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8.一度目のお別れのマキ

 マキはもうすぐ戦地へ出発する。兄のキアヌも戦っている。皆が戦っているのに自分は戦えない。モンは悔しさで眠れぬ朝を迎えた。


『ある日、私はこの街にいない。モンはいつもと同じ朝を迎えてイイの』


「同じ朝…同じ朝、か…」

 マキはそんな風にはぐらかして、出発する日をモンには教えなかった。

 最初は家族じゃなかったんだからと言われて納得がいかない思いに駆られる日数は、納得するまでにかかる日数と同じだ。

 強く出られないモンは苛ついていた。決めた考えをマキに伝えることができないのは、完璧でなく無駄だから。おそらく抱擁をしてもその強さで大切に思っていることを伝えることは出来ても考えを変えることは難しい。そんな理屈を朝まで考えていた。

『彼女に恋をしているかはわからない。ただ彼女が気になって…。「行くな」なんて言葉は「女々しいわよ」と言われている気がして。そんな判断ができるから、これは恋愛じゃない』

 モンの心が最も疼いたこの日の朝、マキが出発する日なんじゃないかと思ったモンはベッドから飛び起き、急いで服を着て、マキの宿舎の方へ走った。宿舎の入り口が見える野原に来ると、自分の腕を枕にして野原に横たわりマキが出てくるのを待った。

 衝動で来たのだ。マキの出発を止めるために来たのか、出発を見送りたいだけなのかはわからなかった。

 マキが出てくるのを待つというのに、到着すると安心して眠くなった。モンは草原で眠りかけている。

 少しすると朝早く起きたマキは宿舎の近くの顔洗い場に出てきた。顔を洗うとモンに気づいたが「おはよう」の挨拶もなく2人には距離があった。マキはモンのほうへ歩もうとしたが、チラと見ただけで歩み止まり下を向く。2人には10歩の距離があった。

 眠気眼のモンはマキに気づいて立ち上がった。

「僕はキミを失いたくない。絶対、どんなことがあってもキミを失ったりしない。キミが戦場へ行っても、…君の顔、わすれない。忘れるはずがない、僕たちは家族なんだ」

 しばしの沈黙の後、

「…ありがとう。花しか咲かせないあなたに、どうしてそういう強さがあるのか、不思議。あなたが怯えているのがわかる。私に言葉をかけることに、そんなに精神を使うなんて…他人行儀になるわ」

 二人が、変だった。

 咳き込んでから、仕切り直す。

「いつ出発するんだい?」

 モンはダイレクトに聞いたがマキは出発する日を教えない。

「今日じゃないわ。…モンは私が出発するのを止めようとはしていないのはわかるわ。なのになぜ心では強く引き留めようとするの?」

 マキの言葉を受けて、咄嗟に出た言葉でモンのつかえていた答えが解った。


「キミが、帰ってこないような気がして」


 マキは顔を赤くした。

「…なんでそんな事言うの?もう帰って!」

 手に持っていた水汲みの杓子を投げ捨ててマキは顔をシワクチャにして宿舎へ入って行った。

 モンは不甲斐なく退散。家に戻ると仕事を休んで昼寝をして、その晩もまたしばらく眠れなかった。翌日は仕事へ行った。


 その何日か後がマキの出発の日だった。

 出発の日にモンと顔を合わせないように、マキは配属されたヴェルサの軍の部隊の統括者に事情を話して一人早く出発させてもらうようにしておいた。気まずかったのだ。

 夜明け前に部屋を出てホウキにまたがり誰よりも先に出発し途中で待機して合流させてもらう段取りだ。

 マキは出発の日になると予定通り日が昇る前に家を出た。ホウキで山より高く空に飛び上がると地平線から日が昇った。18年間住んだ街を眺めて「まるでアナタに別れを告げているようね」と街に語りかけて光景を目に焼き付けた。惜しみながらも移動を始めると、朝の空気が髪をゆらしてくれた。

 ホウキで街が見えなくなってしばらくすると、野道に一台の牛車が見えてくる。ディッキリー・ドゥックルーの牛車だ。段取り通りだ。マキはホウキを降下させて牛車に近づくと、動く牛車の座席に慣れたように着地する。御者台に座る彼に話しかけた。

