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3.戦地のキアヌ

 モンの兄、キアヌは戦地にいました。

 前線で国境を守り豊穣の地へ行く部隊を保護します。膠着状態の日々で戦うことは稀なので、キアヌは家畜の世話をしたり畑仕事をしています。前線近くに鉄鍛冶の工場もあります。大勢がそれなりに腹を空かせて生産業務もしています。


 ゴーコーというのは人の胸ほどの背丈の四本足の『羊牛』です。20匹のゴーコーがのんびりできる広さの牧柵の中でキアヌが群れと戯れています。ゴーコーは人懐こくはないもののキアヌにとっては遊び甲斐があるようです。『運動させると肉が良い味わいになる』のだそうですが、キアヌがよくつぶやくのは、こんな言葉。


「おいしそうだなあ」


 前線の者は皆日々腹を空かせていました。

「耳をかじるなよ!」

 ゴーコーの耳を生きたままかじって食べる者がいるので冗談混じりの注意をされることもあります。

「キアヌ。それじゃあゴーコーを頼むよ」

 キアヌはゴーコーの群れを一つ手前の集落まで移動させるように申し付けを受けていて、夕方前に出発しました。キアヌはたいした魔法は使えませんがゴーコーの群れを連れてゆくことくらいは良くできました。ゴーコーの群れを移動させて、宵の口には再び前線に戻ってきました。



――夜になりました。


 前線は緊張しています。希な敵の襲撃は日が落ちてからです。それは慣れっこでありも、慣れていないとも言え、風が強く吹いても怯えました。いつ何が起きるかわからないのです。

 ここ数週間は何も起きていませんでしたが…

 予感の鋭い者が助言を出したので、ゴーコーの群れを一つ後ろの集落に移動させるように決めたのは…


 正解でした。


 20ほどの数。遠くに動く光が見えます。手に持つ松明の光が地面を照らし動いています。


「なにか大きいのもいる」


 青白い大きな炎が輪を描き、ぼんやりと輪郭を現しています。はっきりとしません。

「来ましたよ、応援です。なんですか、あの青白いの?」

 隣の前線の味方部隊がやってきて合流しました。ここに敵が向かってきていると察して来てくれたのです。

「ありがとう。我々も気づいたばかりなのに。早いですね」


 シュパ…シュパッ…シュパ…シュパッ

 青白い炎のところからそんな音がしています。松明の動きが規則的に並ぶと、一斉に振り下ろされました。全体命令を発する声が音の遅れで聞こえて来ました。

「うてー!」

 青白い火の輪のところから大きな炎の玉が打ち上がります。


「ひーのーたーまー!!」


 ヴェルサ側の見張りが大きく叫びます。辺りが赤くなるほどの大きさの炎の玉が空まで昇っており、皆が見上げると一直線に落ちて来こようというところです。

「まずい、あっちに落ちるぞ」

「あんなのどこに落ちてもマズイ」

 誰かが魔法の壁を咄嗟に作り防ごうとします。…が無駄。巨大な炎の玉は地表に油を撒いたように風を纏って波状に広がり衝撃で建物を吹き飛ばします。自分の身を守るべくの行動が精一杯で、土手に身を伏せた者の中にキアヌもいました。衝撃が肩を通過し炎がついたのを手で払い、すぐ周囲を見れば、ヴェルサのその部隊は半数が壊滅していました。衝撃はゴーコーの牧柵の奥向こうまで届きました。

