誰かのいない1日目
「おはようございますぅ……ごめんなさぁい、寝坊しちゃって……」
日光がピカピカに、過ごしやすい温暖な気候と適度な湿度に包まれた日のポカポカのお昼過ぎ、髪を松ぼっくりみたいにピョンピョンハネさせた真凛が目を擦りながらリビングにテコテコと歩いて出てきた。
「あら真凛さん、おそようございます。お寝坊なんて珍しいですわね」
西香ともう一人、あの子がリビングの入り口近くでソファーに座って、カップラーメンを食べながらテレビを見ている。あの子は疲れているのか心配したが、真凛は単純に気持ち良くて寝過ごしただけだと説明するとあの子は安心したような表情で返した。この子には手料理を振る舞ってあげたいと感じて、再び手元にあるカップラーメンを意識した。
「あ、私がご飯作れなかったから……皆さん、カップラーメン食べてるんですね」
寝ぼけ眼でキッチンへ向かう(いつもなら料理係の)真凛に、キッチンにいた衣玖が「おはよ」と挨拶してから言う。
「丁度私のを作るところよ。カップラーメンだけど。真凛も食べる?種類色々あるわよ」
衣玖が自分のために作るのであろうカップ麺を持ってそう聞いてきたので、お腹の減ってる真凛はたまにはカップ麺もいいかなとそのまま頷いた。真凛自身、この眠気で今から食事はつくれない。
「わかった。じゃあ今から作るから座ってて」
衣玖は気を利かせて真凛を座らせると、カップ麺を開けて中に直接水を注ぐ。ジャー。
「うわぁ!衣玖さんちょっと!?あなたカップ麺作ったことないんですかぁ!?」
「これは未来料理というものよ」
ちなみにカップ麺というのは沸かせたお湯を注ぐものである。焦って飛び上がった真凛に、衣玖は「こっち見ちゃダメだからね」とゴーグルを投げ渡して着用を促すと、自分もポケットからゴーグルを取り出して身につけ、更に光線銃のおもちゃみたいなのでラーメンを照射し始めた。赤外線みたいなのがビーッと伸びる。照射時間はおよそ二秒。
「はい出来たっと。じゃあ真凛はどれにする?私の作ったこの携帯式ケミカルオキシジェンアイオダインレーザー装置試作改良型を使えば二秒から四秒半で大抵のカップ麺は作れるわよ」
衣玖のは今ので完成したらしい。カップからものっそい湯気がすごい出てる。衣玖がカップ麺の入っている棚を開けて聞いているが、真凛は首を横に振った。
「うぅん、レーザーは遠慮しておきます……やっぱり三分待ってのカップ麺だと思いますし……」
「……良い事言うわね。確かに一瞬で終わったら味気ないか……ズズ、でも普通においしいのよ」
真凛はカップ麺の風情を現代科学がマッハで失わせていく様子を見ながら食べたいラーメンを選び、水を小さい鍋に入れてコンロで熱し始めたところでふと気づく。
「そういえば今日は留音さんが見えませんね?お出かけですかぁ?」
キッチンから見えるリビングまでキョロキョロと見回しながら、背の高いのがいないことを確認した。衣玖が自分の分をふーふーしながら教える。
「朝一で出てったわ。プラモデルだかフィギュアだかの祭典みたいなのがあるそうなの。何か用事でもあった?」
ズズズ。あちち、ズズ。衣玖が美味しそうにラーメンを啜る。いいなー、と真凛は鍋を覗き込んで、まだカップに注ぐには早い段階のお湯に少し肩を落としつつ答えた。
「いえ、ただ留音さんがいないという事は、もしわたしたちがなんらかの戦いに巻き込まれた場合、前衛不足になるなぁーって思っただけですよ」
唯一の前衛……壁でありアタッカー、レベル100の留音の不在は即ち、常にキングへのダイレクトアタックを許す事になってしまうのだ(?)