「ディッキリーおまたせ、来たわ。段取り通りね」

「やあ」

 その声はディッキリーではなかった。

「!?ディッキリーじゃない!?」

 御者の席に座っていたのはモンだった。

 マキは、出発する日をモンには黙っていたが。ディッキリー・ドゥックルーに内緒にしておいてほしいとお願いしていたのだ。だからディッキリー・ドゥックルーは出発の日をモンに伝えた。

「なんで、あなたがいるのよ…」

 マキから震えた声が出て、ディッキリーは何かやらかしたのではと荷台の幌から顔を出した。

「え!?そういうことじゃなかったのかい?」

 マキがモンに黙って出発した意味は、モンへの優しさという理由ではなく、モンとの別れの辛さからで、不意を突いて御者の席にいたモンと顔を合わせたマキは吹き出して笑ったと思えば、堰を切ったように涙が溢れ出た。

「なんで、モンがいるのよ…おかしいし、うわあん、うわあん」

 モンはマキの顔を抱えて優しくしてやった。地上はまだ日は昇っていなかった。

「ほら、いつもと同じ朝だよ。君がいるんだもの。これがいつもと同じ朝だろう!…それに、ボクは花を咲かすことしかできないけど、実は朝、早起きすることはできるんだ。せめて見送りくらいさせてくれよ」

 マキはモンの被っていたフードを剥いで引っ張って、下唇を噛んで声なく悦に浸った。

 モンはマキの手を取り花の種を置いて両手で包んで開いた。種はたちまち手を押し広げて発芽し花が咲いた。

「私、モンの花、好き。瑞々しくてきれい…」

「そうさ、ずっと花を見ていればいいよ」

「そのセリフ、笑っていいの?」

 マキはモンの手を取りぎゅっと握り静かに寄り添った。モンは片手で牛車を走らせている。やがて正面から日が昇った。

 ディッキリー・ドゥックルーは牛車が進む振動が心地よくて荷台で眠っていた。豪快なイビキがグーグーと聞こえてきたのでモンは牛車の側面を叩いてディッキリーを起こそうとしたが、ディッキリーは目覚めそうにない。マキはその寝顔を覗いて見たくなった。

「ディッキリーはどんなときにも優しい顔をしているのね」

「彼の仕事さ」

 平和な寝顔だった。

「私達、生まれた時は別々だったけれど、ずっと家族よね。辛いことがあったらモンのことを思い出すし、時間があるときにも思い出す。そして手紙も書くね」

「うん」

「私きっと、最前線に行くことになる」

「うん」

 モンは「うん」としか言わなかった。

 他の部隊と合流する場所に到着してモンとマキはしばらく思い出話に浸った。マキは孤児でモンの家に温かく迎え入れられモンやキアヌに優しくされて育った。子供の頃にモンの両親を失って同じ悲しみを受けていたし、絆は強いものだった。


「そろそろ他の部隊も来るころだよ」

 しばらくするとヴェルサ軍の隊列が到着した。

 モンが咲かせた花を持って、マキは配属された部隊の牛車に乗り込んだ。

「みんな、共に行きましょう。よろしく」

 すでに1つの小部隊の長であるマキは訓練を共にしたなじみの仲間に挨拶をする。

「マキ隊長、彼氏ですか?」

「バカ、家族よ」

 他の魔法兵士と片手を出し合って手を叩いてから、ホウキを立てかけて椅子に座る。

「綺麗な白い花ですね。バランスのとれた5枚の花びらの開き方もまた良いですね」

 マキよりも年上の25才を越える部下もいるが気軽に話しかけられる。そういうマキの部隊は精鋭の部隊だった。マキは魔力も統率力もずば抜けていたのだ。

 モンが乗っていた牛車はディッキリーの輸送車でこれから戦地へ行く仕事がある。モンの仕事場野畑はそこから近かったのでここでみんなとお別れだ。

 牛車が発車する。

 マキは牛車の小口から体を乗り出す。モンは野道に立っていて、黙ってマキへ笑顔を送っている。

 マキも言葉は発しない。

 部隊は出発した。


「兄弟で助け合うって言ったって、ボクは戦争へ行けないのだから兄さんやマキを助けることはできないじゃないか。父さん何を言っているんだよ…」


 部隊が行ってしまうと何もできないモンは愚痴が出た。

「何年も経つのになんで戦争が続いているのさ…終わってりゃ、マキは行かなくて済んだのに…岩混じりのひもじい畑に来る必要もないんだ」

 まだ仕事を始める時間より早いし、他の仕事仲間は誰も来ていなかったが、モンは一人黙々と仕事を始めていた。

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