雷の魔法少女
あの強力な厄妖を倒してから数日。どうやらあれが気持ち悪い厄妖のボスだったらしくあのタイプの厄妖には出会わなくなった。しかも他の厄妖にも遭遇していない。たぶんあれがこの辺りを占めていたから他の厄妖も現れてなかったのかもしれない。ということはあれが消えたことでまた別の厄妖がやってくるということで、また気を引き締めておいた方がいいかもしれない。
ここ最近で変わったことと言えば武の怪我が治って戻ってきたこと、学校でいつも後ろから視線を感じるようになったことだ。
「なぁ薫、お前なにかしたのか?」
「なにかってなんだよ」
「あのいつも無表情で誰とも絡まない、静永さんがお前のことずっと見てるんだよ。なにかしたに決まってんだろ」
「決まってるって……マジでなにもしてないって」
委員長の視線に気づいていなかった俺でもわかるほどずっと感じる視線。別にカオリに変身できるようになって気を感じられるからとかではなく、本当にいつも見られているのだ。こっそりではなく俺のことを観察というか見定められているという感じで振り返ると目が合う。
「……」
「……?」
首を傾げられてもこっちが困る。
そして放課後。
「悪い薫しばらく一緒に帰れない」
「はぁ? なんかあったのか」
「ああ、あの怪我をした日以降やっぱり彼女のことが忘れられなくてな。探すことにした」
「お前、もしその彼女とやらを探すってことはまた化け物に遭うかもしれないんだぞ」
「あの子は強かったし俺一人くらい平気だろ」
「……お前なぁ」
あのときは武がいても敵が一体だけで苦戦はしても意識を俺に向けるだけでよかったからいいものを。
「それでもし出会ったとしてどうしたいんだ?」
「それは……そのとき考える! また明日な」
「あ、おい!」
その場から逃げるように武は去っていった。いくら最近厄妖が出なくなったとしてもいつ出てきてもおかしくないんだから探すのを止めようと思ったんだが、まぁ大丈夫か。変なところに行くわけでもないだろうし、他の魔法少女もいるから。
でもまさか自分から危険な場所に行くなんて言い出すとは思わなかった。原因は自分自身だけど。
そういえばいつの間にか視線の主の静永さんがいなくなっていた。なぜ俺を見ていたか聞こうと思っていただけに少し残念だが機会はまだあるだろう。一人だけだが帰るか。
校門を出たところで数日ぶりに厄妖の気配を感じた。武のこともあり厄妖は同時に出現するのとかこの街にあと何人の魔法少女がいるだとか気になるが、近くの厄妖を野放しにはできない。
厄妖の結界に近づけば近づくほどに人気はなくなっていく。そして誰もいなくなったとき変身……の前にまたしっかりと確認してから刀を握りしめ、俺はオレになる。
「なんだ……あれ?」
結界に入りしばらく移動すると嬲られぼろぼろになった小さいクマのぬいぐるみみたいな厄妖が、金色の髪に執事服のような格好の両手に拳銃を持つ少女に踏まれていた。
「グ……ギギギ」
「……うるさい」
少女は厄妖の頭付近に一発銃弾を撃ち込み黙らせた。一見すると少女が動くぬいぐるみ相手にひどいことをしているようだが、しかしどんな姿でも厄妖は厄妖。顔は正面が裂けるようになっていて内側には牙がびっしりと生えている。こんな気持ち悪いのばかりなのか。それでも前のやつよりはマシだが。
「あなたが来るのを待っていた」
少女は無表情にそう言うと厄妖を頭上へと蹴り上げ二丁の拳銃で何度も撃ち抜いて黒い塵へと変えた。そして消えゆく結界にも銃弾を撃ちこみ消失を止めた。
「……その感じだとオレをおびき寄せるためだけにやつを生かしていたみたいだな」
「ええ、だから私はあなたが来るのを待っていたと言ったのよ」
少女は拳銃をオレに向ける。どうして厄妖を倒すっていうのが一致しているのに魔法少女と戦わないといけないんだよ。
「おい、待ってくれよ。オレはあんたと戦うつもりは――っ!?」
刀を鞘に納め戦闘の意志はないと話すつもりが雷光と共に少女の姿が消えた。そして殺気を感じて頭を反らすと同時に後ろから銃弾が顔を掠めた。
「……てめぇ」
「今の避けるのはなかなかね。さっきの雑魚よりは楽しめるかしら?」
「ちっ……やるしかねぇのかよ」
あの移動速度の相手には気休めだろうが……距離をとって刀を構えた。少女は電気を纏った影響かバチバチ音を立てている。
オレはあの静電気のバチッとなる痛み結構苦手なんだよな。目の前のを見る限りそれだけじゃ済まなさそうだけど。
呑気にそんなことを考えていると少女がまた消えた。
背後……いや正面!
