氷の魔法少女
翌日。俺は山城さんに生徒手帳を渡すためにいつもより早く教室にいた。教室にはまだ数人しかおらず、武もいなくて暇を持て余していると、山城さんが入ってきた。
「山城さん」
「……え、はい。山城です」
声をかけられるとは思っていなかったのだろう。顔を上げてさらに俺の顔を見て意外そうな表情をした。
あまり話しかけられなく、かつ普段武といる俺なんだ。そんな反応は当然だろう。
「刀花くん?私になにか……」
昨日のことや魔法少女についてが一番聞きたいことだがそれはこんな人のいる場所で話す内容ではないし、俺が女になるなんて言えるわけがない。
「生徒手帳が落ちてたから渡そうと」
「あ……ありがとう」
「いや、道に落ちてたからな」
「そう……なんだ。鞄の中を見てもなかったから……落としちゃってたんだね」
やっぱり山城さんは普段の印象通りでこの姿から昨日の魔法少女が嘘だったのではないかと思ってしまう。でも変身後がその人の本質だったなら……俺は和服美少女が自分の本質ってことになるんだが。
「刀花くん、大丈夫? あ、まさか私に渡すために早起きさせちゃったので怒ってる?」
少しぼうっとしていたらしく山城さんに余計な心配をさせてしまう。
「いや、起きる時間とかは特に変わってないから大丈夫」
「そっか、それならいいんだけど」
「あ、もう時間みたいだから席戻るわ」
山城さんと話し終えて席に着いた。あんな魔法少女だったからなにかあると思ってたけどとくに何もなくてよかった。考えてみれば学校なんだから事を起こすわけないんだ。そもそも俺が魔法少女のことを知っているなんて思われてはないし。
「刀花君、おはよう」
「委員長、おはよう」
後ろから声を掛けられ挨拶しかえす。時間だが先生がまだ来ていないのでまだ話すことはできる。
「刀花君」
「どうした?」
「刀花君は山城さんとあんなに仲がよかったかしら?」
珍しい組み合わせに委員長は疑問に思っていたらしい。まぁクラスの連中もちらっとこちらを見る程度にはあまりないことだからな。
「いや、落とした生徒手帳を渡しただけだから」
「……ああ、それで」
なぜか納得した委員長。
「でもあなたが斎藤君以外と話しているのを見るのは珍しいわね」
「いやそんなことは……」
「あるわよね」
たしかに委員長の言う通り俺は学校では武くらいしか話していないのかもしれない。
「いや、もう一人いるぞ」
委員長の顔をじっと見た。
「え……ああ、私か」
何故か顔を赤くしてそっぽを向かれてしまった。ちゃんと指をさすか委員長って言えばよかったか。先生が来たので話を終えて前を向いた。その時に周りの人たちが目線で気付けよと言っている気がしたが、たぶん俺の気のせいだろう。
そして放課後。一端帰宅して、なんとなく厄妖探しへ。他の魔法少女がいるのが分かりそれほど気を張らなくてもいいとは思いつつも、武がいない今、実は暇なのだ。
「治ったら治ったで厄妖を察したら誤魔化すのが面倒だけど」
何度も思うがそのときはそのときだ。あとは山城さんは約束があるらしいのでいないことがわかっているから。彼女以外に何人いるかわからないので出来る限りは巡回しようと思っている。
ふらふら気ままに歩いていると、かつてないほどおぞましい気配を感じた。
「なんだこれは、結構まずいやつかも」
距離は離れているがそれでも分かる強力な厄妖の気。察した気配を頼りにその方向へと走る。そして山城さんと会った時と同様どんどん人気がなくなりついに結界へとたどり着いた。
いつものようにそろそろと手を近づけて入ろうとしていると中から女の子の声が聞こえた。結界外だがあいつらを察せる俺だから聞こえたのだろうか。
