出会いは桜の木の下で6
あたりに一人分の足音が響く。その足音の人物はとある場所で足を止め、その先にあるものを見上げた。
「これか・・・さて、“あいつ”は何が目的だ?」
そう言ってしばし“それ”を見つめたあと、踵を返し元来た道を戻り始めた。
───────
安倍家本邸。ふわりと日本茶が香る和室でうちは今代の当主、昌葵様と向き合っていた。昌葵様は先程から険しい顔で目を閉じ、何かを思案されている。さて、何を言われるのやら・・・。
「花詠」
「はいな」
「“例の件”、少し予定を早めることは出来ないだろうか?これ以上は、“持たない”」
「・・・承知しました」
なるほど、この件か。これは彼らを待機させて正解やったかもしれんなぁ。
「大方の準備は済んでます。けどあと少しかかりそうやわ。どうされます?」
そうか・・・と言って目の前に置かれた練り物を口に放り込まれた。
「一年でどうにかなるか?」
「もちろん、期間中には」
「任せる」
その一言で場の空気は変わる。
「昌葵様はちゃんとするときはされはるもんねぇ?」
「なっ、ば・・・っ馬鹿!今そう言う話を蒸し返すな!」
「陰陽師たちにも慕われてはるようやし」
袖に隠した口でにやっと笑うと昌葵様は、見てわかるくらい赤面した。
「ほんまはあんなに鈍臭いのに・・・」
「言うな・・・お前は会う度に俺を子供扱いしてくる」
「うちの中ではずっと子供ですので」
「なんやそれは!」
「怒ると出るその訛りも、うちら十二家の前では何も無いところで転けてしまうその鈍臭さも、全て昔のままやで?」
「こんなの直らんもん・・・」
そうやって、拗ねるとすぐ耳を触る癖も変わらない。端々に残る幼い頃の思い出が、昌葵様を子供扱いさせる。当主と言ってもまだまだ若い。もう少しだけ、大人を頼っていればええんよ。
「さて、昌葵様。お話はこれだけ?この後、待ち合わせがあるんですよ」
「あ、あぁ。下がっていい」
「失礼します」
屋敷を出たところで菊千代が待っていた。
「花詠さまっ」
うちのことを見つけたお菊が小走りで駆け寄ってくる。
「もしかして、待ってはる?」
「もしかしなくてもそうです、早くお車に」
どれだけ遅刻しても彼は笑って許してくれる。そんなことはお菊も知っとるくせに、こうして毎回急かしてくる。
車に詰め込まれ、その横にお菊が乗ってくる。
「なんやの、お菊が運転するんとちゃうの」
「は?なんで俺がばばぁのために運転すんねん」
「ぇえー、久しぶりにお菊の運転で乗りたいんやけど?」
「・・・今日は親父の運転で勘弁してくれ」
「あら、百輔やない。なら安心やわぁ」
「光栄です。・・・菊、お前は何時になったらその口の悪さを改めるつもりだ」
ゆっくりと、車は発進する。大きな揺れは無く、ブレーキもいつ踏まれたのか気づかないほどの繊細な運転技術。百輔自身、優しく気遣いのできる人物で車酔いなどの心配が一切無い。そのため、他家からも送迎役は彼が1番だと言わしめるほどだ。
その息子が、菊千代だとどうして思おうか。うちも最初に会った時は、驚いたもんなぁ。会って最初に聞いた言葉が「なんだよばばぁ」やもん。流石にうちには無理や思った・・・。でも実は、父親の性格をきちんと引いていて、節々に優しさが見える。さり気ない優しさが気遣ってもらう側からしたら嬉しいものだ。現に今だって、膝に膝掛けをかけてくれている。
「ほんまに・・・お菊は優しいな?早う嫁さんが見つかればええのに」
「まだばばぁの世話が残ってるし、そんな暇ねぇよ」
放っておけへんってことやろか。それは・・・嬉しいなぁ。
他愛もない話をしていると、フロントの向こうに家が見えてきた。
「着きましたよ、花詠様」
「おおきに。今日は二人とももうええよ」
「そう、ですか?」
「彼もお付きは置いてきとるみたいやし」
ちらりと屋敷を伺い見るも、彼の付き人の気配はなかった。そういうことでしたら、と二人は素直に頷いた。そのまま帰る二人を見送り、傍に寄ってきた女中に荷物を全て預け、客間へと急ぐ。
「──────花詠」
背後から声がかけられた。
「そんなに待たせてしまいましたか・・・?」
どこか冷たいその声に元より良い姿勢がさらに正される。普段はこんなことで怒る人ではない。
「その事に対しては特に何も感じていない。・・・さぁ、お入り。俺と“話”をしよう、花詠」
彼────水無月時雨は、立ち竦むうちの横を通り、少し開けた襖に手をかけそう笑いかけた。
最後の時雨のセリフは完全に作者の趣味です。
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