の前から雪崩れ込むのは元人間たち。終わりだ……そう悟った留音があの子の姿を探す。せめてみんなと一緒に……だが手の届く範囲にあの子はいなかった。あの子はどこからか伸びるホースをよいしょよいしょと運んで、扉の前で構えていた。消防士さんかな?雪崩れ込んでくる人間にブシャー!と放水開始。水圧が容赦ない。


「うおおぉ!?ちょっと何やってんだお前!?」


 テンションと言うか場の空気感の違いに留音も素っ頓狂に驚いている。だが放水を受けた人たちは次々に正気に戻って行くではないか。


「なんだかわかりませんけど、わたくし達、助かるのでは!?」


 放水による傀儡化の解除を見た宇宙人が一目散に去って行くと、大挙してきていた人間達も物わかりよく帰って行き、数分のうちに平穏が戻ってきた。


「すごいですっ、一体どうやったんですかぁっ?」


 真凛があの子に駆け寄っていくと、あの子が一枚のメモ書きを渡した。どうやらこの研究室にあったものらしい、それを受け取った真凛が読み上げる。


「なになに?『もしも宇宙人が人間を洗脳することもあろうかと思って【洗脳解除死者復活傷完治薬配合放水機構】を作っておきました。もしもいざって時は使ってね。ちなみに弾数は無限でオート巻きシステムもあるので寝てても安心よ』……すごーい!流石大天才の衣玖さん!もう解決してる!」


「そうか衣玖……!あいつ、死ぬ前に都合よくこんなもんを残していてくれたんだな。ありがとう……」


 俗に言う、「こんな事もあろうかとシステム」である。周到という設定や天才という設定を持つキャラクターは「こんな事もあろうかと」などと言って途方もないものを絶妙なタイミングで持ち出すのだ。IQが3億程度あればそれをピンポイントで行うことが可能なのである。


「すごいですね!こんなにニーズを満たす商品が絶好のタイミングで出てくるなんてっ」


「それが天才、というわけですわね」


 放水機構はタンクから小型のペットボトルのようなものが分離して飛んでいく。外に飛んで行って近くで操られている人々にオールレンジに薬をばらまいているようだ、研究室からその様子が見える。だが真凛が視界に宇宙人を捉えた。


「あ!あれを見てください!今度は宇宙人が何人もいっぺんにこっちへ……!」


 そうだ、感動や感傷に浸っている場合ではない。人間の洗脳が解けたことで、今度は宇宙人が直接ここへ乗り込んでくる気だ。この装置はあくまで人間を正気に戻すだけ……壊されてしまったら終わり。留音は前に出る……「衣玖の繋いだ命、あたしが守ってみせる」……傀儡人間ならどれだけいようが放水で対処出来ても、何十もの宇宙人には効かない。だが留音はこれを相手に一人で戦うつもりだ。


「無理ですよ留音さん!いくら留音さんでもあんな未知の敵を大量に相手にするなんて……っ」


 引き留めようとする真凛。あの子も袖口を引っ張っている。片手にまたメモを持って。留音がそれに気づいた。


「ん?またメモがあったんです?なになに、『宇宙人が攻めて来ることもあろうと思って【敵性宇宙人殲滅音楽CD】を用意しておきました。もしもいざって時は使ってね。全世界のラジオ電波ジャックも済んでるので一度流せば全世界の敵性宇宙人が即座にアレんなります。あとディスクの取り扱いは真凛がすること』」


「流石ですわ衣玖さん。まさか侵略前から宇宙人が攻めてくる事もその弱点が音楽という事まで知っていたなんて……」


「いや、そうじゃない……きっと影響されたんだ。昔のとある映画に影響されて、あいつのことだ、本当にただなんとなく、この音楽兵器を作っていたんだ……」


「ふ、それもまた天才の力、というわけですねっ。でもなんで取り扱いの注意があるんでしょう」


 それは少し前の出来事。以前あの子が音楽を聴こうと衣玖のCDを借りた時、つまみの部分が硬くて上手くディスクを取り出せない事があり、その時に数秒の苦戦を見ていられなかった留音がケースを借りてディスクを取ろうと中央のはめ込み部に力を入れた結果折ってしまった事があった。


 あぁこれはまずったと留音がディスクを直に机に置いて、ケースと破片を持ってなんとか元に戻らないか試していると、今度は西香がやってきた。音楽が聴きたい?聴けばいいじゃありませんか。西香はそう言って、ディスク中央の穴なんて見えてないのかディスクのデータ領域、内縁部をベタッと素手で持って、傷がつく可能性など御構い無しにプレイヤーのCD読み取り部にガシャガシャ滑らせて放り込んだ。そんなわけで指紋一つ許さない持ち方をする上に適切なディスクの拭き方も心得ている真凛しかディスクを触らせたくない。別にあの子でもいいのだが、またつまみが硬かったらかわいそうだし、という衣玖の気遣いから真凛に限定している。


 真凛はとにかくディスクを再生させる。ジャガジャガズンズン。痺れるような音響、やかましすぎるビート、熱いというか脳が沸騰しそうなボイス。全世界で同時にそれが流れた。


『ジャアァァァァスティィィス!!!フォォォオオオェヴァアアア!!』


 みんなぶっ倒れるほどだった音の波動は、ほんの一瞬で向かってきていた宇宙人を戦闘不能にしていた。それはもう殺虫スプレーを浴びた虫けらのごとくヒクヒクとなって、やがて分子になって消えた。それを見た留音が耳を抑えながら立ち上がる。


「……どうやら、マジで勝ったみたいだな……」


 宇宙人は消え去った。こうして地球は平和への一歩を踏み出す。だが見上げた空はまだ澄んでいない。


「まだ煙が残ってます……これを完全に浄化しないとわたし達の勝利とは言えないかもしれません」


 外を蔓延する茶緑の煙……地球に残された汚染物質だ。放水機構の薬でも中和できないらしい。


「くそ、流石の衣玖もここまで想定してなかったか……」


「待ってくださいな、この子がまたメモを……なになに?『宇宙人が地球人にバイオテロをやらかすこともあろうかと思って【大気正常化クリーナー】を配備しておきました。もしもいざって時は使ってね。ボタンひとつでちょっとした有害物質程度は一瞬で全て吸い取って無害にするわ』……ですって。ボタン……あ、これですわね。えいっ」


 ザァー!掃除機みたいな音が七秒くらい続いたか。真凛がそれを心地良い音と評したくらいのところで音が終わった。外に出ると空が完全に澄み切っている。そして彼女達の表情もまた、青々しい空が瞳に映り、キラキラと輝いている。


「……あたしたち、勝ったんだ……実感はなぜか少しも沸かないけど」


「はい。衣玖さんの意思が導いてくれたんです……この機械、普通のお掃除には使えないんでしょうか」


「……でも肝心の衣玖さんは……一人でお逝きになるなんて!」


「きっと遠くからあたし達を見てるさ。みんなで祈ろう、衣玖の冥福を。勝ったよ、衣玖」


 こうして悪夢の四時間は幕を閉じた。四人の少女たちが巨悪を討滅したのだ。だが忘れてはならない、その影には今もライブハウスでノリ続けている一人の天才がいることを。真っ赤な髪の毛をガッチガチに立て、稲作に使われる鎌よりもガンガンにヘッドバンギングで頭を振りまくりながら奇声をあげている小さき天才美少女、衣玖のことを。


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