誰かのいない2日目
完全に日常系になったとおもいます。
「それで留音さん、結局どっちが好きなんですかぁ?」
唐突ながらどこかフードコートエリアで真凛の質問を受ける留音。別に真剣な雰囲気ではないが、留音は深い息遣いで「んんぅ~……」と視線を泳がせた後、飲み物の氷がカランと音を立てたのを契機にか、少し息を吸ってから答えた。
「んん、やっぱりニラかなぁ。味噌汁だろ?ニラだわ、どうしたって。納豆なら……いやニラかなぁやっぱ」
それに対し、衣玖がえぇ?と聞き返すように尋ねる。補足しておくと、今ここには留音、真凛、衣玖、あの子がいて、珍しく外でお茶をしているという状況だ。
「そうなの?だって青ニラと黄ニラよ?味的には黄ニラの方が癖がなくて良くない?」
どうやら話題はニラ、いわゆる青ニラと、黄ニラのどっちがいいかという話をしているらしい。留音は判断をした後にまた迷ってしまう煮え切らない様子を見せている。
「ん~確かに黄ニラは高級って聞くしなぁ。でも正直黄ニラってあんまりピンとこないところもあるんだよ。やっぱニラって言ったら葉っぱっぽい方じゃん、黄ニラはなんか葉っぱってよりもやしとかの方向性感じるんな。味噌汁に入れんなら苦味も含めてやっぱニラが好きかなぁ」
「なるほどぉ……でも確かに、ニラは買ってきたら細かく切って冷凍保存して、後はそのままお味噌汁に入れるだけで美味しく食べられますからねぇ……やっぱりうちに黄ニラはちょっと上品ですかねぇ」
真凛の言葉に「おぉ流石」と敬意で拍手しながら返す留音と衣玖とあの子。料理できる人の食材論は留音と衣玖とあの子も純粋になるほどなーと思ってしまうのだ。
「でもニラ抜きにして納豆は小粒よね?一択じゃない?」
衣玖がチラッと出てきた納豆の話題を拾っている。留音は聞きながらもう頷いていて、そりゃそうだと言葉に出した。
「あぁそれはもう小粒だな、納豆は小粒だわ」
その意見にわかります、と頷く真凛。
「大粒も嫌いなわけではないんですけどね、豆の味が良くわかるじゃないですかぁ」
まぁねぇ、と同意する衣玖が続ける。
「豆の味が楽しめるのは確かにあるわよね。大きいと豆の中央の歯ごたえが違ったりして、それも豆食べてる感あるっていうか。ねぇ」
同意を求めるように留音を見る衣玖。まぁ確かにそうなんだけど、という様子ではあるが、留音はやっぱり小粒を支持したいようだ。
「いやでも小粒の万能性はそれを超えるよ、基本美味いもんなー。ご飯に絡めるなら小粒じゃなきゃあれだろ?」
「でもあのメーカーの大粒は良かったでしょ?からしの味が独特で」
衣玖はカップの形を手で再現しながら伝えると、留音の表情が少し興奮したようなものになる。
「あーあー!あの大粒は良かったな!からしがベチャっとしてるやつ!そのまま食べても辛さがしみないっていうか、風味重視のからしっていうかな!あの大粒は一番好きだったなー、タレもいい味でなぁ」
大粒か小粒か。議論に出口は見えない。
「でも玉子かけご飯に混ぜるなら?」
「そりゃ小粒だよ。よく混ざっていい感じだから小粒は」
あはははは、笑う四人。この議論は何か意味があるのか。それが衣玖の質問でさらに変な方向へ進んでいく。
「その小粒も中華まんだったらどう思う?小粒の入った粒あんまんかこしあんのごまあんまんならどっちが万能?」
「うわぁ難しいですけどぉ……わたしはごまあんかなぁ」
ごまあんのきめ細かい餡を思い出して生唾を飲む真凛。留音は真剣に質問を吟味していた。
「餡に万能性求めるのは難しいな……それさ、そこに飲み物の要素はあんの?牛乳あるならごまあんだけど、お茶かコーヒーなら粒あんじゃないか?」
「お茶かコーヒー!?お茶は確かにっていうか、そりゃなんでも行けるでしょうけど、コーヒーでも粒あん行く?もし仮にコーヒーが先に決まってたら中華まんは選ばないでしょ?もみじ饅頭なら行くとしても」
