悪断
部屋に戻った俺がまずしたことは鏡で顔を見ることだった。
「おお、我ながらすごい美少女」
俺の容姿は可愛い系というより美しい系の見た目だった。髪は男のときよりは少し伸びただけのショートヘアだが、艶とか質感が比べものにならないくらい良くさわり心地もいい。
戦う和服美人は好きだが自分がなって戦うのは正直勘弁願いたいところで。さっきのは命の危機があったからだし。本来なら命をかけてまであんな化け物と戦いたくないものだ。
ひとまずは元の姿に戻れるか分からないのに、あんまりな見た目ではかなり辛かったのでそこはよかった。でもやっぱり元の男に戻りたい。それにそろそろ千代婆ちゃんが帰ってきてしまうだろう。
今まで千代婆ちゃんは老人会でおしゃべりをしていただろうが流石に時間だ。この格好の俺を見てどう俺と理解させるのか、そもそも理解してもらったところで学校はどうする? などその他諸々問題しかない。
戻りたい。
心から思って刀に触った。すると刀が光りだして視界が真っ白になり、収まってから鏡を見ると俺の姿は元に戻っていた。
「よかっっったあああ」
実際かなり不安だったのだ。それが無くなれば力が抜けるのも仕方がない。それから刀に触れてわかったことは、簡単に美少女になったり男に戻れること。念じて変身すれば光がでることなく一瞬で変身も可能なこと。変身前の左腕とわき腹の怪我は完治していること。
そして胸だけでなく……ちゃんと女だったこと。
「まじで女の子になってたんだ……あれ、なんだかかなり疲れてきた」
変身のリスクは異常な疲労なのか。それとも化け物の戦闘での気疲れからなのかは知らないが、目を開けているのもつらいほど眠い。刀を支えにふらふらとベッドに近寄り飛び込んだ。
「ああ、そういえば……壊れた蔵とか塀のこと……なんて説明、しよう」
千代婆ちゃんになんて言おうかなんて考える間もなく俺の意識は深く落ちて行った。
「薫、ご飯できてるよ」
「……ん?」
扉越しの千代婆ちゃんの声で俺は目を覚ました。寝てたのは二時間くらいか。これから千代婆ちゃんに会うのが恐い。普段は優しい人だが怒るときは豹変するのだ。それが俺の為だというのはわかるからただ黙って聞くしかない。
うだうだ悩んでいると腹が鳴った。
「腹も減ってるししかたない。行くか」
それを決心の理由に立ち上がった。刀はベッドの横の床に置いてあるが蔵にあったくらいのすごい刀だ。床にそのままというわけにはいかないだろう。刀に触れた途端に再び光を発して小さなペンダントみたいに変化した。
「身につけろってことか」
これなら服の内側にしまえば見えないし、床に置かなくて済むからいいけど元に戻るのか?
「そんなことは後だ。今は腹が減ってるんだ」
怒られる覚悟を決めて部屋を出る。なんとなく胸に下がる刀を握って。
「待たせてごめん。千代婆ちゃん」
「別にかまわないよ。それじゃあ食べましょうかね」
普通に食事が始まった。俺はそれが逆に恐かった。いつ蔵の話になるのかと悩んでいるならと俺は千代婆ちゃんに声をかける。
「千代婆ちゃん。聞きたいことがあるんだけどさ」
「なんだい?」
「家の蔵にはなにが入ってるの?」
俺は直接入ったとは言わずに千代婆ちゃんに蔵について聞いた。
「そうだねえ。あそこには一本の刀が納められている、らしいんだよ」
「らしいって千代婆ちゃん入ったことないの?」
「入ったことはあるさ。そして中は何もなかった。刀花家に伝わる伝承には厄妖を断つ刀、悪断が納められているってあるんだけどね」
「じゃあなんで俺に入っちゃダメって」
「中に入った時に何か言葉では言い表せないけど不思議な雰囲気があってね。気軽に入ってはいけない場所だと感じたんだよ」
「そんな曰くがありそうなとこだったんだ。ごちそうさま」
食器を片づけながら思う。あの化け物は厄妖とやらで。ご先祖様の言うとおりあの刀、悪断で倒せた。そして今考えると蔵に入れたのはおかしい。普段は鍵がかかっていて千代婆ちゃんの持つ鍵がなければ入れないはずなのに、あの時は普通に入れた。
なにもないはずの蔵で手にした悪断。実際はこんな風に形が変わるんだから見えないようにどこかにあったに違いない。
一番の謎はあんだけ蔵とか道が破壊されたのになんの騒ぎになっていないことだが。
「薫? どうかしたかい」
「え、ああなんでもないよ」
流しの前でぼうっとしていたら流石におかしい。慌てて俺は自分の部屋へと戻った。
「今度、我が家に伝わる伝承とやらを聞かないとな」
刀花家に伝わる伝承。本当は母さんが教えてくれるはずだったんだけど、俺がかなり幼いころに交通事故で死んでしまったから聞くことができなかった。今こそ伝承がただの伝承でないだけに聞かないといけないけれど、仮眠をとった程度では完璧に疲れは抜けていないらしい。
せめて悪断が元に戻るか試してから寝よう。
「戻ってくれ」
小さな悪断を握りしめ願う。胸の悪断が浮き上がり、元の刀に戻った。同じようなことをして、自由に変化できることが分かった。同様に変身も悪断に触れば小さくてもできた。そのときは普通のサイズになっていて戻ると小さいままだった。地味に便利だ。
「色々ありすぎてもう駄目だ、起きてられない」
確認したいことを確認した俺は、次の日の学校の宿題が残っているにも関わらず深い眠りに落ちた。