文官ワイト氏、休日を謳歌する。
短いですが、ゴールデンウィークなのでワイト氏の休日を描いてみました。
ヒト族の王国に勤め先を変えて以来、週休が2日に増えたワイト氏は、魔国勤務時代にはほとんど使うことの無かった自宅の縁側で、朝日を眺めながら生者が飲むとあまりの苦さに魂すら吐き出してしまうと言われる茶葉で淹れたお茶を啜っていた。
「ポチ、朝日は綺麗だな………ミケ、足を噛むのは止めろ」
ワイト氏のペットであるゾンビ・ケルベロスは半ば白骨化した頭部を3つ持つ魔物だ。100年以上昔にウルフェンという生きた魔物だった時に、ワイト氏の自宅に迷い込んできた。それ以降、長い年月をかけて第四変異個体まで変異を繰り返した。
「新しい土地には慣れたか? ジョン?」
頭が3つある故に、意識も3つある。ワイト氏は体が1つでは可哀想だろうと魔法で分裂させて、大きすぎる体も小型犬サイズに縮小させて、必要な時だけ元に戻している。
新しい土地とは、ワイト氏が勤め先を変えるにあたって、家その物をヒト族の領土に空間魔法で移動させたのだ。
「そうかそうか。ヒト族の国は良いな。少々魔力が薄い気もしないことも無いが、良い土地だ。誰も勝手に焦土を作らない」
魔国領では、ある程度の強さの魔族の争いとなると、普通に地形や地質が変化し、何もないところに湖が生まれ、砂漠が凍り付き、森が焦土に変わる。その復興などに予算を取られるのだ。
「………そう言えば、海辺の都市の漁獲量が減っていたな………ミケ、魚を食べたいか?」
カクカクとミケが首肯く。肉がないので吠えることはできない。
「そうか。なら行ってくる」
ワイト氏は一息にお茶を飲み干し、空間魔法で一瞬で目的地に移動した。
そんなワイト氏の自宅に、ヒト族の王国の文官の1人がやって来る。
「ワイトさん! 北の火山が噴火して被害が! 3日以内に復興予算案を提出しろって文官長が! 申し訳無いのですが出勤して頂け………」
そこでは、賢いジョンがヒト族にも分かりやすく、『ワイト氏旅行中』と書いた看板を掲げていた。ジョンは賢いので、文字も書けるのである。
「そんなぁ………」
魔族でありながら、職場で頼りにされているワイト氏だった。
海辺の都市に飛んだワイト氏は、特に姿を隠すことなく港を歩いていました。道行く人々は奇異の視線を向けますが、まさか都市のど真ん中に死霊が歩いているとは思わないので、それ以上は何もしません。
「すみません。王国の会計課のワイトなのですが、少々お話をお聞きして宜しいでしょうか?」
ワイト氏は、視察で使う文官証を漁師の一人に見せて、お話を聞くことにしました。ワイト氏は書類も大事だとは思いますが、それ以上に現場の声を聞くのが大切だと思っています。と言うよりも、魔国で現場から聞く以外でまともな情報が入ってくることはまず無かったので、基本的に現場第一です。
「骸骨さん、本当に文官なのかい?」
「ええまあ。早速お聞きしたいのですが、最近の漁獲高の減少に付いてお聞かせ願えませんか?」
「ああ、それかい? 領主様は何にもしてくれないからねえ。お国の文官さんが来てくれて嬉しいよ」
そうして話を聞いたワイト氏は、少しがっかりしていました。ヒト族は魔族と違ってきちんと仕事をしてくれるものだと思っていたので、やっぱり何処にでも魔族みたいな人はいるのだなあと。
「海竜の出現なんて報告上がって無いですね………」
竜は、天災と同じ扱いです。なので、竜が出現し、被害が出ると国や自治体から被害者に補償がなされます。しかし、この都市を納める領主は、海竜の出現で魚が逃げているのを国に報告していなかったのです。
「きっと被害調査が来るのを嫌ったのさ。領主が変わってから、税は上がったし、給金は減った。船が新しくなって危険が減るからって危険手当ても削られたよ」
「そうですか………」
そんな報告も来ていません。無断で税を上げるのはワイト氏の勤める国では禁止されています。それをワイト氏が知らないということは、間違いなく不正に税として徴収された分が国に入らず、領主が横領しています。
「ありがとうございます。近々国の方から働きかけてみますので」
「頼むよ文官さん」
「はい。………それと、良ければ釣具を貸していただけないでしょうか? 実は釣りに興味がありまして」
