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忘れじの紡ぎ声  作者: ange
第1章
5/9

出会いは桜の木の下で4

生徒達の視線は、教卓に立つ一人の青年に集められていた。陰陽院にとって、編入生は珍しいものではない。ただそれが、水無月家の推薦という点が無ければの話だ。かの“月”の一つに数えられる名家、水無月。日本の陰陽師のなかで知らない人はいないだろう。陰陽院の創設に深く関わり、安倍家に古くから仕えていたりもする。ボクの顔は知らなくても、ボクの名前は知られているし・・・

まぁつまり、ボクの家は旧いってこと。そんな水無月家が推薦してまで編入させるくらいなんだから、どれだけ優秀な陰陽師なのかと浮き足立つのも仕方ない。

「なぁ浅葱、あいつってどれくらいの実力なの?」

「知りません」

「は?────いや、知らないって・・・。お前ん家の推薦なんだろ?」

「昨日は色々あったんですよ。でも、兄さんが許可を出したってことは何かしらあったんじゃないですか?」

行仁先輩はボクの言葉に納得したようなしてないような、曖昧な表情をする。

「今日は座学だけなので、放課後にでも・・・とは思っているんですけど、」

「じゃあ俺も参加してもいい?」

「行仁先輩は、葉月様をきちんと責任をもってお家に帰してあげてください」

ボクがそういうと行仁先輩は不服そうな顔をした。仕方ないじゃないか、葉月様は1人で家まで辿り着けないほどの方向音痴なんだから。行仁先輩がいないと、家から出ることすら危ういらしい。


「───────よろしくお願いします」


どうやら咲弥の自己紹介と説明は終わったようだ。ボクが教卓の方へ目を向けると、咲弥の視線がふらふらしていた。ボクを探している、のかな?

こちらに顔を向けたあたりで手を振ってやる。それに気づいた咲弥は、こちらからでも分かるくらい顔が綻んだ。その瞬間、少し教室がざわついたのはきっと錯覚ではない。ボクも少しあてられたのだから。

