出会いは桜の木の下で 7
客間へと入ったまでは良かった。また浅葱ちゃんのことで何かあったんだろう、そう思い込もうとして少し明るい感じで「最近、浅葱ちゃんとはどうなん?」なんて話かけた。────それが間違いだった。浅葱という言葉を聞いた時雨くんは、さらに顔を険しくさせた。あぁ、これは鬼門やったんかと思ってももう遅い。時間が経つ事に冷え込んでいく空気に押しつぶされそうだ。間に置かれた湯のみだけが、呑気に湯気を揺らしている。
「花詠、俺に隠してることあるんだろ?」
突然発せられた“声”に悔しくも肩が跳ねた。感情が込められていないそれは、重くのしかかる。少しでも気を抜けば、濁流に飲まれる気がした。
「な・・・んの・・・こと、やろか?」
張り付くような喉を無理に開き声を発すれば、あたりに満ちる水気によって、すぐに潤う。
「俺を前にして、まだ誤魔化すつもりなんだな」
「そんなことあらへんよ・・・うちに、隠してることなん「花詠」
「・・・っ」
先程より冷たい声で遮られる。・・・きっと、もう殆どのことを時雨くんは分かっている。それでも敢えて聞くのは、うちの言葉で言わせたいから。このままシラを切り続けたら・・・。その時はきっと、見限られる。それでも・・・・・・
「言えない?それとも言いたくない?」
じわじわと周りから埋められていく感覚が襲う。
逃がしてはもらえない。
時雨くんはうちの答えを待っている。何でもいいんだろう。“花詠が返した答え”が欲しいのだ。それによって時雨くんはこれからの行動を決める。
「別に俺は、いつまでも待つし、どんな答えでも聞く。ただ、花詠の口から、花詠の言葉で聞きたい」
傍から聞けばなんと優しい人なんだろうか、と思われるその言葉も、今は静かな脅しにしか聞こえない。
「それとも、質問形式にした方がいい?」
「やめ・・・」
「やめない。それとも、答える気になったのかな?そういうことならやめるよ」
「・・・・・・・・・」
「でも違うよな?だって答えてしまったら」
「もう、もうやめよぉや時雨くん・・・。こんなんいつまで経っても終わらんよ・・・」
「花詠が答えたら終わるって」
時雨くんは、呆れを含んだ声で呟く。
そこからまた沈黙がつづいた。時雨くんが聞きたがっている“こと”は、初めの質問で既にわかっている。だけどそれは答えられない。あたりにカチカチと時計の音が木霊し始めた。
2人の間の湯気がゆらりと揺れたとき
───────ドォォンッ
と辺り一面に響いたであろう爆音が聞こえた。
「なんだ?」
「・・・あかん」
「おい、花詠!?何処に行く!」
うちを引き止める時雨くんの声を振り切り、ひたすら走った。このままでは・・・───────が!!
出ていった花詠が帰ってくる気配は無い。先程の音は一体なんだ。
「鏡子」
俺の声に応じて、“天井”から1人の女が降り立った。彼女は忍びの家系、葵月家当主、葵月鏡子。
「花詠はどこに向かった?」
「安倍家本邸の方角へ」
やはり、“あのこと”に関係することだったか。さて、何が出てくる?蛇か鬼か、はたまたそれ以外か・・・。しかし何にせよ
「波乱の幕開けだな」
浅葱のところに帰らなくてはならない。そろそろ心配しているだろう。それに、これからの準備も必要だ。
これで出会い編が終わります