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炎の魔法少女

 武が襲われたあの日から、俺は精力的に街に繰り出して厄妖の気配を探していた。武が怪我で学校に来られなくなってからの放課後は一人だけで帰ることになってしまっているが、厄妖を倒すには都合がいい。武が治ってからなんて言えばいいか悩むがそのときはそのときだ。


 だが今だ厄妖の気配を感じたことはない。それが一番いいのだけれど、毎日気負いながら街を散策するのは結構疲れるものだ。出たら出たらで一層疲れそうだけど。

 これを続けていたら俺の方が駄目になってしまう。今日は止めて探す期間を考えようとしたときだった。


「出たか」


 止めて気を抜こうとしたときに限って現れる。そういうものかと諦めて厄妖のいる方へと向かった。




 気配を頼りに歩いていくとどんどん人が少なくなり、薄暗い路地になってくる。さらに歩くと結界の境があった。あまり気持ちの良いものではない感覚に顔を顰めつつも侵入した。


 狭い路地の先に建物と建物の間にある少し開けた場所があり、厄妖もいたが俺は近くに隠れられるスペースに行って身を潜めた。


 ただ厄妖だけや襲われている人がいれば変身して駆けつけたがそこには明らかに厄妖に戦いを挑もうとしている者がいたのだ。


「今回の使い魔は本当に気持ち悪い見た目してんな。妖魔はどんだけキモイんだか」

「たしかに今回のは飛びぬけて見た目がきついわ」


 厄妖は俺が相手したのとはまた付いているものだけが違い、口と鼻が体中にあるタイプだ。対峙する人物は俺と同じくらいの少女。勝気な表情に全体的に赤を基調とする服装をしており、一人しかいるようにしか見えないのになぜかもう一人の声が聞こえる。

 俺が隠れたのはこの子から厄妖とは違う気配を感じたからだ。


「そんじゃ、使い魔退治といきますか!」


 少女が指を鳴らすと炎が舞いハンマーの形を成してその手に実体化した。やはり俺のように特殊な力を持っているようだ。


 厄妖が触手を飛ばす。少女は触手をハンマーで叩き潰してからそれを厄妖に向けて一言


「燃えろ」


 先から炎が現れて厄妖を燃やしにかかった。厄妖は炎を触手で乱雑に払うと少女に向けて再び触手を放つが、そこには少女はもういない。

 大きく跳んだ少女は厄妖を飛び越えて後ろに回り込んだのだ。

 ハンマーを大きく振りかぶって厄妖を叩く。

 壁にめり込む勢いで厄妖を吹っ飛ばした。

 凄まじい威力で煙が舞って姿が見えなくなった。


「これで終わりってほどあいつらは簡単じゃないんだよね」

「そうよ。だから油断しちゃ駄目よ」

「わかってるよ。だからダメ押しのこれ!」


 少女はめり込んだ厄妖に近づいてさっきのような炎を厄妖にぶつけた。


 あれを直接決めれば塵になるだろう。そう思ったが、炎と煙がかき消され、突如頭が痛くなるほどの強烈な奇声がこの場を占める。俺は思わず耳を塞いだ。勿論少女も耳を塞いでいるが、それは大きな隙となり厄妖の触手に吹き飛ばされる。


「がはっ」

蓮香れんかちゃん!」


 厄妖は顔の口から大きな触手をプロペラみたいに回して炎を消し、その勢いのまま少女、蓮香を殴った。触手を使うときは声が止まるらしい。たぶん今は調子に乗っているのか顔の触手を振り回している。なぜそういう動きをしたがるのか。本当に気持ち悪い。

 

 蓮香は今のがかなり効いたのか呻いていて立てそうにない。厄妖は未だ気持ち悪い動きをしているだけだ。助けるなら今だ。悪断を握りしめ変身して物陰から飛び出した。そして顔面の触手を斬り落とし、蓮香の前に立つ。

 厄妖は大量の黒い液体をばら撒きながら痛みに悶え苦しんでいるようだ。


「大丈夫か」

「ああ助かった。あんたは?」

「そういうのはあいつを倒してからだ。まだ戦えるか?」


 蓮香は攻撃を受けた場所に手を当て炎を出した。すると腫れ上がっていたものが綺麗さっぱり無くなった。


「ああ、あんたが隙を作ってくれたおかげだ」


 ハンマーを杖代わりに蓮香は立ち上がった。そして先を厄妖に突き付ける。


「あんたが何者かは気になるが、あれを片さないと話ができないな」

「それでどうやってあいつを倒す?」

「あんたがあいつの奇声を出させないように動いて時間を稼いでくれ。そしたらあたしが大技で仕留める」

「わかった」


 俺が頷くと蓮香は訝し気な視線を送る。


「やけに素直に聞くんだな。あたしが頼んでるのは危険な囮役なんだよ?」

「それが倒すのに必要なことなんだろ? それにオレは怪我をしても問題ないからな」

「その自信は能力からってことか。それじゃ頼んだよ」


 蓮香が目を閉じて集中し始めるのを確認してから俺は厄妖へ斬りかかる。


 わざと軽めの攻撃であいつを煽り、触手で攻撃させる。その攻撃も食らうか食らわないくらいのぎりぎりで避ける。それはたまに俺の肌を掠めて傷を作るがすぐに再生。その力があるからこそできる最高の囮だ。

