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現代落語風小話ー映画館とケーキとー

作者: めんるい

古典落語の現代向けアレンジです。

元ネタはあえて言うのも無粋なものでございますので、どうぞ一席お付き合いください。

私、宮坂アツ子は松岡サトルと映画館に来ていた。

そして、仕返しを誓った。



「アツ子さ、今週の土曜空いてる?映画観に行かない?」

サトルが話しかけてきたのは一昨日のゼミが終わった後のことだ。


「え、別にいいけど。」

昨年、前の彼氏(だった人)と別れてから土曜日も日曜日も予定のない私には、特に断る理由もなかった。

「良かった!じゃ、駅前の『シャベルの人』像の前に13時集合で!」

サトルはそれだけ言って、ニコッと笑ってから走り去ってしまった。


「何の映画なのかも聞けなかったけど、ま…いっか。」


全く良くなかった。いっか。じゃないのだ。

失念していた。私が私のことを失念したいた。我を見失っていた。



『怪奇・口裂けバリカン女』F列15番

シャベルを持ったおじさんの銅像の前。

チケットをサトルから受け取った私は息を呑み、そして自分の浅はかさを呪った。


私はホラー映画が苦手だ。

小さい頃、母が寝る前に一度だけ読んでくれた、山姥が出て来る絵本。

私はその夜にとても恐ろしい夢を見て、起きてから泣き出してしまった。

その本はお蔵入りになったが、私はいまだに怖いお話が苦手なのだ。

また怖い夢を見るんじゃないかと、思ってしまうのだ。


もちろんそんなことは知らないサトルに、「やっぱり今日はやめよう」とも言い出せず。

私はお気に入りのワンピースの裾をグッと掴んで、そして笑顔で映画館に向かったのだった。



映画が始まる前は、サトルが教授の仕事を手伝った時の笑い話で盛り上がったが、映画の内容はよく覚えていない。

大体目をつぶっていたからだ。たまに薄目で見ようとしたが、直視してしまったのは一度だけだ。

その時、私の喉から人のものではない呻き声のような音が出た記憶はある。


「大丈夫?」

映画が終わり、サトルが声をかけてきた。

「もちろん、この程度日常茶飯事よ」

動転して意味不明なことを口走る私を見てサトルはクスッと笑ったあと、こう言った。

「アツ子、意外と怖がりなんだね」


私はカーッと顔が熱くなるのを感じた。

怖い話が苦手なのがバレてしまった恥ずかしさだけではなかった。

「怖がり、って言うけどさ、誰でも苦手なものはあるじゃない!機関銃を持った冷酷な殺人マシーンなんて誰だって怖いでしょ?程度の差よ!」

「いや、機関銃を持った冷酷な殺人マシーンも、俺は怖くないね。」

「嘘よ!じゃあ、サトルには何も怖いものは無いの?」

「無いね。無い。…いや、一つだけあるといえばあるけど、無いようなものだから。」

「何?無いようなものでも言わないとズルい!」

「じゃあ、…誰にも言わないでよ?」

「言わない。私の口はスケーリーフットより硬いから。」

「オッケー、信じる。実はね、俺はショートケーキが怖いんだよ。」

「ショートケーキ?ショートケーキって、あの生クリームと苺の?」

「うん。あの苺が爆発するんじゃないかっていう想像をしてしまって、どうしてもあれが怖いんだよ。それに、あの生クリームとスポンジも、意思を持って俺を包み込んでしまうんじゃないかと。ま、アツ子の怖がりほどじゃないけどさ。」

私は膨らませていた頬の空気を次第に抜き、そして仕返しの計画を立て始めていた。



「私、喉渇いちゃったな。」

映画館を出てすぐの喫茶店の前で私はサトルに言った。

ここ純喫茶・みっつぁんは、この辺りでは人気の喫茶店だ。

店内はマスターの趣味のアンティークで飾られ、曳きたてのコーヒーは絶品。スイーツも絶品である。

もう一度言う。

スイーツも絶品である。


「私はショートケーキとブレンドにしようかな。サトルはどうする?」

謀ったな、という顔をするサトルに対し私は不敵な笑みを浮かべた。


「アツ子、話を聞こうじゃないか。」

サトルはチョコレートケーキとブレンドを注文してからそう言った。

「ショートケーキな気分なのよね。今朝から。」

「いや、それは多分今朝からではなくさっきからだと思う。」


そうこうしているうちに、コーヒーとケーキが運ばれてきた。


私は勝ち誇ったようにショートケーキを一口切り、正面のサトルに見せつけるようにしてから口に運んだ。

ふわふわのスポンジと甘いクリーム、そしてふんだんに使われた苺、最高に美味しい。

そして何よりサトルのこの表情。

(仕返しと思ったけど、流石にちょっと悪いことしたかしら。あとで謝ろうかな。でも、もう一回…)

と、また一口切り出して、サトルの目の前を通過して、口に入れた。

しかし、それは私の口ではなかった。


「ちょっと、何食べてんのよ」

「怖すぎて、食べなきゃやられるんじゃないかと思って…」

憔悴したサトルがこわばった表情でケーキをのみ下す。

食べなきゃやられるって…と面白くなってしまった私は、

「えいっ」

とケーキをサトルの口の前に差し出す。

「ぎゃー!ぱくっ」

「えいっ」

「うわー!ぱくっ」

「えいっ」

「やめてくれー!ぱくっ」


私はサトルの反応に満足して、少し冷えてしまったブレンドの飲み干す。

「ごめんね、やりすぎたかな?」

私はぐったりするサトルに声をかけた。その時だった。


「おや、松岡くんと宮坂さん。奇遇だね。」

「教授!これは偶然ですね。」

私たちのゼミの早川教授だった。口ひげを蓄えたダンディーなおじさんで、学生たちは『早川卿』と陰で呼んでいる。


そして早川卿は妙なことを口走った。

「おや、松岡くん?口の周りに生クリームがついているよ。さてはまた慌ててショートケーキを食べたね?この前ご馳走した時もだけど、君は本当にここのショートケーキが好きだねぇ。」


早川卿が去ったあと、私たちは会計を済ませ、店を出た。



「謀ったわね。」

「ふっ。」

薄々おかしいとは思っていた。

映画に怖がる私を挑発するような態度をサトルが取ることに違和感はあったし、何よりショートケーキが嫌いな理由も何もかも違和感はあった。

が、仕返しの方法を思いついてしまった快感に抗えなかったのだ。


「ごめんね。ショートケーキが怖いなんて嘘ついて。」

「許さない!」

「アツ子がホラー映画が苦手なの、からかってごめんね。」

「許さないー」

「いま本当に怖いもの教えるからさ。」

「何?」


その答えに満足したので、私はサトルを許してあげることにしたのだった。


終わり

お後がよろしいようで。

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