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崇拝の偶像




「今回の祈祷会も無事終わりました。最近ではより神威が高まっているのを人々も感じているのか、盛況さも増しています」

「喜ばしいことですねェ」

「我々の祈りのかいがあったというものだな!」

「神々は見ていらっしゃるのですね」


 大神殿は祈祷を行う大ホールこそ大きく立派だが、人の目に着かない場所は意外と質素でこじんまりとしている。見栄を張る部分とそうでない部分がはっきり分かれているのだ。

 この会議場も見栄を張らない部分の一つで、U字型の机に五脚の椅子が置かれただけの空間だ。窓はなく、唯一の装飾品といえる丸いステンドグラスが壁を飾り、最奥に座る大神官の威光をたたえていた。


風見はそれなりに口をはさみながらも、会議の内容はまったく頭に入っていなかった。神がどうたら民がどうたらというあたりさわりのないものばかりだ。しかも毎回同じで発展がない。


 しかしその日和見的な彼らの態度も仕方のないことといえた。


 神に仕える神官たちの集う神殿は、古くは国の中枢にあった機関だ。占いを行い、神の声をきき、国を動かす指針となってきた。大神官が王をも上回る力をもった時代もあったという。


 王侯貴族の手厚い庇護、信仰による民衆の支え。

 神殿は何不自由なく、神へ祈りを捧げていればよかったのだ。


 しかし現在では、神々への信仰心は残っているとはいえ、もはやかつての勢力はない。神に頼らぬヒトの手による治世が求められているのだ。その兆候はずっと前からあったが、先年ふみきられた大規模な予算削減により、神殿の立場と経済状況はひっぱくしていた。

 そのために以前なら余裕をもって行っていた華やかな祈祷会も、貧困層への施しも実行が難しくなり、民衆の心は離れ、寄付金も減る一方。まさに負の循環をたどっていた。


 それが転んだ先は幸か不幸か、変わった神官を生み出すにいたった。


「さて、では会議のほうはこのへんで。ここからはあくまで非公式の会話ということになります」


 ここまでは神に仕える者にふさわしい話。

 ここからはふさわしくない話、というわけだ。


 重く腹にひびく低音が、会議終わりのうわついた雰囲気をびしりとさえぎった。歴代でも指折りと名高い黒風こくふう高等神官だ。


「お配りした資料の最後のページにあるのは、春先からの神殿への来訪者数、寄進の額についてです」


 三十路をとうに過ぎた身にしては崩れた様子のない体つきに神経質そうな顔立ち、ストイックな印象を受ける外見だが、黒風の中身はそれに輪をかけてストイックだ。


「右肩上がりのこの現状は喜ばしいことですが、原因については眉をひそめざるをえない」

 黒風の暗い色の目にが明らかな侮蔑が宿っている。

「結局これらは愚かで即物的な人間が増えたことを示した結果に他ならない。神聖なるこの地で大層な娯楽を見出したらしい」


「娯楽? どういう意味なの?」

 あかね高等神官はこてりと首をかしげた。


 その返答に、黒風はぎっと重い刃のような視線を送った。

「風見高等神官」

「はい、なんでしょう。黒風高等神官」


 ほうら、きた。

 こうなることがわかっていた風見は、にっこりと美しく微笑んで迎え撃つ。


 たいていの者が見惚れるのだが、さすがに黒風は違った。より眉間のしわを深めると、トントンと指で資料をたたいた。


「この原因はあなた方にある」

 あなた方、が誰を指すかなど明白だ。

「わたしと、稲穂にですか」

「まるで芝居の役者か何かのようにもてはやす連中が増えてきているのです。まるで見世物のように祈祷会に集まっては騒ぎ立て、祈祷会を乱していく」


「まあ、そうなの? でも喜んでくださるのならいいのではないかしら」


 あくまでこれは私的な会話だ。軽口のように自分の意見を口にした茜は、ふっくらとした頬にえくぼをうかべた。

 稲穂は基本的に神官は皆嫌いだが、彼女のことは好きだと言っていた。その気持ちは風見にもよくわかる。

 茜は本当に神を愛し、神の加護によって生きている人だと思う。まさに神官にふさわしい。


 それでも、実際のところヒトは神の存在だけでは生きていけない。


 机に置かれたままになっている会議資料には、ご寄進の増加をしめす折れ線グラフが描かれていた。祈祷会への民衆の参加人の増加に伴い、折れ線の変化は大きくなっている。それは今年の春、つまり稲穂が風見の補佐として祈祷会に出るようになってから。


「いいじゃァないか! そりゃ俺のような大男が祈る姿より、風見やあの子の立ち姿のほうがよほど絵になるからなァ! 民の気持ちはよくわかる」


 豪快に笑い飛ばすうしお高等神官は黒風と同期の神官で、神官というより将校のほうが似合いの風貌をしている。よく見知った気安さもあり、潮はにやりと黒風を見て笑った。

「それに黒風、どうせお前はののしりながらも利用しきるつもりでいるのだろう?」

 

「……ふん。確かに憂うべきことではある。一過性であろうくだらない現象だが、それを切り捨てられないのが今の神殿なのだ」 

「黒風高等神官は正直でいらっしゃる。わたしと稲穂を祈りの場の客引き人形にしようとおっしゃるのですね」

「その通りだ」


 風見としては嫌味のつもりだったが、黒風は気にしたふうもなく言い切った。葛藤はあったようだが、もう割り切っているらしい。

 