真凛は内心、粒あんまんとコーヒーはありだと思っているようでなんとなく会話には参加しないで様子を見ている。留音は衣玖と同意見らしい。
「あー確かに。んーいや、でもピザまんならギリコーヒーのラインじゃないかい?」
地方的に。と留音。そうでもない気がする。
「うーん、コーヒーに中華まん合わせるなら……この前期間限定で売ってた生チョコの奴とか……」
「真凛、それはちょっと安パイすぎるわよ、と言ってもコーヒーに合わせるってところで中華的な中華まんは違うのよね。でもなんだかんだで食べたい時は食べちゃうか」
みんな「それなー」と、うんうん頷いている。実に意味のない会話だった。
「……っていうか、私たちなんで中華まんの話してるの?」
ハッと気付いた衣玖。
「いやコーヒーの話だけどな」
留音はやれやれと言うが、真凛が少し笑って訂正した。
「違いますよ、納豆の話してたんです」
「じゃなくて、ニラの話でしょ?でもニラの前に確か何か話してたわよね……なんだったかしら」
「えぇっと、ニラの前に確か万能ネギより長ネギの方が万能じゃないかって話をしてて……」
ちなみにネギの話の時点で納豆の話題が少し出ていた。真凛の言葉に留音は忘れ物を思い出した時のすっきりした表情を作った。
「あぁそうそう!ネギな!ラーメンラーメン!ラーメンの話からそっち行ったんだよ!映画見た後ラーメン行くってなって!」
どうやらラーメンから連想ゲームのように今の話題に変遷してきたそうだ。と思ったらまだその前があった。衣玖が更に訂正を重ねる。
「映画!そうよ映画よ!映画何見るかって話だったじゃない!それがなんでか終わった後の晩御飯の話になって……」
それでもまだ本題には届いていなかったらしい。ようやく真凛が多分根本かもしれない問題を思い出した。
「ちょーっと待ってください!思い出しました!映画見ながら用にポップコーン買うって話でしたよ!」
「それ、静かに見たいから買わない方向でって決まったじゃない」
その話題は終わってるのよと衣玖。留音は一瞬記憶を読み込んで、急いで衣玖の言葉を遮った。
「いやーちゃうちゃうちゃう!それは衣玖が勝手に言ってるだけだろ!あたしはバター醤油が良いって言ったら、衣玖は確かに美味しいし好きって言ったじゃないか!」
「買うとは言ってないわ、勘違いしないで」
真凛もポップコーン議論を思い出した。大切なことだ、このままじゃ買うとしてもバター醤油味になってしまう。
「待ぁぁってください二人とも!期間限定のストロベリーキャラメル味があるって話したじゃないですか!美味しそうだし期間限定だしそっちにしようってなったじゃないですかぁ!」
「違うわよ!だいたい見終わったら晩御飯行くんでしょ!映画サイズのポップコーンは結構重いんだから、その上甘いのなんて絶対晩御飯食べられなくなるわよ?」
「大丈夫だって、まじあたしのオススメのラーメン屋があるからさ!そこのネギがどっさり入ったラーメンがまじで食進みまくるから!」
「あ!たしかここでネギの話です!この流れさっきもやりました!結局なんの進歩もしてません!」
机をタンタン叩きながら訴える真凛。ちなみにさっきは真凛がネギについて話題を広げていた。
「おぉそうだった、結局納豆は小粒って話と中華まんは食いたい時に食うって話しか決まってなかったな」
そんな留音の言葉に、衣玖がちょっと待って欲しいと割り込む。
「ひとつ補足しておくと、私は大粒を否定した訳ではないわよ。前提として大粒も好きなんだから」
「うんそれはわかる、あたしもそうだし。そう考えると納豆って大と小があって大が小を兼ねない良いパターンだよなぁ。共存してるっていうかさ。なかなかないよなぁ、そんなどっちも同じものであり別のものでもあり両方良いなんてものさぁ」
「そうかしら……うぅん……ぱっと思いつかないけど他にもあるんじゃない?」
衣玖はチラッと留音の身体を見て、別に言わなくても良いやと目をすぐに逸らした。自分の身体と留音の身体を比べて思うところがあったらしい。
