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忘れじの紡ぎ声  作者: ange
第1章
9/9

帰郷

数日前の地震の影響で、陰陽院は暫く閉鎖されることになった。

校舎の至る所が崩れていたり、グラウンドに大きな亀裂が入ったため、改修工事をすることになったらしい。校舎に入れなかったので確認することが出来なかったけど、「信じられないくらいだ」と言っていたくらいだから、余程酷い有様だということが想像出来る。

大門先生は連絡網で、長期休暇だ。言っていたけど・・・兄さんがいる実家に帰りたくないボクと、そもそも実家がどこか未だにはっきりしない咲弥は悩んでいた。


「実家かぁ・・・帰りたくないなぁ」


じゃあ帰らなければいいのではと思うが、そこはあの兄だ。突然帰ってきたと思ったら、一緒に帰るようにだとさ。ボクはこのまま京都に残るって言ったけど、それはだめらしい。


「いいじゃないか、帰るのなんて久しぶりなんだろ?」

「嫌だよ。だって毎日兄さんが一緒なんだよ?」


机に突っ伏しブツブツ言っていたボクの前に咲弥がお茶を持ってやってきた。

差し出されたそのカップを受け取り啜っていると、ガッと頭を掴まれた。


「痛い痛い痛い!!」

「良かったな、大好きなお兄ちゃんとこれからは毎日いられるぞ」


語尾にハートマークが見えた気がした。


「かーえーりーたーくーなーいっ!」

「楽しんできたらいいじゃないか」

「え?何そんな他人事にしてるの。咲弥ももちろん来るんだよ?」

「どうして!?俺が行く意味無くないか?ここでそのまま学院が復帰するまで待つよ」

「そんなこと、相棒のボクが許すとでも?いいから黙ってついてきたらいいのっ」


あれから度々頭痛に犯される咲弥を一人きりに、なんてできない。倒れることは無くなったものの、立っていることが出来なかったりすることがある。発症の原因すら分からないそれを抱えた咲弥をこの家に置いていくことは心配で仕方ない。

花詠さんに診てもらおうと思って何回か連絡をしているけど、忙しいらしく手が離せないそうだ。京都は皐月家の管轄だから、忙しいのも仕方ないのだけど・・・


「兄さん、花詠さんってまだ忙しいのかなぁ」

「ずっと動いてる。当分は連絡しない方がいいだろうな」


兄さんがそう言うならそうなんだろうなぁ。兄さんと一番仲が良くて、一番近い存在なのが花詠さんなんだから。


「ほら、明日の朝一で帰るんだから、早く寝ろ」

「わかりましたよー。行こ、咲弥」


「咲弥くんは、ちょっと残ってくれるか」


意気揚々と部屋を出ていこうとしていたのに、兄さんのストップがかかった。

「何で?」

「男同士の会話」

兄さんは立てた人差し指を口にあて、内緒話のポーズをとった。

「分かった?さぁさぁ、浅葱はもう寝なさい。添い寝が必要だったらいつでも呼びな」

グイグイと、兄さんに背を押され半ば無理やり居間から出される。覗き見た兄さんの後ろで咲弥がとても不思議そうな顔をしていることから、事前に言われていたことでは無いとわかる。


「何隠してるの、お兄ちゃん」


ざわざわと、水がさざめいている。なにか良くない事がこれから起こって、それにボクと咲弥が巻き込まれるんじゃないかって。もしそれが、兄さんのせいなんだとしたら巻き込まないでほしい。


