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硝子の姫君  作者: 奏多
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 ギルバートは説得を諦めたようだったが、国王はそうではなかったようだ。

 今度は令嬢達が複数でやってくるようになった。

 彼女達を接遇するのでてんてこ舞いになっていたエディスだったが、彼女自身にまで令嬢達の攻撃は向けられた。


「ちょっと、あなた」


 その日やってきた令嬢達三人の中に、あのレナディスもいた。


「殿下の好みなども知っているのでしょう? 教えなさいよ」

「好みでございますか。確かお菓子はイリジール公国のスクラールが……」

「違うわよトロい子ね。女の好みに決まってるじゃない」


 レナディスは鼻で笑う。


「好みは多分、あの硝子の姫君だと思いますが」


 一日一度「愛している」と囁かれる相手は、あの硝子の像だけだ。


「生身の女の好みよ。探り出して来なさいよ」


 そういってレナディスがエディスの手を引っ張る。

 何をされるのかと身を固くしたエディスだったが、手に金属らしきものを握らされただけだった。それは金細工に大きな緑樹石をはめ込んだ指輪だった。


「これは?」

「この程度の事もわからないの?」


 レナディスがあざけるように言うと、背後にいる他の令嬢やその侍女達がくすくすと笑い出す。

 とても嫌な笑い方だ、とエディスは思った。


「仕方ないから親切に教えてあげるわ。それを報酬にあげるから、殿下から本当の女性の好みを聞き出して欲しいのよ」

「どうして、そんな……」


「殿下に気に入られるためよ。国王陛下からのお墨付きで誘惑しても良いことになってるんですもの」

「え、誘惑?」

「王子がお人形に懸想してると知れ渡ったら大変でしょう。だから陛下は、早く殿下の目を覚まさせるためなら何をしても良いとおっしゃってたわ」


 彼女達がラザルスに気に入られたいのは察していた。が、それがよもや誘惑という段階まで進んでいるとは思わなかったエディスは、呆然とする。

 しかし次の言葉に目が覚めた。


「あなた元々掃除係の召使いなんですって? なら、これぐらいのお駄賃を貰ったら充分でしょう? むしろ平民らしく這いつくばって感謝してほしいぐらいよ」


 彼女達はエディスを掃除係だと知っていた。どんなに努力してそれらしく見せられるようになっても、やはり自分は平民で、掃除ぐらいしかできないような取るに足らない人間だと思われていたのだ。

 胃の底が冷えるような感覚とともに、哀しくてやりきれない気持ちが湧いてくる。

 目頭が熱くなる。でも泣くのは嫌だった。

 ぐっと頬に力を入れ、エディスは握らされた指輪を突き返した。


「私は硝子の姫君に仕えております。主人の不利になるような事はできません」

「なっ……」


 二の句が継げない様子のレナディスに、無理矢理指輪を握らせた。


「それにこのような取引は、真の淑女であればなさってはいけない事です。どうぞお考え直し下さいますよう」

「平民風情が、私に説教しようっていうの!?」


 怒りで顔を赤くしたレナディスが手を振り上げる。

 その動作はそれほど俊敏ではなかったから、逃げようと思えばできただろう。けれど避けたら平民にバカにされたとレナディスは更に激昂するに違いない。そう思ったエディスは、甘んじて受けようとその場で目を閉じた。

 しかしレナディスの手は、エディスに当たらなかった。


「私の侍女に何をしているのかな?」


 目を開くと、レナディスの背後に立って彼女の手首を握っているラザルスの姿が見えた。


「……殿下」


 ラザルスは厳しい表情でレナディスを見下ろしていた。


「この離れに勤める者は、全て私の所有物だ。勝手に危害を加える事は許さない」

「あ、殿下、その……でもこれは」


 真っ青になって震えながら言い訳しようとしたレナディスに、彼は冷たく言い渡した。


「今後、この離れには来ないでいただこう。国王陛下にもそのように伝えておく」


 そこの二人もだ、と言われてレナディス以外の令嬢達も震え上がった。

 彼女らはラザルスが呼んだ従僕に追い出された。

 その時レナディスが一瞬振り返って、射殺しそうな目で睨んできた事に、エディスは恐怖を感じた。



 その夜、物音が聞こえた気がして、エディスは目覚めた。

 硝子の姫君の侍女だからと、エディスは姫君の部屋と続いている侍女用の部屋をもらっていた。ラザルスは小さくないかと心配してくれたが、今までの召使い部屋と違って、個室を占領できるだけでエディスは満足していた。