一瞬のうちに距離を詰められ二丁の拳銃から弾丸ではなく光が飛び出した。
頭と心臓か。的確に急所を狙ってきやがって。
頭は横に反らし心臓のは刀で払う。
「……あなた、見えているの?」
「……そういや結構余裕あったな」
瞬間移動は見えなかったがその後はスローモーションのように感じたし、体も動いてくれた。集中すれば全ての動きに対応できるんじゃないか。
「……ふぅん」
再び少女は消え……ない、ぎりぎり追える。軽やかに壁を走り、空を電気の力かなにか知らないがそこも蹴りオレの周囲を駆けまわる。その間も銃を撃つのを止めていない。あまりの弾幕に普通の人だったらハチの巣どころか体が無くなるんじゃないかと思うくらいだった。
しかしオレはぎりぎりなものは少しだけ体を反らし、刀で弾いて少女の攻撃を全て捌く。
「……あなたは面白い!」
「面白い……って、なんだよ!」
無表情だが声のトーンは上がった少女に少し引きながらも少女の猛攻は止まらない。気づくと周りの建物の壁がずたずたになっていた。いくつかは回避の為に振ったオレの刀の跡もあるけど。結界が消えたら直るからいいか。
「……どうしてあなたは攻撃しないの」
「オレが斬るのは……厄妖だけだからだ」
「厄妖……妖魔のこと?」
「そっちのは……知らないが……多分それだ」
唐突に少女の攻撃が止んだ。
「なんだ、もう終わってくれるのか?」
「……一方的なのもそれはそれでつまらない」
「そっちが面白くない、つまらないからってオレは手を出さないぞ」
「……それはよくわかった」
わかってくれた割に戦意は消えていないようだが。
「これであなたも手を出さざるを得なくする」
少女は両手の拳銃をクロスさせて力を溜める。そして現れた光の玉がどんどんと大きくなっていく。
「……今から私の全力を出す。無理やり維持しているだけの結界ならこれで吹き飛ばせる」
「ってことは結界外にも被害が出るってことか!?」
「……あなたが避けるだけだとそうなる」
こいつ正気なのか。ここならともかく結界外はどうにもならないんだぞ。
「ってチャージ中にわざわざ待つ必要ねぇだろうが」
慌てて少女の拳銃を斬ろうとするが目前で何かに弾かれた。
「……私の全力と言ったはず。それくらいの対策はしている」
「ちっ、なんだこれ全然攻撃が通らない」
なんど斬っても弾かれる。本気を出せば壊せるかも分からないが、もしそれで壊せても少女を傷付けてしまう可能性がある。流石全力と言うだけはあるな……って関心している場合じゃない。あのときボス厄妖戦で必殺技みたいなのができるようになっててよかった。あの子に当たってしまうかもしれないが、あの攻撃をなんとかできるのはそれしかなさそうだ。
光の玉はもう少女を覆い隠す大きさになっている。
「……充電完了、発射」
オレ目掛けて勢いよく放たれた光の玉の速度は少女の通常の攻撃と同じくらいの速さだが質量が圧倒的に大きい。ただ避けるだけならなんとかできるが結界外にも影響を及ぼすならそれはできない。
オレは刀を上段に構えた。
そのまま以前のように思い切り振り下ろせばとんでもない力で光の玉ごと少女を倒すだろう。
でもそれだと恐らく少女を傷つけるどころか結界を破壊し外へ被害が出る可能性が高い。
なのでオレはそのまま真上へ跳び光の玉が真下に来たところへ振り下ろした。
衝撃で土煙が舞う。それに紛れて隙だらけの少女の首元に刀を向けた。
「これでどうよ」
「……私の完敗。降参するわ」
少女は拳銃を手放し両手を上げた。