 叫ぼうと口が動くところで攻撃を掻い潜り体を斬る。真っ二つにするには勢いが足りないが叫びを中断させる程度のダメージは与えられる。そして攻撃して来たら離れて避ける、ということを繰り返す。


 なんどもやっているうちに俺はやつの動きを完璧に見切れるようになり傷を作ることが無くなった。


 しかしやつも同じようにこちらの作戦に気が付いたのか、痺れを切らしたのかはわからないが俺がけん制の攻撃をしても無理やり声を出そうとし始めた。


「おいっ、まだか!」

「ちょうどだ、離れろ!」


 蓮香のほうを見ることなく俺はその場から大きく距離をとった。俺のいた場所ごと焼き尽くされ轟音が響き渡る。時折厄妖の悲鳴が聞こえるが炎の音にかき消されやがて聞こえなくなった。


「なんとかなったな。あれはオレ一人だったらきつかった……っ!?」


 蓮香の元へ行くとハンマーを突き付けられる。


「おい、どういうつもりだ?」

「あんた、魔法少女じゃないんだってな」

「そんな訳の分からないもののつもりじゃないが、それとこの状態の関係はなんだ?」


 魔法少女って言われても思い浮かぶのは幼い女の子が見るようなファンシーなアニメくらいだ。それがこんなおぞましい化け物と命を懸けて時には傷だらけになって戦うものではない。


「あたしがお前に武器を突き付けているのは魔法少女じゃないからなんだけど」

「オレはあの化け物のことや魔法少女、はたまたオレ自身のことだってよくわかってないんだ」


 本気で戦うつもりはなさそうなので先に武器をしまい真っすぐ蓮香のことを見る。


「……はぁ、そうかい」


 彼女はため息をつきながら武器を下した。


「なんか力抜けちゃうよ。あんたのその本当に何も知らなさそうな顔見てたらやる気失くした」

「そりゃどうも」

「蓮香ちゃん蓮香ちゃん! もうあの時間なんじゃない?」

「うぇ、そういやもう時間か?」


 さっきから気になる謎の声に気付かされた蓮香は指を鳴らして炎の中から鞄を取り出しがさごぞと中を漁る。なんとそれは俺の学校の指定鞄だった。


「そんな適当に物を入れるから」

「うるさいなあ……あ、あった。まだ間に合うな。悪いなあたしは時間がないんで今度会ったら話をしてくれや」

「え、ああいいけど」

「それじゃあな」

「ちょっとなんか落とした……もうあんなところに」


 携帯を取り出して時間を確認したらしい彼女は、足元に小さな爆発を起こし、その勢いで高い建物の上へと跳び上って姿が見えなくなった。見覚えがある生徒手帳を落としていって。


 生徒手帳を拾い持ち主の名前を見た。


「あの子は山城やましろさん、なのか?」


 普段の彼女は物静かでいつも本を読んでいるという子であんなに勝気な雰囲気はないが、男の俺が女に変身できるんだから彼女も変身して多少変わったっておかしくない。

 明日道に落ちてたと言って渡そう。俺がオレだとは、ばれることはないだろう。


「結界っぽいのも消えて来たしそろそろ帰るか」


 今日のことで魔法少女と言う人たちが俺たちの知らないところで化け物退治をしていてくれていた、というのがわかった。それ以外にも気になることは多いが毎日気を張って街を散策しなくてもよさそうだ。


 薄暗い路地からなるべく目立たない風にして人通りの多い道に戻る。こうして人がたくさんいる場所に出れるといつもの場所に帰ってこれたんだと感じて安心する。だが厄妖という化け物に出会い、悪断という変身できる武器を持ち、親友を襲われ、魔法少女という裏で戦い続ける者たちの存在を知った以上この平和な日常には戻れないだろう。


 だけど俺の手の届くところはできる限り守っていきたいから。たとえ女になろうとも頑張っていくと決めたんだ。正直暇だったし刺激的な体験ができてわくわくしているところもあるが、その辺は仕方ない。だってまだなにもわかっていないから覚悟なんてできるわけないのだ。あの再生能力もあるから。

 とにかく考えていても仕方ない。どうせ嫌でも戦うことになったりもするし、なにより魔法少女だったというクラスメイトと接触するんだからなにか起きるに決まっている。

 

 そんな期待や不安が入り混じった感情を抱きつつ、帰るついでに武の見舞いに行こうと武の家へと俺は歩き出した。

  

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