出会いは桜の木の下で 2
あの後、咲弥さんを兄さんのところに連れていき、事情を説明した。彼を校舎裏で見つけたこと、編入の推薦状がほしいこと。いきなりだから、難しいだろうと思っていたけど、驚くほどあっさり許可が出た。いくらボクに甘い兄さんにしても違和感は残るが、それは後回しにしても大丈夫な問題だろう。
諸々の契約書にサインをして、無事に陰陽院の制服を受け取る。
この後に用事は特にない。今日はこのまま解散でもいいだろう。
・・・・・・あれ?そういえば、咲弥さんはどこに帰るんだろうか?
彼は名前以外思い出せないと言っていた。帰る場所だって思い出せてないに決まってる。それに、住所を書く欄が空白だったような気もする。
「咲弥さん!」
「どうしたの?えっと・・・」
「あっ、言ってませんでしたっけ?浅葱です、水無月浅葱。さっき会った水無月時雨の妹になります」
「浅葱・・・浅葱、さん?ちゃん?うーん。どれも違和感があるな・・・」
そういって咲弥さんは苦笑した。ボクも、どことなく同じ年のように見える咲弥さんに、浅葱さんと呼ばれるのも何か違う気がする。
「呼び捨てでいいですよ、咲弥さん。ボクたち同い年っぽくないですか?」
「うん、確かにそんな感じがする。じゃあ俺のことも呼び捨てで呼んでよ、浅葱」
少しはにかんで笑う咲弥さん・・・咲弥。よく見れば、整った顔立ちをしてる。思わずじーっと見てしまった。
「それで、どうかした?」
首を傾げながら聞く咲弥の言葉で我に返る。
「そうだった!咲弥って住むところないじゃない?だから、ボクの家においでよ」
「えっ」
そういって咲弥は固まった。
「え?」
何言ってんだみたいな顔をされた。ボクそんなに変な事言ったかな。それとも何か気がかりなことでもあったのか?
「あ、もしかしてお金のこと!?お金なら気にしなくていいよ!」
「いや・・・そうじゃないんだけど・・・・はぁ、まぁいい、のか・・・?お世話になります」
どこか諦観した顔で言われてしまった。いや、どういうことだ、すごく気になる。けど、咲弥はもう言うつもりがないようだった。あまり気にするようなものでもないのかな。
「俺はこの後どこにいけばいいんだ?」
「えーと・・・職員室?」
でも契約書にはサイン済みだし、挨拶は明日でも大丈夫だしなぁ。
「浅葱が疑問形でどうするんだよ」
おぉ、なんかすごくしっくりきた。今のいいっ。まるで相棒みたい!花詠さんと兄さんの関係みたいだ・・・
「まぁいいじゃん、明日にしよう!今日は家を案内するからさ」
行こう行こう、と咲弥の背を押して門を出る。
ボクが住む水無月家の別荘までの道を2人で歩く。なんだか新鮮な気持ち。いつもこの道は1人だったから。
今の時期、この道は桜で満開となる。近所の人からは“桜街道”なんて親しみをもって言われているくらい、ここの桜はとても綺麗だ。ボクもこの桜街道を気に入っている。
桜で思い出したけれど、咲弥が倒れていたところの桜、あれは花詠さんが植えたものだったはずだ。後で花詠さんに連絡しなくてはいけない。もしかしたら何か異変があったかもしれないし。事後報告みたいになるが仕方ない。それに、もう既に兄さんが連絡しているかもしれないが・・・。
「ねぇ咲弥、あの桜のことなんだけど」
「あの?・・・あぁ、俺が寝てたところのやつ?」
「そう。それなんだけど知り合いが植えた木なんだよね。結界のような役割もしてるらしいんだ」
「へぇ。尚更不思議だな。一体どうやって俺は、あそこに行ったんだろうなぁ・・・ぅつ!」
急に咲弥が頭を抱え道にうずくまった。
「どうしたの!?」
「あた・・・まいたい・・・っ」
あまりに突然のことに思考が追いつかない。そうこうしているうちにも、咲弥の呼吸が浅くなっていく。
どうしよう、どうしよう・・・!
焦ってしまって、取るべき行動が何もできない。頭ではわかってる、誰かを呼ぶべきなのだ。だけどボクは、ただ座り込むことしか出来ない。
───────兄さん・・・!