少し小走りで咲弥はボクらの席までやって来た。

「隣どうぞ」

「ありがとう、浅葱。でもよく俺が浅葱を探してるってわかったな?」

「初めてのところで咲弥は、ボク以外誰を探すっていうのさ」

「それもそうか。それで・・・」

咲弥はボクの隣に座る行仁先輩を見る。

「行仁先輩だよ。」

「江染行仁だ、よろしく!」

「吉野咲弥です。よろしくお願いします、先輩」


お昼はそのまま3人で取ることとなった。教室から出るボクらを複数の視線が追ってきたが、それはまた後ほどってことで。


「いやぁ、それにしても水無月家の推薦ってなかなか珍しいな?」

「そうなんですか?」

「そもそも、“月”からの推薦なんて中々無いよ。咲弥が5年ぶりになるかな?」

「挨拶の時にも聞こえてきたんだけど、“月”ってなに?」

「何、浅葱なんの説明もしてない感じ?」

う・・・昨日は色々あったんだから仕方ないじゃない。

「“月”っていうのは、簡単に言えば24ある陰陽師の名家のこと。睦月から始まり師走まで、それぞれ一家に連なる家系が12。んで、浅葱は12家の水無月家当主の妹」

「行仁先輩は、12家の葉月の家の従者である江染家の当主さま」

「当主なんですか?!」

びっくりするのも仕方ない。この若さで当主なんて言われても想像もできないだろう。でも、代々24家の当主は40代以外という若い者で構成されて来た。

「当主って言ってもすることは無いしな。強いて言うなら、侑楽様のお守りかなぁ」

「葉月様に失礼じゃないですか?お守りなんて」

「実際そうなんだから仕方ないだろ?」

ボクらの会話を咲弥は不思議そうにみていた。

「咲弥、どうしたの?」

「お守りってどういうことなんだろって思って」

「あぁ・・・侑楽様ってすっげぇ方向音痴なんだわ

。俺がいないと目的地まで行けないほどの」

「た、大変ですね?」

「大変大変!だって迷子になっても何処にいるか本人が分からないし、説明すら出来ないんだからな!」

ぴりりっ。

「あ、携帯なってますよ行仁先輩」

「おー・・・げっ」

先輩は画面を見ると見るからに嫌そうな顔をした。もしかして───────

「葉月様ですか?」

「そう。どうせ迷子なんだろうなぁ。────はい、行仁です。」

先輩はボクたちに手振りで「先に食べていて」と送ってきた。顔を見合わせたボクたちは、それぞれ箸を手にし食べ始めることにする。

「そこ何処なんです。川ァ?」

『 ──で────迎えに来て──』

「はいはい、行きますよ!行きますから、そこを動くな!」

それだけ言うと先輩は乱雑に携帯を鞄に投げ入れた。

「迎えに行かれるんですか?」

「仕方ないからな。講義ももう終わりだし、丁度いいわ。それじゃ、咲弥、浅葱またな」

「お疲れ様です」

「あっそういえば、行仁先輩!兄さん見てません?」

「いや、知らないな。侑楽様にも聞いておくよ」

「ありがとうございます!」


「さて、今日は咲弥の陰陽師としての力がどれだけあるかを見ようと思ってるんだけど・・・」

「それは大丈夫だけど・・・陰陽院に入った後にするのか、それ?」

「別に陰陽院は陰陽師だけが通うわけではないんだ。現に行仁先輩だって陰陽師の家系じゃないからね」

そう言うと咲弥は驚いた顔をした。

「そうなのか?」

「そうだよー。行仁先輩の家は、武士の家系」

「武士!?」

「あぁ見えて剣術はすっごいよ。今度見せてもらうといい」

咲弥はキラキラした目をしてコクコク頷いた。随分と表情が変わるようになったなぁ。

「家に戻ったら、荷物とか置いて離の方に来て」

「分かった」

会計を済まそうとすると、

「お支払いは済んでいます。ありがとうございました」

きっと行仁先輩だな。こういう世話が焼けるから葉月様もついつい甘えるんだよ。だってボク、葉月様が1人でお手洗いに行って帰ってきたのを見たもん。

「行仁先輩が払ってくれていたのか?」

「そうみたいだね。明日会ったら俺を言わなきゃいけない」

そうだなと咲弥も頷いた。


そういえば、咲弥の頭痛があれ以降無いな・・・やっぱり一時だけのものだったのだろうか?

「咲弥」

「ん?どうした浅葱」

「まだ何も思い出しそうにない?」

「そうだなぁ・・・」

それだけ言うと咲弥は少し深く考え込む。それでも足だけは止めないので、ボクらは無言で歩くことになる。そよそよと凪ぐ春風が気持ちいい。何故だか、咲弥の隣はとても居心地がよくて安心出来る。・・・もし、全ての記憶を取り戻したら咲弥は・・・どうするのだろうか?ボクらの関係はどうなる?今からそんなことを考えるのが、少し怖い。まだ出会って数日なのに、ボクは随分と咲弥に気を許しているんだ・・・。

「やっぱりなにもわかんねぇ・・・」

「そっか。ゆっくりでいいよ・・・時間はあるんだし」

そうだ、ボクらにはまだ時間がある。


────どうかこの平穏が永く続きますように

そんな希望を抱く。見上げた先の咲弥はどこかボゥっとした顔をして、脇に立つ桜を見上げていた・・・



───────────────────────

水無月家の別荘にある離は大きい。果たしてこれは離と呼べるのかと毎度思うが、致し方ない。

「実力をみるっていっても、実際にやってもらうわけじゃないから。ただ“視る”だけ」

「違いがよく分からないけど、お願いします」

「目を閉じて」

すっと咲弥の瞳が閉ざされる。意外とまつげ長いなぁ・・・。そう思いながら咲弥の手をとると、ぴくっと肩が跳ねた。・・・・・・面白い。このまま色々したくなるが、それはまたの機会にしよう。

「“水よ流れるままに・・・我に示せ”」


何かが体の中を駆け巡る感覚がする。どこか浅葱に似た、涼やかで心地よい何か。全身を探られているのだろうが、不思議と不快感は全くなかった。浅葱、だからかな。

「終わったよ」

その声を合図に目を開けた。


「どうだった?」

目を開けて開口一番にそれを聞くか?

「なんて言うんだろう・・・陰陽師としての力はある、んだけど・・・」

「けど?」

「“閉じてる”」

「んん?閉じてるってどういう・・・」

「ボクにも分からない」

咲弥に見鬼の才は確かにある。でも、才の力が封じられている・・・ようにボクは感じた。咲弥の治療をしてくれた、花詠様や菊さんは何も感じなかったんだろうか。

「この状態で術を使うことが、咲弥にとって、すごく危険になるかもしれない・・・」

「別に気にしないさ。使えるんだろ?」

「も、もちろん!それだけの才は咲弥にあるもの。でも、」

「じゃあ大丈夫だ。それさえ聞ければいい」

こいつは何を言っても聞かないタイプの人間だ・・・!好きにやらせるしかない。もし少しでも危険だと判断できたらそっこく花詠様のところに放り込もう。

でも何も媒介するものなく術を使うのは不安定過ぎる。

「何か得物となるようなものを探そうか」

「よろしく」

「咲弥も一緒に探さないと意味無いよ!!」

ははは!と笑いだす咲弥の足を蹴ってやった。ボクに任せきりにすると痛い目みせるぞ。


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