「隠してるんじゃないんだ。まだ何も〝起こっていない〟だけだよ」

「何かは起こるのに、それをボクには教えてくれないの?」


そう問いかけたボクに兄さんは、ふっと笑うだけで何も答えない。

「そういう兄さんの悪い癖、直した方がいいんじゃないかな」

「そうかもしれない。でもこうすることが今は正しいんだよ」

「っ何それ!・・・兄さんなんて、もう知らない!ばぁぁか!」

「あ、浅葱!走ると転けるぞ!」

咲弥はボクのお母さんかよ。でもボクは言われた通り、しぶしぶ歩いて戻ることにした。


「濁流に飲み込まれるなよ」


そんなボクの背中に兄さんの声がかかる。

「え?」

その言葉の意味を確かめようと、振り返るも既に兄さんと咲弥は居間に入ってしまったようでその場にいなかった。


「濁流ってなにさ、バカ兄さん」


庭にある池の穏やかだった水面が、跳ねた。



❀✿


居間に戻った俺と時雨さんは何故か、俺の隣に座ってきた


「あの、時雨さん?」

「俺は君を浅葱の相棒だとは認めないから」

「はぁ・・・」


それは時雨さんの許可がいるものなんだろうか。何だかんだ、浅葱のことを溺愛している時雨さんからしたら、必要なことなのかもしれないと思ったので何も言わなかった。


「ま、そんなことが言いたくて残ってもらったわけじゃないんだけど」

「はぁ・・・では、話とは?」

「咲弥くん、あれから頭痛はどうだい?」


頭痛。時雨さんが指している意味は、低気圧などによって起こるものではない。

初めて浅葱と出会ったときに発症したような、突発的な頭痛のことだ。


「2日に1回くらい、でしょうか」

「それに規則性はある?」

「いえ、特に・・・」

「ふむ」


むぅと顎に手を当て、何かを思案し始めた。


「まぁいい。何かあればすぐに言いなさい」

肯定の意味を込めてうなずいた。

「話はそれだけですか?」

「いや、ここからが本題」

まだあるのか、と正直思ってしまった。


「君の中を見させてもらってもいいかな」


時雨さんの言葉に思わず絶句してしまった。

なか?なかとはどういうことだ。ぐるぐると色々な思考が行ったり来たりする。

「まさか・・・っ」

「君が思い至ったものではないことは確かだ。この前、浅葱が君にしたことと同じことをするだけだ」


この前・・・。浅葱には才能があるかどうかを見てもらったときのことだろう。なるほど、中とはそういうことか。そういう事ならば、俺に拒否する理由は無かった。


「いい?」

再度の確認に、俺はうなずいた。


❀✿


俺の言葉に素直に頷く咲弥くんに少しの危うさを感じる。知り合いの身内とは言え、そう易々と他人に〝内部〟を探らせるものではない。1度経験した、ということが彼の判断を鈍らせているのだろうか。

だが、今回はそれで良かった。


「ここでするんですか?」

「あぁ。そうか、浅葱は離れを使ったのか」

浅葱は彼の安全のため、完璧な環境である離れを使ったのだろう。


「始めよう」

「お願いします」

咲弥くんは、俺の前に両手を差し出してきた。

なるほど・・・

「ふはっ」

「え?」

咲弥くんはどうして俺が笑っているのか分からないだろう。


「浅葱は随分、君の安全を考慮したんだなと思ってな。今回はいいよ、手を降ろして」

「そうなんですか・・・?」


不思議そうな顔をしながらも素直に手を降ろした。

この様子を見る限りだと、一般人だったのか思い出していないだけなのかの区別は付きそうにない。

俺は咲弥くんの前に手をかざした。

「目を閉じて」

その声に応じて両の瞳が閉ざされる。


「〝疾くあれ〟」


告げる。

浅葱のものとは違う、省略の言葉。


❀✿


とぷんと、水の音がした。

水の中にいるはずなのに不思議と息苦しく無かった。


「──────────────」


なんだろう、どこかから声がする。それも、1つではなく、無数の声が重なり合った声だ。

いくら耳を澄ましても、よく聞こえない。


「まだ───────ない」


❀✿


咲弥くんの中はまるで水槽のようだった。自然に流れることがなく、ただそこにあり続けている。


「・・・ない」

「ん?」


ぼそっと何かを呟いている。ここではない、どこかを見ながら・・・

まさか失敗したなんてわけない。これでも12家の一員だ。術には多少の自信があるし、ここは俺の家。そんな場所で失敗するわけが無い。


「咲弥くん!」

ぱんっと目の前で手を叩いてやると、目に色が戻ってきた。

「ぁ・・・?時雨さん?」

「何を見ていたんだい?」

俺の問いかけに咲弥くんは、不思議そうに首を傾げるだけだった。


その後、咲弥くんを部屋に帰した俺はひとり、縁側で佇んでいた。

今回のことは、想定外だった。まさか、生徒が実家に帰されることになるとは思いもしなかった。それほど、京都から子供たちを離したかったのか?


「とりあえずは、流されていくしかないか」


見上げた先で、大きな月が微笑んでいた。

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