いつも咄嗟に助けを求めるのは、たった一人の兄だった。時雨兄さんなら来てくれる、そんな漠然とした信頼があったから。
だから今回も・・・
「もう大丈夫だ、浅葱。」
───────ほらやっぱり来てくれた。
「兄さん」
「うんうん。いきなりの事だからびっくりするのは仕方ない」
兄さんはそう言ってボクの頭を撫でてくれる。その暖かさに身をゆだねながら視線をやると、倒れ込む咲弥の隣には花詠さんと菊千代さんがいた。よかった・・・。あの二人がいるならもう心配はいらない。そう思うと急に恐怖が襲ってきた。
「ボク・・・な、何も出来なくて・・・っ」
溢れ出そうな何かを必死に抑える。口を開くと泣いてしまいそうだった。
「分かってるから」
そんなボクに兄さんはそれだけ言うと抱きしめてくれた。いつもなら絶対にさせない事だけど、こんな時に縋ってしまうのはやはり兄という存在が大きいからなのだろうな。
抱きしめてやると浅葱は、声を漏らすことなく泣き始めた。いくら会ったばかりの人間だろうと、目の前で急に倒れ込む姿を見るとショックだろう。それに浅葱には、しっかりした治療の方法は何も教えていない。考え直すべきだな。
少し落ち着いてきた浅葱から離れ、治療に当たってくれている2人のところへと向かう。
「花詠、どんな感じだ?まさか死んではいないだろうな」
「当たり前やない。うちのお菊の薬やで?」
若草色の着物の袖を口元にやり、不敵に笑うのは、皐月家当主、皐月花詠。
「おいばばぁ、なんでお前が得意げやねん。
大丈夫ですよ、時雨様。1日安静にしていればすぐに目が覚めると思います。」
その横で眉を吊り上げているのが、花詠の従者の東井菊千代。菊千代は、俺たちよりも年下のはずだが花詠にだけ少し乱雑な口調になる。それが、彼女達の信頼の証なのかもしれないが・・・。初めて聞いた時は、本当に驚いたなぁ。
「そうか、ありがとう菊くん。────浅葱、立てるか?彼はお前と一緒に住む予定だったんだろう?」
「あ、うん・・・行ける大丈夫」
まだ少しフラフラとしてるが大丈夫だろう。そう思い、咲弥くんを背負う。
「行くぞ。ゆっくりでいいから着いてきなさい」
「はい、兄さん。花詠さん、菊千代さんありがとうございましたっ」
丁寧にお辞儀をした浅葱が駆け寄ってくるのを確認し、歩き出す。
花詠がこちらを見ている気がしたが気にしないことにした。
「・・・・・・・・・」
「おい、どうした?」
時雨くんは気づいとったんかな。あの桜はうちだけのもんとちゃうしなぁ。後で色々聞かれそうなきがして、今から気分が憂鬱やわ。
「お菊」
「何」
「お菊はなんも感じひんかった?」
「・・・あー・・・」
頭をガシガシとして言いにくそうにする。
「なんも感じなかったよ」
「そうか・・・ごめんな、お菊」
「いいよ、別に」
少し拗ねてしまった。後でお菊の好きなわらび餅を奢ってやらねばならない。時雨くんがしていたように、頭を撫でてやると余計拗ねてしまった。
「さ、うちらも帰るで」
明日は24家会、あの曲者たちを相手せねばならないのだから今日ぐらいはゆっくり休みたい。
見慣れた門が見えてきた。水無月家の京都の別荘、そして今のボクの帰る家だ。知らず知らず、ほぅと息が出た。少しは落ち着いたとはいえ、まだどこか体が強ばっていたようだ。それが家を見たことにより緩んだんだ。
とりあえずボクたちは居間へと進む。一息ついたところ、
「浅葱、和室に布団をひいてこい。咲弥くんを寝かせる」
そう兄さんが言った。
「あ、うん」
ここでもいいはずなのにどうして和室なんだろうか。・・・なんだか追い出されたような気もする。
襖を開けると少し埃っぽいが、1日なら気にすることなく眠れるであろう布団が出てきた。今日のところはこれで寝てもらおう。明日にでも干せばなんとかなるだろうし。
「お待たせ、準備出来たよ」
「ん。ありがとう」
居間へと帰ると兄さんは咲弥の顔をのぞき込んでいた。
「押し入れのやつをそのまま出したんだけど、良かった?」
何気なく近づくと、兄さんは咲弥の服を脱がせようとしていた。
脱がせようと・・・?
「うわぁぁぁぁぁぁ!兄さん何しようとしてるの!?さ、咲弥の服に手なんかかけて!!」
「誤解だ!脱がせようとしてたわけじゃない!」
「ボクはそこまで言ってないよ!脱がせようとしてたんだね?・・・待ってて、花詠さん呼んでくる」
「待て待て待て!!」
電話のところに向かおうとしたボクは兄さんに羽交い締めにされた。
「だから誤解なんだって」
「じゃあ何してたのさ、ボクの相棒にっ」
ボクの言葉に兄さんは目を見開いた。
「相棒・・・?」
どこかからか、禍々しいオーラが出てきた。どこと言うか、兄さんしかいないんだけどね。
「相棒だよ。咲弥は今日からボクの相棒」
「・・・お兄ちゃんは聞いてません」
「言ってないもん」
兄さんと花詠さんの関係に憧れていたなんて口が裂けても言いたくない。ぷいっとそっぽを向いてみるが、禍々しいオーラからは逃げれそうにもない。なおも顔を背け続けていると、ふっと体の拘束が解けた。
「兄さん?」
訝しげに顔を伺い見るも、前髪で隠れてよく見えない。
「帰る」
「は?」
「俺は帰る。帰って寝る」
「ど、どこに!?」
本家とか言わないでよ・・・?ここから本家までどれだけ距離があると思ってるんだ。
「ホテル」
良かったぁ。あしたは大事な会議だからそんな訳ないんだけど・・・兄さんならやりかねないから。
スタスタと兄さんは無言で家から出て行った。何なんだあの人は!結局咲弥に何してたかも聞けないままだし・・・って、咲弥運んで行ってくれてないじゃん!ボクがするの!?
「このままではダメだ。───────が果たせない・・・!」