急いで飛び込み変身して結界の主の元へ向かう。
元々やばそうな雰囲気だったが近づくことでさらに分かる。
今までのとは格が違うと。
距離が近づきおぞましい気配が強くなる。なにかが強く地面を叩く音、鋭いものが刺さるような音。女の子が厄妖と戦っているらしい。敵の力か女の子の力か、気温が下がっているような気がする。
厄妖と女の子の場所までたどり着いた。
厄妖は今まで戦ったやつの特徴が全て合わさった非常に醜悪な見た目をしていた。サイズが二倍以上で人の体のような形をしている。それだけならまだましだが身体中に目、耳、鼻、口がついておりその隙間を埋めるかのように青白い手足と蠢く黒い触手がびっしりとある。だが目と口は全く開いておらず、戦闘に使う気はないようだった。
そんなおぞましい化け物と戦っているのは蓮香と変わらないような少女だ。だが彼女が炎を操るのとは違い少女は触手の攻撃を掻い潜り、手にした槍を振って鋭い氷を作り出しそれを厄妖へと当てている。
この寒さは彼女の力の影響だろう。ぶつかった氷は黒い血しぶきのようなものと一緒に砕け散り辺りを冷やしていく。
その場の空気が凍り付いているかのように寒そうだ。なぜ他人事か、こんなに腕とか足を出しているのに寒くないからだよ。変身ってすごいな。
触手の動きが鈍った時を見計らい、少女が攻めに転じる。
「はあっ!」
掛け声とともに少女は地に槍を突き刺した。そこから地面が凍り付き厄妖の足元へたどり着く。そしてそれは厄妖の足元から頭上まで駆け上り、ついには全身を凍り付かせた。
「ふぅ、見た目の割に大したことなかったわね」
「その見た目は今までの中でも最悪だったがな」
「そうね……あとはこれを砕かないとだけど、そこにいるんでしょ! わかっているわよ」
俺が気配を感じられるのだからこの子も察せられても不思議じゃない。俺は素直に少女の前に姿を現した。
「よくわかったな」
「この環境の中は私のフィールドよ。その中のことは手に取るようにわかるわ……あなた寒くはないの?」
彼女の服装は全体的に青を基調とした半袖のセーラー服だった。そっちも寒くないのかよ。
「あんたみたいな格好の人に言われたくはないが、あんたのフィールドだから寒くはないんだろうな。オレも見てのとおり肌を晒しているが全然寒くないんだ」
「え、私以外は普通に寒さを感じるはずなのに」
彼女の呟きを遮るようにどこからか声がした。
「貴様は何者だ。見たところ魔法少女でもない」
蓮香のときと同じく姿は見えないが、少年の声が俺を問い詰める。
「……待て、この話は後だ。まだあいつは終わってない」
少女が凍らせた厄妖はまだ倒せていなかった。そりゃそうだ。あんな今までのとは格が違うのにわざわざ触手しか使って攻撃をしていなかったんだから。
「奈菜、後ろだ!」
「……え?」
奈菜と少年の声に呼ばれた少女は完全に倒しきっていたと思って油断していた。そこに厄妖の黒い触手が飛びかかる。奈菜一人だったらあっけなくやられていたのだろう、だがここには俺がいる。
「おいおい、あんたの感知範囲じゃなかったのか?」
触手を切り裂き俺は言った。
「嘘、あいつは完全に止まっていたのに」
「奈菜、どうやら静止状態から一瞬で攻撃してきたらしい。やはりあの気配の大きさと手ごたえのなさはおかしいはずだったんだ。私の判断ミスだ。すまない」
「ミフトが謝ることじゃないよ」
「そうだぜ、今はそんなことしてる場合じゃない。本気を出してくるぞ」
一本の触手分の氷の割れ目から厄妖の動きを止めていた氷はひびが広がり、砕け散った。さらにやつは全身の目を見開き触手だけでなく青白い手足も激しく動かし始めた。