 一昔前ならば、稲穂のように神官でないどころか信心さえ持っているか怪しい者が檀上に上がることはなかった。


 しかし、世の流れがそれを容認する神官を生み出した。

 つまり俗世とは無縁だったはずの神官の経済観念の発達だ。


「とにかく今は財政難。これからも風見高等神官には小娘を補佐に祈祷を捧げてもらい、より一層その華やかな容姿を外へアピールしていだたきたい」

「おかげでわたしは護符を他の方より多く書かねばならないのですね」

「ちなみに、一定額のご寄進でお渡しする姿絵付の護符の用意も考えているところだ」


 堂々と他人任せな商業的作戦を行おうとする黒風に、風見は笑顔の仮面の下で青筋を浮かべていた。


 これは稲穂が聞いたら風見以上に怒るだろう。

 稲穂は自分の容姿をよく知っている。


 だからこそ、それを誰よりも厭うている。 


「わたしはともかく、稲穂は神官ではありませんが、このまま顔を出し続けていいものか……」

「祈祷の際に手を清めるのは、創生期最初の神官が清らなる乙女に手を拭わせ、その手で神の御心に触れたことに起因する。これを考えれば、神官にこだわる必要はない」

「とはいえ、わたしのせいで神聖な場が乱れるというのは心苦しいことです。いっそのことわたしと稲穂が欠席することで神々への信仰を示してみては? 財政難というのも神々の与えたもうた試練かもしれません」

「試練を乗り越えるための犠牲だ」


 稲穂や信仰をダシに逃げをうつ風見であったが、黒風は決して引こうとしない。


 そしてついに、不毛な言い合いはこの場の最高権力者の手によって止められた。


「黒風高等神官、風見高等神官」


「はい、大神官様」


 大神官は八十を過ぎた老人だ。机上で組まれた手はしわだらけでシミも浮かんでいる。しかし眼光は鋭く、すべてを見透かすような目をしていた。

「この結果は、我々の祈りが神々に確かに届いた結果だ。あまりヒトというものを愚弄するものではない。だが、功労者がいることを忘れてはいけない」

 静かにひいらぎ大神官は言った。


「そしてその功労者には、これからもがんばってもらいたい」


 言葉少なではあるが、彼の言いたいことは一つ。


『稼げるうちは、逃がしません』






「――――――― で、おめおめと戻ってらしたんですか」

「ああ」

「わたし、これからも祈祷会に出るのですか」

「姿絵描いてもらえるってよ」

「なんですかそれ! もうっ、絶対出たくないのにィ! なんでわたしの美貌をさらさなくちゃいけないんですかっ。もったいないでしょうっ」


 私室に戻った風見を仁王立ちで出迎えた稲穂は、さっそくお茶を淹れながら文句を言っている。


「風見様おひとりだっていいじゃないですか、じゅうぶん目立つし騒がれるでしょう?」

「そりゃ俺は美しいからな。巷で流行ってる理想の神官番付で見事第一等を勝ち取った俺だぞ」

「はいはい、自己愛もいい加減になさってください」

「お前が言うの?」


 風見はどっかりとソファに座り、大きく息をついた。 

 

「だが実際、俺がお前と組んで祈祷にのぞむようになってから民衆の目は劇的に変わった。俺を目当てにきた女が噂をふりまくことで人は増え、お前を目当てにきた男が金を落とす。神にかわる偶像崇拝アイドルの対象となるワケだ」

「下世話!」

「そうだろうなぁ、世俗に生きてるんだからなぁ。俺たちもそういう民衆の支えで生きてるんだから、寄り添わなきゃいけないんだよ」


 わからなくはないが、稲穂にとっては不思議な話だ。

 神にその身を捧げているのに、媚びるのは神が作ったヒトのほうなんて。


「そもそも、わたしじゃなくてもいいんじゃありませんか。ただでさえ神官になるものは容姿端麗な者が多いのです。わたしを使うなんて、神への冒涜にあたりませんか」

「それを判断するのは神々であり、神々により近いところで仕えている大神官の仕事だ」

「おかげでわたしは周囲にねたまれ嫌われ、困っているというのに……」

「大部分はお前が悪いけどな」

「神官は男も女も嫌いです。多少の嫌がらせくらい大目にみてください」


 神官学校卒業者と同じ十六になった稲穂を、最初に祈祷会に出そうと提案したのは柊大神官だった。前代未聞の案に高等神官たちは動揺したが、最終決定権を握る彼の提案は、すでにその時点で確定していたといっていい。

 

 ごねてすねてわめいてもよかったのだが、風見と稲穂は柊に対し恩義がある。断ることはできなかった。


 そして柊の読みは見事に当たり、王都大神殿はかつてのにぎわいを取り戻しつつあった。

   

「あのジジィは権威にふんぞり返ってた歴代の大神官とは違う。使えるものはなんでも使うだろうよ。それに……」

「それに?」

「はっきり言って俺に並んで見劣りしない神官なんていないぞ」

「ええ、そうでしょうねぇ!? わたし以外に風見様に並ぶヒトなんていないでしょうねぇ!?」


 客観的事実であるのは確かなのだが、本人の口から出るとなぜこうも腹が立つのか。稲穂はひょうひょうと言い放つ風見のうすい頬を指でつまんで伸ばす。


「おい、俺にそんな無体働いていいのか」

「いいんですっ、風見様だから」

「じゃあ連れてってやらない」

「えっ」  

 稲穂があわててぱっと手を放すと、風見はニヤリとあくどい笑みを浮かべた。


「今日、『占い師』やるつもりだったけど『弟子』は連れて行かない」






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