幼馴染と異世界に召喚されて魔王を倒したんだけど
「もう、いい加減に起きなさいよっ!」
いつも通りに、隣に住む幼馴染が部屋に入ってきて僕の布団を剥ぎ取った。
「早く朝ご飯食べないと遅刻するわよ!」
幼馴染が急かす中、モソモソとトーストとコーヒーを流し込んだ。
「な、何コレっ!?」
幼馴染が悲鳴を上げて僕にしがみつく。
通学路の途中で、僕と幼馴染は金色に輝く魔方陣に飲み込まれた。
僕はどうやら異世界の勇者として召喚されたらしい。
「もうっ!あんたのせいで巻き込まれたんだからね!」
幼馴染が顔を真っ赤にして僕に詰め寄った。
僕のせいと言われても、僕が召喚してほしいとお願いしたわけじゃない。
王様から長い話を聞いて、そして僕は魔王を倒す旅に出ることになった。
「ったく。あたしがいないとあんたはいつもボケっとしてるんだから」
幼馴染はそういつもの口癖を呟いて、魔王を倒す旅についてきた。
魔王を倒した瞬間に、願いが何でもひとつだけ叶うらしい。
その願いでしか日本へ帰る方法は無いから、幼馴染も旅について来るしかなかった。
長い長い旅の間に、パーティのメンバーは増えていった。
双剣の女騎士、光の聖女、獣人のシーフ、精霊魔法士のエルフ、重盾のドワーフ。
「もうっ!また女の子ばっかり見てる!
なんでパーティに女ばっかりなのよ!」
幼馴染が強く背中を叩いたものだから、思わずスープがむせて咳き込んだ。
魔王は強かった。
やっとの思いで倒した時には、僕たちは満身創痍だった。
魔王城の玉座の間、魔王に刺さる聖剣から光が放たれる。
「やったじゃない!これでやっと日本へ帰れるわ!」
怪我一つ無い幼馴染が僕の背中を目一杯叩いた。
強い光の奔流の中で、僕は力一杯に叫んだ。
「不法侵入、暴言暴力を振う幼馴染のいない日本へ帰りたい!」
少しずつ光に目が慣れ、パーティメンバーの顔が見えるようになる。
「異世界の事情に巻き込んで本当に申し訳なかった。
貴殿の日本での幸せをお祈り申す」
「ありがとう、女騎士。
君が幼馴染の注意を引いてくれたからこそ、旅の間の夜には安眠ができた。
この魔王討伐の褒賞で、君が実家の再興をすることを心から祈るよ」
「勇者様、ありがと。
盗賊だった私なんかを信用して斥候をまかせてくれて」
「ありがとう、シーフ。
君が幼馴染の居場所を先に教えてくれたから、暴言暴力を振るわれることが激減した。
これからは女騎士の騎士団での特殊任務で活躍することを心から祈るよ」
「勇者、エルフ一同も貴方への感謝を忘れない」
「ありがとう、エルフ。
君が幼馴染の暴言の間、精霊魔法による防音結界を張ってくれたから、心折れずにここまでこれた。
エルフのこれからの繁栄を心から祈るよ」
「ドワーフ一同も、勇者への感謝を忘れないよ」
「ありがとう、ドワーフ。
君たちが作ってくれた防具のおかげで、幼馴染の暴力による怪我がなくなったよ。
ドワーフの鍛冶がますます発展することを心から祈るよ」
「勇者様、召喚に応えてくださり本当にありがとうございました。
我らの望みは叶いました。
勇者様の望みも叶い、本当に嬉しく思います。
どうか、異なる世界に帰られてもお幸せに」
「ありがとう、光の聖女。
この召喚に呼ばれたことで僕の願いは叶った。
呼んでくれて、本当にありがとう」
幼馴染の前では見せたことがない笑顔と、雄弁な台詞。
「えっ、うそ……なんで……」
戸惑う幼馴染に向け、勇者だった少年は言葉を放った。
「ただ家が隣同士だっただけ。たったそれだけの理由で、僕の部屋にどうして無断で入っていいと思っていたの?
暴言も暴力も、僕が傷つかないとでも思っていたの?僕が嫌だって言ってもやめてって言ってもやめてくれない。
君がいつも僕が照れているだけだって周囲に言ってたけれど、いつ、どこで、僕がそんなこと言った?
確かに僕らは幼馴染だけれど、友達でも家族でも恋人でもないよ。
僕はずっと君が嫌いだった」
呆気にとられる幼馴染を残し、光の奔流は勇者と共に消え去った。
旅の間、幼馴染はパーティメンバーに対していつもヒステリックな声をあげていた。
やれ、勇者にベタベタするな。
やれ、勇者に触るな。
やれ、勇者に話しかけるな。
と。
勇者の防具の採寸、調整の邪魔し。
勇者の怪我への治癒魔法を邪魔し。
勇者の魔物討伐の連携の邪魔し。
そもそもパーティメンバーに勇者への恋愛感情などなかった。
女騎士は騎士団長への恋心があり、獣人のシーフとエルフとドワーフは同族でない限り恋愛感情を持たない別種族。光の聖女は神との婚姻をしている立場。その純潔は神に捧げられしもの。
世界の命運が懸かる旅の間、同志としての感情はあれど、色恋に現を抜かしている暇などなかった。
そう、幼馴染を除いては。
皆が世界の命運をその双肩に支え、精神的、肉体的な重圧をやっとの思いでこらえていた同志だったのだ。
魔王城の玉座の間、勇者以外のパーティメンバーと幼馴染だけがそこにいた。
「これより帰還魔法を詠唱いたします」
光の聖女の宣言に、パーティメンバーは手を繋ぎ円環を作った。
「え、ちょっと、待って。私は……?」
「勇者様が厭う者を何故?」
光の聖女が莞爾と微笑む。
「話しかけるな、近寄るな、触るなと常日頃言っていたのそちらであろう?」
女騎士が冷めた表情で返す。
「スラム出身でしかも獣人なんて汚いんだよね」
シーフが呟く。
「エルフはお高くとまっているらしいな。その様に言われては、その様に振る舞おうぞ」
エルフがきっぱりと宣言する。
「女なのに髭はありえないんだよね。そんなのと手を繋ぐなんてありえないよね」
ドワーフが髭を揺らして言う。
そして、帰還魔法は為される。
パーティメンバーは王国へ帰還し、王へと報告する。
魔王は倒れ、勇者は無事に願いを叶え帰還したと。