「大と小ですかぁ。さっきの話もありますけど、映画館で観る映画と自宅で見る映画も大と小でって考えたら共存できてるんじゃないかなぁ」
「あぁ~ちょっとわかるわね。映画館で見ると音響やスクリーンの迫力で代え難い経験になるけど、快適度合いみたいなのはやや不安定なところあるし、家で見る映画は最高にくつろいで視聴可能って面あるものね」
衣玖の話に他の三人が頷いている。留音は何か思いついたらしい。
「それ言ったら映画に関してはホームシアター作っちゃう感じで解決できん?」
「んー、でも映画館はさ、入口のポップコーンの良い匂いとガヤガヤ感、終わった後の他の人の表情とかも風情があるでしょ?」
エンドロールで席を立ってしまう人も含めて映画館の醍醐味だというのが衣玖の意見だそうだ。真凛が胸の前でパンと手を合わせながら言った。
「わぁ、なんか深いですねぇ。あ、わたしは売店のグッズとか映画のパンフレットも好きですよっ」
「あぁ良いわね、そういうのはやっぱり映画館じゃないと味わえないわよね。自前のシアタールームとかじゃ味気なさは拭えないし」
衣玖は見てきたかのように言うが、実際自分の研究所にそんな感じのアニメ視聴室を作っているのだ。音響には特にこだわっていて、デスメタルをそこで聞くと言い知れぬ高揚感と芯から湧き出るような興奮に包まれながらも、それでいてまるで胎児に戻ったような安心感もあるとか。
「ん~難しいなぁ。で、なんでこんな話になったんだっけか?」
留音がポリポリと人差し指で頬を撫でている。
「映画の話まで戻って……そうよ、そういえばそもそも空き時間に何して遊ぼうかって話じゃなかった?」
「そうだった。映画までまだ結構時間あんだよな。何するよ?」
時計を見た留音がみんなに尋ねると、衣玖がパッと何かを思い出した表情を作る。
「あ、私レパートリー増えたの。行く?」
マイクを持つ手つきになる衣玖。
「カラオケですかぁ?良いですけどぉ、衣玖さんたまにはわたしが知ってる曲歌ってくださいよぉ」
「むしろ真凛が私の好きな曲を聴くというのは?」
コワイ曲ばかりじゃないですかぁと乗り気でない真凛を説得しようとする衣玖に留音が歩き出しながら言う。
「んじゃ、一時間くらいカラオケしたら映画館行って……あれ、そういや何見るか決めてたっけ?」
そんなことを話しながらスマホで映画館の案内ページを開き、そういえば見たいのがそれぞれバラバラだったのを思い出した。結局決められないのでひとまずカラオケ行こうという意見で落ち着いたようだ。
あの子はみんなで一緒に遊べるのが嬉しいようで、何度体の向きが変わろうとニコニコとついて行っている。ちなみにカラオケの話題だが、一番点数を出すのは真凛だ。衣玖はアレンジしたがるし、留音もあの子も超高得点というタイプではないのだが、あの子がバラードなどのしっとり系を歌うとみんなは泣く。
ところでこの日は誰も西香のことを話題にあげなかったし、出かけてから帰ってくるまで一度も思い出すことはなかった。
こうして一日をかつてないほど平和に、穏やかに、のんびりと過ごした衣玖と留音と真凛は「なんだかんだ平和で楽しかった、何故だかはわからないけど」みたいに思いながら布団に入って今日のことを思う。それからそれぞれが眠る直前くらいに「そういえばうるさいのがいなかったな」からの「という事は多分死んでるんだろうな」という思考のコンボが三人共通で発生した。
ただあの子だけは唯一「次は西香ちゃんも一緒に行きたいな」と日記に書いたそうだ。天使だから仕方ない。
これ……完全に日常系だ……西香がいないとこうなる余地が残されているんだな、このシリーズ……
読んでいただきありがとうございました。他にも色々と、タコと戦う話や掃除機で掃除機を掃除する話など、シリーズには各種取りそろえがございますので、よろしければシリーズのチェックをお願いいたします。