「まぁそうね。戦いになった場合前衛がヘイト調整とタゲ取りしてくれないと後衛にいる私達全員に被害が及ぶわね……ま、今日一日はそうならない事を祈りましょう」
西香が話に割り込んだ。
「お二人がなんの話をしているのかはわかりませんがちょっとテレビを見ていただけますか?どうやら悠長な事を言っている場合ではないみたいですわよ」
どれどれと覗き見る衣玖と、カップ麺の容器に沸いたお湯を注いでいる真凛。よし、あと三分。久しぶりに食べると美味しいから楽しみだなーと思いながら三分タイマーのスイッチを入れてテレビを見ると、LIVE映像とのテロップが出ている画面に黒煙の上がる様子が映し出されていた。
「これを見てくださいまし、こちらでは海の方から突然巨大怪獣が現れ、そこから分離した小型生物が人類を襲っているようですわ。そして別の番組を……」
ピッ。西香がチャンネルを変更すると、また別の場所で何かが起きているらしい。
「こちらでは化学実験中の事故で力に目覚めたドクタースルメスキダスが自身の作った人間あやつりビームを乱射して、従属化した人間を増やして世界征服をしようと考えているようですの。そして……」
もう一つピッ。緊急事態であろう時にアニメをやっているチャンネルを経由し、更に次のチャンネルでは超巨大な飛行要塞が映っている。
「こちらは時空界面から波動の揺らぎを利用したパラレルジャンプにより地球を侵略しにきたポリジョーティス星人の宇宙要塞を捉えた映像のようですわ。どうやらモンスターを放ち、地上を一掃しようという考えらしいですわね……」
なんという事か。地球に戦いが溢れている。なぜ留音のいない時に……みんなはそう思った。ラーメンを啜りながら。真凛は早く出来ないかなーとタイマーを確認している。
「ど、どうしましょう、この調子じゃすぐにここでも戦いが起こりますよ……!」
真凛は困った表情でそう言った。何故かってラーメン食べ終わるまで何事も無いでほしい。まだ出来るまでに二分も時間がかかる。
「そうね。いざという時焦らないようにひとまず……誰が前衛に立つか決めておきましょう。ね、西香っ」
衣玖がポンと西香の肩を叩いた。西香はギョッとして首を振っている。
「ひょっとしてわたくしをご指名ですの!?一番か弱く、カリスマ性の高いわたくしは王と同じく一番後ろに控えるべきでしょう。人類の大半が滅んでもわたくしさえ無事なら再興は間違いなしなのですよ!……というわけで衣玖さんが前衛をおやりになられては?留音さんと長いんでしょう?意外といけるんじゃありません?知りませんけど」
「ちょっと?私この中で一番非力でチビなのよ?それに筋力を千二十八倍に高めるパワードスーツを着てもルーには勝てないんだから、私にその役は無理!それだったら精神的打たれ強さに定評のある西香が壁をするべきなの」
「そんなことを議論してる暇はないみたいですわ!ほら見てください、あっちからは怪獣が、そしてあっちからは多数の従属者を連れながらビームを乱射するドクタースルメスキダスが、そしてあっちの空には飛空要塞がこっちを目指してきてますわよっ!大変ですわ!とりあえず食べちゃいましょうラーメン!」
ズズズ!ラーメンを食べる二人に真凛があーずるい!とタイマーを見るが、まだ一分少々ある。
あの子は麺が伸びることも忘れて箸を止めてオロオロしながら行方を見守っている。この子は自分がみんなの盾になってもいいと提案しかけたが、それを察した三人に即刻止められた。
「仕方ないわ……なんか嫌な予感がするからあえて提案しなかったんだけど、前衛は真凛しかいないわね……!」
「そうですわね……多分即爆発して終わりとかになりそうですし、わたくしもこの手はなるべく避けたかったのですが、この玉肌に擦り傷一つ付けたくないという我が身可愛さには勝てません……真凛さん!あなたのワントップで決めに行きますわよ!!」
「そうなってしまいましたか……では仕方ありません。わたしに被害が出た時点で対応を考えることにしましょう……でもラーメンがまだ出来なくて」
「私のケミカルオキシジェンアイオダインレーザー装置試作改良型を使っていれば今頃食べられていたのに」
ズゴゴゴ……迫り来る敵。
「もう来ちゃいますわよ真凛さん。ラーメンは諦めましょう、全て終わったあとでゆっくりお食べになっては?」
「えぇ~?置いとくと伸びちゃうじゃないですかぁ、グデグデに伸びたカップ麺ってすぐちょちょぎれになっちゃうから嫌ですよぉっ」
というところで編隊を組んだ国防の戦闘機が登場。ミサイルの一斉発射で飛空要塞の動力が潰れたらしい、制御を失って怪獣に向かって墜落し、怪獣を巻き込んで大爆発。二つとも跡形もなく消えた。
ドクタースルメスキダスに対しては飛行機が農薬でも巻くように何かを散布すると操られていた従属化した人たちが元に戻り、ドクターは普通に逮捕された。
その光景を見た直後にタイマーの音が鳴り、嬉しそうに蓋を開ける真凛の後ろで衣玖が言う。
「……うん、まぁ最強はやっぱり科学よね。現代兵器こそその結晶なわけで」
「そういう感じですの?いいんですの?何か色々否定することになりません?」
留音の格闘技スキルは最強のはずだが、実は役に立ったことがまるで無い。
「あ~良かったぁ、ラーメンができる前に全部片付いて。いやぁ、戦いが控えた状況で留音さんがいなくてもなんとかなりますねぇ」
「そうね。というか居てもあんまり意味なかったわよ。ホント格闘最強って、なんの役に立つのかしらね」
現代科学に頼りすぎると風情がなくなる、というお話でした。ラーメンにかけて、二重にうまい!
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