 蝋燭を消した小さな部屋の中を、窓から入った月明かりが青白く染めている。

 けれど見えるのは衣装棚や書き物机、ドレッサーばかりで人の姿はない。


「ねずみ……?」


 にしてはかなり大きな物音だった気がする。起き上がろうとしたところで、隣からがたっと音が聞こえた。

 硝子の姫君は動いたりしない。まさか泥棒? と思ったエディスは夜着の上にガウンを素早く羽織って姫君の元へ駆けつけた。

 扉を開いた瞬間、目が合ったのはレナディスだった。彼女は自分の侍女と一緒に、硝子の姫君に抱きついているように見える。


「レナディス様……?」


 問いかけは彼女の声にかき消された。


「ちょっと、そこの女を捕まえておいて!」


 まだ眠気が残っていたエディスは、横からぶつかるようにして飛びついてきた少女に、易々と抱きつかれて身動きがとれなくなる。


「え? 何、離して!」


 異常事態にようやく頭が追いついたエディスは、少女をふりほどこうと暴れた。エディスの動きを止めているのは、何度かレナディスと一緒に来たことのある年下の侍女だ。体格も同じくらいなのに、腕の動きをとめられているせいか、上手く抜け出せない。

 もがくエディスの姿に、レナディスが見下すような笑みを浮かべた。


「そこでゆっくり見ているがいいわ。あなたの大事なご主人様を壊してあげるから。そうしたら貴方はただの召使いに逆戻り。人形を失った殿下は目を覚まさざるをえなくなるんだわ。そうしたら陛下だって私を褒めて下さるはずよ!」


 くすくすと笑うレナディスは、侍女と共に硝子の姫君をさらに窓の近くへ移動させた。

 窓から落とす気だ。三階から落下したら、硝子の像なんてバラバラに壊れてしまう。


「やめて、その像は!」


 王妃様が残していく夫と子供のために造った物なのに。

 レナディスは焦るエディスを見ながら、硝子の姫君を押し倒そうと腕に力をこめた。


「やめて!」


 エディスは自分を捕まえている侍女の足をおもいきり踏んづけた。相手がひるんだ隙に抜け出し、今にも窓硝子にぶつかりそうな像に向かって走る。

 硝子の姫君の頭が、窓枠を突き破る。

 頭部に白い亀裂を刻みながら、肩ではめ込まれた硝子と木枠を壊していく。そんな硝子の姫君を、エディスは抱きしめた。

 けれど自分の身長に近い大きさの像は想像以上に重く、とてもエディス一人では支えきれない。


 硝子の姫君とともに、エディスの体も倒れていく。

 背後には割れた窓硝子がある。刺さったら死ぬかもしれないと思った。

 けれど硝子の姫君もこのままでは壊れてしまうのだ。彼女がいなくなれば、エディスはもうお払い箱。ラザルスの側にいる幸せな時間が終わってしまうなら……。


 全て諦めかけたエディスは、覚悟をきめて目をきつく閉じた。

 その時誰かが背後からエディスを抱き留め、硝子の姫君を押し返してくれる。

 驚いて目を開くと、硝子の姫君は押し返されすぎて前方へ倒れていくところだった。


「きゃあああっ!」


 ちょうどそこにいたレナディスが悲鳴を上げながら避けた。硝子の姫君はティーテーブルにぶつかって止まる。

 さらに開いていた扉から入ってきた従僕や衛兵たちがなだれ込んできた。彼らは素早くレナディスを取り押さえた。


「な、なんですのっ。どうして私を拘束なさるんです、殿下!」


 レナディスはエディスの方を向いてわめいた。正確にはエディスを抱き留めたままの背後の人物に向かってだ。


「王族の所有物を壊した罪は償って貰うよ、レナディス嬢」


 エディスの頭の上から、聞き慣れた声が発せられる。

 レナディスは完全にうろたえた様子で言い訳を口にする。


「わ、わたくしではありませんわ! 殿下が間違ってお助けになったその侍女が!」

「君が硝子の像を押した姿を見たんだよ。言い逃れはできないと思ってくれ」


 そしてラザルスは、レナディス達を取り押さえた従僕や衛兵に命じた。


「……王宮の近衛に引き渡して拘束させろ。陛下にも今あったことを報告するように」


 指示を受けた衛兵と従僕は、呆然とするレナディス達を連れて素早く立ち去った。

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