「……なによ、あれ」
「奈菜、呆けるなさっきのよりもっと厳しくなるんだ。しっかりしろ」
普通の人なら奈菜のような反応はもっともだろう。俺もあんなのとは戦いたくはない。だが、ここで逃げれば武のように襲われて死んでしまうだろう。そうなる前にやつを倒す。
「~~~~~~!?」
威嚇の咆哮なのか言葉にできない奇声を上げて厄妖が触手を飛ばす。
「っ!?数が多い」
流石に全部位くっついてるだけでなく、大きさ自体が違う。そのために触手の数も段違いでそれが視界を覆い尽くすように飛びかかる。
切り捨てて本体に向かうことなんてできないためにまずは横に回避。さっきまで自分のいた場所に数多くの地面の凹みができてぞっとする。オレは全身を破壊されても治るのだろうか。試したくもないことを想像してしまう。
「……奈菜は」
厄妖のターゲットは俺だが奈菜にも攻撃している。今は凍らせたり槍で捌いたりしているがあまり持ちそうにない。
二人を相手して全く攻める隙がないなんて強すぎじゃないか? やはりボスだけあって簡単にはいかないか。
だがこのまま避けてばかりではいけない。
触手が来る前に自分から突っ込み変身後の異常な身体能力で走る。大量の触手が迫るが無視してとにかく本体へ向かう。後ろで触手が地面に刺さる中、恐怖を感じながらも進む。
「これだけなわけないだろうな」
いまだ行動を止める声を聞かない。金縛りは目を見なければいいだけで回避可能なのでまだそこまで問題ではない。触手の猛攻は走っていれば当たらない。
この勢いのまま斬りつけようとするが、予想外にも全く使われたことのない手が俺を掴みにかかってきた。
「これくらい…うわっ!?」
いつものように躱して切り捨てようとするとなにかに足を払われて転ばされた。転倒した俺に殺到する触手の隙間から見えたものは厄妖から生えていた足だった。
あれが俺の足を払ったようだ。
あ、俺がやられたせいで奈菜の気もこちらにそれて、吹っ飛ばされた。本当にピンチな時はありえないくらいスローモーションになって状況を把握できるんだな。
のんびりとそんなことを思っていると触手に全身を殴打され磔の形で動きを封じられた。刀は気合で手放さなかったが痛みでもう動けそうもない。
さらに追い打ちで口からの悲鳴。
「ぐ、あああ」
そして苦しさのあまり目を開けた先には動きを止める目が俺を見る。
苦しい。
辛い。
なんでオレはこんな目に遭っているんだ?
抵抗しないからもう殺してほしい。
拷問のような責めに絶望が俺の心を占めて行った。俺が絶望に落ちていくごとに厄妖は喜ぶように口からの声量を上げていった気がした。
もう気はすんだのか奴は触手を槍のように尖らせ、俺の心臓部に狙いを定めた。
やっと楽になれる。早く終わらせてくれ。
だがふと思った。今の俺はどうやったら死ぬんだ? わき腹を抉られてもすぐに治る。今だってもう殴られた時の痛みはなく、動けずに声を聴き続ける苦しみなだけだ。果たして心臓を貫かれて死ねるのか?
厄妖は俺が少し正気を取り戻したのに気付いたのか、吹き飛ばした奈菜の前へ俺を持って行った。奈菜はダメージが大きいのかまだ動ける状態ではなかった。
「おい……てめぇ……やめ、ろ」
声がうまくでない。
「……うぅ」
厄妖はわざわざオレを奈菜の前で殺そうとしているらしい。本当に悪趣味なことだが現状効果的でかつオレも抗えそうにない。
触手が勢いをつけるために後ろに下げられた。
「いや、やめてぇぇ!」
奈菜がオレを助けるためになけなしの氷を作ってぶつけるがただ当たって砕けるだけだった。
奈菜の助けも虚しく、しっかり狙い澄まされ勢いの乗った触手は簡単に俺の心臓を貫いた。