 牧柵は吹き飛びながら燃えています。

「ああ…これはまずい」

 キアヌは戦う魔法はろくに使えません。焚き火に火をつけるとかその程度の男でした。よれよれと躓きながら荷馬車を用意します。

「…み、みな、これに乗って!」

 キアヌは指揮者ではありませんでしたが、長男の癖で怪我した仲間を乗せて助けようというのです。敗戦支度です。

 敵側から握り拳大の火の玉が一直線に飛んできます。20人の敵兵が石に火を纏わせて加速させ、次々に投げてきます。当たるとドスっという音がして燃え上がります。

 キアヌも火の玉を受けてしまいます。田んぼの泥水の中に落ちて倒れ、意識が朦朧としました。キアヌはただただ、災難を被り転げ回っているようです。

「なんにもできない…」

 田んぼに頭をつっこみながら己の無力さをいつも通りと思い知ります。



 気づくと朝になっていました。


 キアヌは生きていました。田んぼの泥水のすぐ脇で、体についた泥は乾いていました。

 朝日は眩しく、昨晩のことは覚えています。耳を澄まし、周りを見ます。

「ベアリーツのやつらはいないようだ」

 仲間を乗せようとした荷馬車は昨日のままです。

 倒れている者が何名かいて声をかけました。答えはありません。

「全員じゃない」

 顔見知りの者はいなかったようで、嗚咽を漏らすこともありません。仲間の大分は逃れたのだとわかりました。


 パンツ一枚で疲れ果てて寝ている男を見つけました。自ら服を脱いだ形跡があります。

「生きているかもしれない!おいキミ、大丈夫かい?」

 キアヌと同じくらいの年齢と体格の男でした。

「あ、うん…」

 男が目を開くと、瞳の色は赤く、ベアリーツの者だとわかりました。

「うっ!」

 男は自分で白状します。

「すまない…僕はベアリーツの者だ。寝てしまった。…僕を…殺るかい?…よかったら助けてくれないかな…僕は何をやってもドジなんだ。この通りさ」

 男は両手を広げて何も持っていないポーズをしています。どんな魔法を使うかはわかりませんので両手を挙げられても警戒は解けません。キアヌは歩み止まりじっと男を見ています。

 距離が緊張感を醸しています。

 ベアリーツの男は、場を和まそうとします。

「すまない…僕はドジなんだ。何もしないよ…僕を…助けてもらえるかな?」

「キミは僕達の仲間を殺したのか?」

 キアヌは質問し、男はなんでも喋ろうとしました。

「僕はやってない…僕はベアリーツのドジ男さ。ドジだからそんなことできなかった。…そもそもこんなことしたくない。僕はやられたフリをして終わるのを待ったのさ。そうだ。あんたの足元にある服の中に食べ物が入っている。あんたにやるよ」

 服の中には棒状に練り固められた食べ物が2つありました。

「マルメルトさ、知ってるだろう。美味いぞ。母ちゃんが作ったんだ」

 1つを男に投げて渡して食べさせてから、キアヌも食べました。

 マルメルトは思ったより美味しくて、声を出して語るほどでした。気づけば男と他愛もない話をしていました。時を忘れ昼前になり、キアヌは男に帰って良いと伝えました。キアヌは『自分も臆病者のドジさ』などとは語らず最後まで気を引き締めています。


「こういう出会いって友達になれたりするのかな。そうだこれをやるよ。…魔力の腕輪チャーダさ」

 革製の腕巻きのようなものを男はキアヌに渡しました。

「それならゴーコーの首巻きをやるよ」

「そこそこいいものじゃないか、いいのかい?」

 ゴーコーの首巻きは、顎の下の紐で結ぶ毛皮のもので、肩周りまで覆うものです。キアヌは敵兵とこのような交流ができて、人と打ち解けた実感を得て嬉しさ高まり、他にあげるものなく奮発したのです。

「僕を逃がすと、君は怒られるんじゃないのかい?」

「君をやっつけられないし、僕だけで戦争を終わらせることなんて出来ないし…」

 キアヌから格好つけたような言葉が出てしまうと、ベアリーツの男は疑問を呈します。

「戦争って終わらせることができるのかい?終わったら何をするんだい?」

 ベアリーツの男は、キアヌとは考えが違っていました。

「僕らは戦争をしたいとは思っていないんだ。君がベアリーツへ帰ったら…そう伝えてほしいよ」

「そうなのか。戦いたくなければ服従降伏すればいいじゃないか?君たちが頑固なのだろう」

「服従降伏…?」

 キアヌはよくわからなくなり、それ以上話をしたくはありませんでした。

 無言の返事をして目で別れを告げると。ベアリーツのドジ男は背を見せたまま落ちていた服を取って歩いて行きました。

 食べかけて握ったままだったマルメットの残りをキアヌは食べました。

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