「そこにあるので良いなら持ってきな。餌もそこにある。接待だ接待」
「いえ、代金は払わせて頂きます」
給金以外の報酬は受け取らない主義のワイト氏は、釣具を貰って、浅瀬のほうで釣りを始めました。釣りをするのは初めてですから、特に何かを狙うわけでもなく、ボケーッと空を眺めながら、浮きが沈むのを待っていました。
「………1日って、こんなに長かったんだなあ………」
浮きが沈んだ瞬間、思いっきり引き上げます。ワイト氏に誘われて寄ってきた海の死霊が釣れました。取り合えず、魔法で倒してしまいます。
ボケーッと日がくれるまで、ひたすら死霊を釣るだけの作業を繰り返していると、海に黒い影が現れました。気付いたワイト氏が、これは大物だとワクワクしながら浮きを凝視していると、遠くから声が聞こえてきました。
「逃げろー! 骨の文官さん! 海竜が寄ってきてるぞー!」
「はい?」
「ギャオオオオオオオオオオオッ!」
海竜は巨大なウツボのような姿をしていました。そして、どうやらようやくワイト氏の釣り針に掛かった大物の魚を食べるために寄ってきてしまったようです。
ワイト氏は絶望しました。半日以上待ってようやく釣れた飼い犬へのお土産が食べられてしまったのです。もし、何も持ち帰らなければ飼い犬は怒るでしょう。きっと骨をしゃぶられてしまいます。
「申し訳無いのですが、狩り場を他に移して頂くことはできないでしょうか?」
竜には、話が通じる場合もあるので、ワイト氏は語りかけます。次の瞬間にワイト氏は竜に丸のみにされてしまいました。
「文官さあああああああああん!?」
漁師のおじさんがそう叫びます。その瞬間、海竜の体がびくんと痙攣し、動かなくなります。そして、普通にドアを開けるようにワイト氏が海竜の口を開いて出てきました。
「これはお土産にしては大きすぎるな………ある程度はオーク族に持っていくか」
魔法で人体が一瞬で炭になる程度の高圧電流を発生させて脱出したワイト氏は、良いお土産ができたと海竜を引きずって港まで持っていきました。すると、それを見た港の人は大喜びで、飲めや歌えやのお祭り騒ぎです。ワイトは直接食事はできませんが、食材の生命力を食うことはできるので、それに混じります。
「ありがとう骨の文官さん!」
「いえいえ、皆様の税金で生活している身ですから」
海竜の肉を切り分け、皆で食らう。そこに、エルフ族や、自分のような魔族の混じっている光景に、雇用主である王女様の理想を見たワイト氏は、何百年かけてでもその理想を実現しようと心に決めました。
まずは差し当たって──
「貴様ら何をしている! おおっ、これは海竜! ようやく死んだか。貴様ら誰の許可を得て海竜の肉を食べている! 海竜は領主の方で接収する! これは領主命令だ!」
と、騒ぎを聞き付けてやって来た領主様の背後に空間魔法で移動し、肩を掴んで文官証をチラつかせながら囁きます。
「領主様ですね。文官のワイトと申します。色々お聞きしたいことがあるので、宜しいですね?」
──中間管理職の腐敗を正すところから始めました。
このあと、日を跨がない内に王様のお城にワイト氏の空間魔法で領主様の不正に接収した税金や、本来ならば払われるはずだった竜害補償の明細が送り届けられ、会計課に回されていきました。
ワイト氏の休日はあと1日あります。こうしてワイト氏は、平和な休日を謳歌するのでした。
文官長「糞があああああ! 何なんだよこんな時にぃぃぃっ! おい、お前ワイト呼びに行ったんだろ!?」
文官A「はい! 旅行中でした!」
文官長「だったらなんでこんなの届くんだよ! それとなんだこれ? 『海辺都市の王国の直接管理についての企画書』? 具体案出すなよ! さっき王女様が王様のところに話を持ってったじゃねえかああああああっ! その予算組むの会計課の仕事だぞ!?」
文官B「落ち着いて下さい文官長!」
~同じ頃、王城のとある場所にて~
ワイト氏「社長、海竜の肉が手に入ったので、お裾分けに。城の厨房に届けておりますので、明日の朝食にでも頂いてください」
王女様「ありがとうございます。そう言えばこの企画書ですが、父が大変興味深そうにしていました。恐らく、あの通りに進むでしょう」
ワイト氏「ありがとうございます。では、私はこれで」
王女様「残りの休日を楽しんできてください」